纐纈・ソフィア・雪音はあなたがキライ? 8

「どうかなみんな? 悪くない案だと思うんだけど」


 一瞬にして周囲の雰囲気が変わる。

 入道山や纐纈は困惑した顔をするぐらいのものだったが、櫻井と功刀の表情が明らかに違うのは言うまでもない話であった。

 櫻井を中心に回っていた流れが瞬く間に前条瑞玄へと移る。


「いや……でも流石に他の班と協力するのは不味いと思うよ」

「さくらっちは真面目だねー、別に情報を共有するだけで内容を丸パクリする訳じゃないんだしさ、問題ないでしょ」

「さくらっちって……いやそうじゃなくてさ、決められた班でやるのがルールなんだから破るのは良くないというか……」

「ふーん……あーあ、朱雀もノリ気だったんだけどなー……」

「いや…………それは……」


「私は、いいと思うけど」


 櫻井が己のアイデンティティの為に苦悶の表情で抵抗を試みていると、功刀が先程とは打って変わって興味津々といった表情で口を開く。


「お、功刀さん分かってるじゃーん」

「実際さ、こんな短期間で出来ることなんて限られてるんだし、最悪完成しないことの方が良くないし、協力して貰えるならその方がいいと思う」

「うんうん全く以ってその通りだね、あっちゃんもそう思うでしょ?」

「負担が減るならそれが一番だろ、まあ上位に残って発表はしたくないけどな」

「じゃ、あっちゃんも賛成ってことでー」


 やられた……まさかここまで早く二人を味方につけてしまうとは……。

 これであと一人が彼女の側に付いてしまえば多数決で負けてしまう……残るは櫻井を押し切るか、纐纈に有無を言わさず賛同させるか……。


 だが、それにしたって何で前条瑞玄はこんな真似を――


 これじゃあまるで、前条朱雀を自分の私利私欲の為に利用しているようなものじゃないか、それは前条瑞玄の信条から最も逸脱する行為な筈じゃ……。

「いや、待て……」

 違う、外れてはいないのだ、要は前条瑞玄から見て前条朱雀に最も害を及ぼしているのは誰なのか、そう考えれば答えは早い。


 そう、僕以外の誰が、障害になっているというのか。


 つまり僕を潰す為なら手段など選ぶ必要はない、真っ当な櫻井や功刀と関係を持たせる方がよっぽどマシだということなのだ。

 ならば僕はどうする……? 櫻井に加担し引き留めるか? でも――


「纐纈さんはどう思う? 対案とかあるなら聞くけど?」

「あ……その……わ、私は……」

「え? 何? 言いたいことあるならはっきり言いなよ」

「……班同士で協力が…………いいと思います……」


 だがそんな僕の思考も虚しく、あっさりと牙城を崩されてしまう。

 前条瑞玄め……いつの間にこんな作戦を立てていやがったんだ……。

 まさかあの体育大会の時から……くそ、こんな状況じゃ思考が纏まらない。

 完全に先手を打たれてしまった、このまま彼女のペースで物事を進められてしまったら不味いっていうのに……。


「ほらー皆こう言ってるんだよ? 櫻井君も諦めて乗っかちゃおうよ」

「…………入道山さんはどう思う……?」

「……ぼ、僕は丸々真似する訳じゃないなら……いいと思うけど……」

「ま、雅継君は――――」

「…………僕は……」


 やめろ、何て顔で見てやがるんだ。

 その眼は『皆がそう言うなら仕方ない』と言い訳がしたいから前条瑞玄に賛同してくれと言っているようなものじゃねえか。

 己のポリシーは捨てたくないが、前条朱雀との関係を持つまたとないチャンスも逃したくはない、それが透けて見え過ぎていて最早哀れさしかない。

 だが――――

 実際問題ここまで来てしまったら僕が否定する理由がない、寧ろ否定すればするほど僕が不利になるだけ……。


 伊達に前条朱雀の姉ではない、のか……甘く見過ぎていた。


「――いいんじゃないかな、特に反対する理由も無いと思うぜ」


「ふー…………仕方がないな、皆がそう言うならそうしよう」

「やーりぃ! じゃ、決まりってことで! 朱雀にも私から伝えとくから!」


 そう言うと前条瑞玄は上機嫌にスマホをいじり始め、櫻井は大きなため息をつき椅子にもたれ掛かると、功刀は零れそうな表情を隠すように窓に目を向け、煙草は大きな伸びをしながら纐纈は机の方に視線を戻していると、入道山は心配そうに僕の顔を見つめるのだった。


