纐纈・ソフィア・雪音はあなたがキライ? 7

 ここまで自己表現が下手だと生き辛くはないかと思いそうになるが、事実こうでもしないと彼女は自分を示すことが出来ないのだろう。

 だからこそ存在を消すようにして生きてきた。

 そんな彼女が己を知らせる為に提示してきたのが、このファイルか。


「……とりあえず、開いてみるとしよう」


 これで開いたサイトがブラクラだったらその時は緋浮美にでも言いつけてやろうかと思ったが――そこにあったのはアップロードサイトだった。


「てっきり百ページにも及ぶ自叙伝でも貼ってあるのかと思ったが、この様子だとアップロードされているのは音楽ファイル……か?」


 何にしても聞いてみないことには始まらない、僕は音源を再生し、恐る恐るヘッドホンを耳に押し当ててみる――


 瞬間、優しい旋律が鼓膜を震わせた。


 ピアノを主軸として様々な楽器が旋律を盛りたてる。

 それはどれもが和を乱しておらず、だが着実に華やかに音を増やしていく。

 そしてその中心で奏でられるは、ボーカロイドを使用した歌声。


 けれどその歌詞は、お世辞にも希望に満ちた内容とは言えない。


 人を愛せない少女が、誰にも愛されなかった果てに、大衆の前で自分の身を削ぎ果てるという、凄惨でしかない、そんな歌詞。


「……なるほど、これが纐纈・ソフィア・雪音か」


 実に哀れな女だと言わざるを得ない。

 要するに極端な話かまってちゃんということだ、自分では臆病でチキンだから誰か助けてくれと言っているようにしか聞こえない。

 ラストの歌詞などそれの最たるもの、誰もかまってくれないから自傷行為で気を引こうなどメンヘラここに極まれりといった具合である。

 あまりに滑稽過ぎて、とてもじゃないがイケメン主人公になれる気がしない――


「ただ――曲の完成度は素直に凄い、とてもいち学生が作ったとは思えない」


 人生を音楽に捧げない限りこんな芸当は不可能と言ってもいい。

 しかし纐纈なら、本来学生が捧ぐ物事に時間を費やさず、音楽に傾倒していたとしても何ら不思議ではない。

 それが彼女の拠り所だというのであれば尚更。

 作画担当虎尾裕美、音楽担当纐纈・ソフィア・雪音、あとは冴えない彼女がいれば同人ゲームを一本出せそうな気さえしてくる。


「肝心の冴えない彼女は冴えまくりだが」


 とはいえ、これから僕は彼女に対して何をすればいいのやら……。

 動画サイトにアップさせて人気者にさせるというのはアリな気がしないでもない、これだけのセンスがあれば承認欲求を得るのは容易いだろう。

 それとも彼女の凄さを班の人間に知らしめさせればいいのか? いやそんなことをして恥でもかけば纐纈は二度と学校に顔を出さない。


「いっそのこと軽音部にでもぶち込んで、ソフィにゃんみたいな感じで愛されたりしたら彼女も僕もウィンウィンなんだが……」


 ただ……そんな単純なことを國崎会長が依頼するとは思えない。

 最早僅かな希望しかない虎尾との関係を修復させると言うのであれば、その程度の済むとは考え難い……。

 それに、平行して問題は山積みなのだ。

 正直、纐纈の問題解決に注力する暇さえあるのか怪しい。


「どうすればいいのやら……」


「に、兄ちゃん……」

「逢花? どうしたんだ?」

「兄ちゃんが降りてこないから……緋浮美が……緋浮美が……!」

「なっ……!? おい! 緋浮美に何がった!?」


「全自動ハンバーグ調理器と化して……私はもう食べられ……ガクッ」


「逢花? 逢花! くそっ! 僕のせいで……また守れなかったのか……」


 食費を。


       ◯


 それからまた二週間が経ち、校外学習前最後のホームルームが始まる。

 実質遊びに行くだけの学習で何をそんなに集まる必要があるのかとお思いだろうが、この校外学習では学んだことを各班で発表をしなければならないのである。

 だがこんな急造メンバーで話が纏まるのかと言えば、そんな筈もなく――


