纐纈・ソフィア・雪音はあなたがキライ? 9

「うーん、それとなく空気を察して入ったつもりなんだけど、もしかして歓迎されてない感じだったり?」


 ……いや、それ以前の問題である。

 あの一件以降必要以上の接触は避けてきたつもりだったのだが、まさか阿古龍花の側から攻め込んでくるとは……。

 そもそも今回については阿古龍花には何も話していないというのに、まるで事態は全て把握しているとでも言いたげな様子……。

 まさか國崎会長が? だとしたら何のために――


「……そういうお前は随分と楽しげな様子だが」

「うん? そうかな? まあこれから起ることに多少の期待はあるけど」

「お前――――」

「阿古龍花さん、虎尾さんならここにはいませんけど」


 僕の怪訝そうな顔を見て察したのか、前条朱雀が割って入る。

 阿古龍花の歪んだ性格については現状僕しか知らないことではあるが、この僅かなやり取りだけで不穏さに気づいたのは流石は前条朱雀と言うべきか。


「ああ違うの、虎尾さんは無関係というか……というかそれ以前にここには来れるような状況じゃないと思うんだけど」

「え? 阿古さんはコミクラの一件を知ってるの?」

「しまった……」

「えーと君は確か入道山くん……だっけ? その質問に関しては『ノー』かな」

「えっ? じゃあどうして虎尾さんのこと……」

「そんなの二学期最初の週を休んで、登校して来たと思ったらあれだけ雅継くんにベッタリだった彼女が距離を作った時点で何かあったと思わない方がおかしいと思うけど……そっかー原因はそれか」


 誘導的な会話でまんまと入道山を引っ掛けるとは……古典的とはいえ情報を収集するのが上手い……。

 この女がただの傍観者でいてくれるなら良いのだが、状況を把握しておきながらこの場所に来るというのはどうにも嫌な予感がする。


「悪いのだけれど阿古龍花さん、今は与太話に付き合っている暇は――」


「あるでしょ? 班同士で情報を分け合うぐらい余裕なんだから」


「どうしてそれを……」

「ああごめんごめん、別に責めている訳じゃないんだよ? 勿論これが自分のクラスで行われていることなら注意はしたかもしれないけど、わざわざ他のグループに首を突っ込む程私も規律に煩い人間じゃないから」