「……ふざけやがって」


       ◯


「ふふ、まだまだね、その程度じゃチームの足を引っ張るだけよ」

「うっ……くっ……ああー! やっぱり朱雀さんは強いなあ……」

「何事も一番を目指せと調教を受けてきた私の実力を甘くて見ては困るわ、弟さんに勝ちたいならこのレベルで負けていてはまだまだね」

「そっかー……結構練習したんだけどなあ……」

「でも筋は悪くないわ、鍛錬を積めば私の座を揺るがす日もそう遠くは――」


「……何やってんのお前ら」


 放課後。

 部室に向かうと何故か前条朱雀と入道山たそがゲームをしていた。


「何って……見れば分かるじゃない、Splatoon twoよ」

「無駄に良い発音」

「あ……雅継くんごめんね、実は最近弟とやっているんだけど、中々勝てなくてさ……そしたら朱雀さんもやってるっていうからそれで――」

「そうか……何て可愛い奴なんだお前は」

「どうせまーくんのことだから未だ買えずに朝から並んで整理券を貰っては前後の人が当選するというオチに苛まれているのでしょう、心中お察しするわ」

「それ当たるよりも確率低くない?」

「『いい加減この状況からスイッチせい!』とか言ってそうね」

「えっ、なんで?」


 それにしてもこの女、随分とご機嫌である。

 それもそうだろう、あれだけ不服申立てをしていた班割りが実質的に僕と同じ班になったのだから、機嫌が悪くなる方がおかしな話だ。

 それもこれも全てあなたの姉のお陰なんだが……それで僕の班がどれだけ混沌としてしまったのかこいつは本当に分かっているのだろうか。


「あ、そういえば今日のホームルームは何というか……災難だったね」

「まー皆で決めたことだしな、仕方ないさ」

「でもあの言い方はちょっと無理矢理だったよ、提案自体は反対しないけど、やり方があんまり納得出来ないかな……」

「そこは僕も同感だが……」


 そうでもしないと、櫻井の牙城を崩せなかっただろうしな。

 それに、そこは大した問題ではない、重要なのはあの手際の良さだ。

 まるで全てを把握しているかのような行動の早さだった……本当に前条瑞玄が一人で画策しているならそれで良いのだが……。


「……なあ前条朱雀、この際だから訊かせて貰うが、僕らの班とお前の班で協力するのを提案したのはお前の方からなのか?」

「……いいえ違うわ、姉さんの方からよ」

「もしかしてとは思うが……あの時の電話じゃないだろうな」

「ご明察、正直私もこんな打診を受けるとは思ってもみなかったのだけれど」

「まさか前条瑞玄が気をきかせて……とか思ってないだろうな」

「冗談を。いくら姉妹とはいえそんなのある筈ないじゃない」

「だったら罠の可能性を考えないと、あまりに軽率過ぎやしないか」


「そんな安い罠に私が引っ掛かるとでも思っているの」


「は……」

 前条朱雀は面と向かって、強い口調でそう僕に言ってのける。

 入道山は事情が飲み込めていないのか、頭にクエスチョンマークを三つつけたような顔をしているが、可愛いのでそのままにしておく。


「まーくん、忘れているようなら教えてあげる。私は自他共認める超絶無敵の最強美少女前条朱雀なのよ、そんな私に対してもし世界の誰よりも愛している貴方との関係性を打ち砕こうとする者がいるとしたら、どうなるか分かる?」

「え、それは……」


「血が繋がっていようとも、殺すまでよ」


 強い、そして重いよ前条朱雀さん。

 本当に少し忘れかかってしまっていたが、彼女はこういう女だった。

 罠が張っていようものなら、重戦車を用意し罠ごと踏み潰す。

 敵がいようものなら真正面から迎え撃ってやるつもりか。

「…………」

 ならばもう僕から口にすることは何もあるまい。


「……分かった、でも目立ち過ぎるような真似だけはするなよ」

「そうね、織田信長の墓前でディープキスなんかしたら不敬極まりないものね」

「マニア向けのエロゲーかな?」

「あ、あの……雅継くんと朱雀さんは、その、どういう――」


 そんな話をしていると。

 突然部室の扉が開け放たれ、誰かが中へと入ってくる。



「あ、阿古……龍花……?」

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