「やっぱりテーマはお寺しかないんじゃない?」

「うーんでもそれだと他の班と被っちゃうよね」

「いいじゃん別に、成績に大きく関わる訳じゃないんだしさ」

「それはそうかもしれないけど……」

「しかも各グループの上位三位は生徒の前で発表とかしないといけないんだよ? 真面目に考えたってしょうがないって」


 それに関しては僕も同意だ、時間の無駄もいい所である。


「ねー? あっちゃんもそう思うでしょ?」

「放課後まで残ってしないといけないなら俺はパスだな」

「篤志は全く……あ、入道山さんは何かアイデアとかないかな」

「え? うーんでも実際テーマは限られてるもんね…………そうだ、一人の偉人に絞って調べてみるとか、そういうのもいいんじゃないかな?」

「なるほど、確かにそれなら他の班とかぶり難くなるし、ゆかりの地に行ったりも出来るしね――他には……功刀さんは何かあったりする?」

「……別に、皆が決めたことなら私はそれに乗っかるけど」

「あー……え、えっと、じゃあ纐纈さんはどうかな?」

「えっ……あ……その……私も……皆が決めたなら……それで……」

「……うーん、なかなかテーマが纏まらないね……」


 いや纏まってんだよ、要するに何でもいいってことだろうが。

 櫻井の真面目な性格が賛同一致にさせたいのだろうが、興味がない人間が三人、遊びたいだけの奴が一人いる状態ではまともな議論など成立する筈もない。

 スポーツであればそれも可能かもしれないが、たかだか学校主催の安いイベント如きでチームワークを発揮させようなど失笑もいい所である。


「そうだ、雅継君はどうかな、何か良い案とかある?」

「あー…………そうだな……」


 この辺りが潮時だろう、入道山たその偉人に絞って調べるという案に乗っかって後は適当に織田信長でもチョイスしておけばすぐにテーマも纏まる。

 仮に遊び呆けていたとしてもネットを使えば大体の情報は収集出来るしな、ふふ……僕にしては全員意思を上手く汲んだ最高の案じゃないか。


「僕も入道山に賛成かな、焦点を絞った調査が出来るし、何なら偉人はお――」

「ねえねえ! そんなことよりさ、私から良い提案があるんだけど」

「こ、こいつ……」

「ん? でも瑞玄はさっきお寺巡りしかないって――」

「いやいやそうじゃなくて、はっきり言って今回の校外学習でまともに調べられることなんて殆どないに等しいと思わない?」

「それは……そうかもしれないけど、だからこそ事前に準備をして――」

「まあまあ、私だってちゃんと協力ぐらいはするよ、ただより良い結果を出すには現状のままだと難しい、でしょ?」

「……最悪校外学習後に調べることの方が増えるだろうね」


「だったらさ! 他の班と協力してやればいいと思わない?」


「……なる程な」

 妥当、いやベストでしかない。他の班と情報を共有すればそれだけ負担も減り且つ発表のクオリティも上がる、それは彼女の人脈を考えれば容易だろう。

 つまり遊びながら高評価も得られる、僕には到底出来る真似ではない。


 ただ……そんな方法をこのクソ真面目櫻井が認めるとは思えないが……。


「うん確かに良い方法だと思うけど」

「でしょ! 他の班と協力した方が絶対上手くいくって!」

「でも……そのやり方はあんまり褒められたものじゃないかな、やっぱり班でしっかりとテーマを決めて協力しながら役割分担を――」


「私の妹の班と協力するって、言っても?」


「前条……朱雀さんと……?」

「な――――」


 い、今こいつなんて言いやがった……?

 前条朱雀の班と組むって、そう言ったのか……?

 じょ、冗談だろ……こいつ状況が分かって――


「そ、私の妹の班と組めば、もしかしたら優勝も狙えるかもしれないよ?」


 そう言い切って、不気味な笑みを見せる前条瑞玄の姿に。

 僕は、呆然するしかなかった。

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