「ならどうして貴方はここに」

「疑問点を解消しないとどうにも気持ち悪かったから、かな?」

「? それはどういう――」


「いや、どうして前条瑞玄さんの班と組んだのかなって」


「…………」

 そりゃそうだろう、ただのいち生徒であればそんなこと気にもしないが、中途半端に事情を知っている彼女であればそれは違和感でしかない。

 ただ……その理由は明白ではある、そしてそれを前条朱雀は恐らく知らない。

 案の定、前条朱雀は困った顔をしながら、口を開く。


「……私もよく分からないの、けれど以前と比べて姉さんの態度が軟化したのは確か、全ては姉さんからの提案だから、私は何もしてないのだけれど」

「ということはあのコスプレもお前の提案じゃないのか?」

「……そうね、コミクラに参加すること自体は私の意思だけれど、一緒にコスプレをしようと言い出したのは姉さんの方よ」


 興味があって付いてきた感じではなかったけれど、と付け加える前条朱雀。


「何か前兆はなかったのかな?」

「いえ……これと言えるようなものは特に……」

「ふうん……そうなるとやっぱり『アレ』かな……」


 阿古龍花は僕と前条瑞玄のやり取りを目撃している。

 彼女の行動原理が『僕』であるのは大体察しているのだろう。

 予想を確信に変える為に質問したのだとすれば、全く底意地の悪い女である。


「でも変な話だよね、いくら前条瑞玄さんが歩み寄ったからって、長い間険悪だった関係をすぐに許せるなんて」

「私は最初から姉さんを悪く思っていないもの、また姉さんが昔のように接してくれるのなら、素直に嬉しいのだけれど」


「でもさ、それって矛盾してるような気がするんだけど」


「え?」

「以前の件を考えても前条朱雀さんが気にかけているのはお姉さんじゃない、多分今回についても貴方はそうだと思う」

「それは……そうだけれど……」

「つまり前条瑞玄さんは二の次、彼女の歩み寄りは歓迎するけれど、邪魔をするようなら突き放す、それって嫌いじゃないって言う人の言葉じゃないよね」

「そんな……ことは……」

「才能の差で前条瑞玄さんを苦しめているのに、それでも彼女は近づいているのに、あなたは躊躇なく崖から突き落とすつもりでいる」

「待って、違うのそれは――」


「それ以上は辞めにしよう、前条朱雀を追い詰めたってしょうがないだろ」


「まーくん……」

 前条朱雀の苦悶する表情など、見たくない。

 彼女だって馬鹿じゃない、自分のしていることがどれだけおかしくて、狂っているのか、本当は分かっている筈。

 それでも、好感度が、理屈を無視してまで最優先にする。

 ならば少なくとも僕は応えなければ彼女があまりに救われない。


「……それもそうだね、まー大方理解も出来たからとやかく言う必要もないし――――ああそうだ、一つ言い忘れてたんだった」

「?」


「このままだと、雅継君、負けるよ」


「……どういう意味だ?」

「もしかしたら薄々勘付いているかもしれないけどね。もし分かっていないのなら教えてあげるけど、相対するのが前条瑞玄さんだと思っていたら確実に痛い目を見るのは雅継君、君の方」

「…………まさかとは思うが、國崎会長じゃないだろうな」

「私はただの傍観者だからそれ以上は言えないよ。ただ今のままだとフェアじゃないからね、忠告は必要だと思って」

「フェアじゃないって……」


 壊れた世界を観客の如く楽しむのが彼女の趣味だというのに、それを放棄してまで僕に介入するというのは一体……。

 ……もし國崎会長じゃないというなら、まさか僕の班の中に……?


「それじゃあ私は帰るから、校外学習楽しみにしてるね」


 そう言うと、阿古龍花は何事もなかったように姿を消す。

 残ったのは僕達と滞留した重苦しい空気だけ。


「ごめんなさい……」

「……お前は何も悪くないよ」


 違う、少なくとも僕に対しては前条朱雀は何も悪いことはしていない。

 寧ろ謝らないといけないのは僕の方だ。

 でも口が裂けてもそれは言えない……君を苦しめているのは僕だなんて言ってしまったら、きっと彼女は普通ではなくなってしまうから。


「……何か、思ってたイメージと違うね、阿古さんって……」

「……いや、彼女は真面目で品行方正な委員長キャラだよ」


 ただ普通の人より、異常に趣味が特殊なだけだ。


       ◯


「――なあ、僕の愛しき妹よ」

「何だよ、私の愛しき兄ちゃんよ」

「おっぱい揉んでもいい?」

「はっ倒すぞ」


 その夜。

 帰宅した僕は逢花のマッサージをしていた。

 何て犯罪的なご褒美だと言われそうな気がするが、現実は肩部分以外はおさわり禁止の為、あまりの単純作業に最近は悟りを開きそうなぐらいである。


「兄ちゃんが妹に性的な興奮を覚えだす時は大体精神的に弱ってる時だからな……もしかして例のお友達とまだ上手くいってないの?」

「それもそうなんだが……どちらかと言えばまた別の問題で……」

「ふーん……兄ちゃんは前途多難だなあ」

「なあ、逢花ならどうするか教えて欲しいんだけど、自分の望んでいることが誰かを傷つけているのだとしたら、それは止めるべきことなのかな」

「なんか難しいこと言うな兄ちゃんは……うーん、でもまあそこまで深く考えるようなことでもないんじゃないの?」

「え? どういう意味だよそれ」


「願望を成し遂げるには誰かを切り捨てるのは間違いじゃないし、誰かを想うのであれば願望を切り捨てるのもまた間違いじゃないってこと」


「あ――……」

 その逢花の言葉を聞いて、ふと僕は阿古龍花に言われた言葉を思い出す。

 少なくとも僕はもう、行動を起こすしか道は残されていない。

そこから先はもう僕が決めるしかないということか。


 どちらも間違いじゃないのであれば僕は――


「ありがとう逢花、お陰で決心がついたよ」

「ん? 今のでいいの?」

「ああ、十分だ、お礼と言っちゃ何だが、肩を舐めさせてくれ」

「その願望は切り捨てろ」

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