纐纈・ソフィア・雪音はあなたがキライ? 10

 校外学習当日。

 現地集合ということもあり、僕は電車に揺られていた。

 阪急河原町駅まで向かうにはわざわざ一端十三まで出た上で乗り換えしないといけないので中々どうして面倒くさい。

 知り合いでもいようものならお喋りでもしている内にあっという間に着くのだろうが、残念ながら僕にはスマホゲーで時間を潰す以外に方法はない。


 最近は妙に人との接点があっただけに、何だか勘違いをしていた気がするが、これが僕の本来の立ち位置というものだ。


 これからのことを考えれば少し冷静になれる良い機会ですらある、そう思いながらまばらに見える生徒から離れるようにして京都線に乗り換えると、最後列の一番端っこの席に座り、一息つく。


「となり、座ってもいいかしら」

「…………」


 ……人が折角孤独に対し充足感を抱いていたというのに、この女はいとも簡単に人の気持ちなど度外視して踏み込んできやがる。

 無論、前条朱雀は僕の返事を待つ前に横に座り、僕の顔を見つめる。


「付いて来ていたなら最初から声をかけろよ」

「違うわ、たまたま電車に乗る所を見かけたから追いかけてきただけよ」

「さいですか」

「まーくん、もしかして一人でいることに幸せとか感じてた?」

「元から一人でいたからな、今更そんなことで幸せを感じたりしねえよ」


 嘘だ。

 僕にもかつて毎日放課後になれば一緒に外に繰り出すような友達はいた。

 班決めがあれば誘ってくれるような、そんな友人はいた筈なのだ。

 でもそれは、儚い夢となって、塵と消えた。


「なら、誰かと一緒にいることに、幸せは感じる?」

「……どうしたんだよ急に真面目な顔して」

「教えて欲しいの、まーくんのこと、もっと沢山知りたいから」


 いつもは僕に対してシモのオンパレードを繰り広げる前条朱雀であるが、彼女とて真剣な話をすることはある、それは大しておかしなことではない。

 ただ、真面目な話をする時の彼女は大体僕に目を合わさないことが多いのだ、本を読みながら話したり、面と向かっていても視線を逸していたり。


 なのに、この日の彼女はジっと僕の眼を見て話していた。


 自分のしていることが恥ずかしいのか、少し頬が赤く染まっている気がしたが、それでも彼女は目を逸らそうとしない。

 もしや阿古龍花に言われたことが彼女の中で引っ掛かっているのだろうか……にしてもこれだけ見られると僕としても恥ずかしくなってくる。


「……友達とかってさ、殆ど麻薬みたいなもんだよな」

「それは……どういう意味なのかしら」

「一緒にると快楽を得られるけど、失うと耐え難い苦しみを味わう、依存具合によっては人を殺めてしまう場合だってある、それって殆ど麻薬じゃないか」

「……それは間違っていないと思うけど」

「だから友達なんていても心が壊れるだけだと、そう思ったんだ」

「…………」


 でも、知ってしまったら二度と戻ることは出来ない。

 虎尾が目の前から消えてしまった時、それを痛感させられてしまった。

 悔しいが、僕はもう末期の中毒者なのだ。


「……まーくん」

「何だよ――――って、えっ、ちょ、ちょっと」


 突然前条朱雀が僕の手を握りだすので、焦った僕は慌ててその手を引き剥がそうとするが、彼女はギュっと握り締めると、そのまま僕の太腿と彼女の太腿の間に滑り込ませるようにしてしまってしまう。

 確かにこれなら凝視でもされない限り手を繋いで座っているようには見られないかもしれないが……だとしてもこれは色々おかしいだろ……。


「お、おい……どういうつもりだよ……」

「まーくん、今から私の言うことを、聞いて欲しいの」


 そう言う彼女の頬は更に赤く染まっていたが、それでも変わらず真剣な表情を僕に見せるので、僕は無意識に頷いてしまう。

 この車両は終点へと向かう人が少ないのか、気づくと人はまばらになっており、僕達の座る席には誰も人がいなかった。


「私は貴方のことが好き」

「それは……この上なく嬉しいことだけども」

「たとえ学校中の、国中の、世界中の人間や生物がまーくんを迫害しようとも、私だけは貴方の傍から離れるつもりはないわ」

「そこまで言われるようなことを前条朱雀に与えた覚えはないんだがな」


 少なくとも僕は与える側ではなく、与えられるまで口を開けて待っているような人間だというのに。

じゃないとここまで不便には生きれない。


「まーくん、私言ったわよね、私のまーくんへの想いを引き裂くような人がいたら、それは仮に血が繋がっていたとしても許すつもりはないって」

「ああ、殺すとまで言っていたな」

「あれ、嘘じゃないよ、何なら私の鞄の中、見る? バタフライナイフが入ってるから」

「馬鹿なこと言うな、身内殺しは昔なら死罪確定の重罪だぞ」

「いいわ、それでまーくんを守れるなら、私は喜んで死んであげる」


 そんなのは止めろ、前条瑞玄はお前のことを守ろうとしているのに、と言いそうになる口をグっと紡ぐ。

 僕そんなことを言う資格はない、自己を正当化しようとする人間が他人を心配するなど、それはただの道化でしかない。

 そうだろう? その道化を演じた結果僕は何を失った?


「……僕はお前にとっての主人公でもなければ、ヒーローでもないぞ」

「そんなの私がまーくんが好きなことと何か関係があるのかしら」

「好きだとしても、そこまでの価値のある人間じゃないってことだよ僕は」

「そうやって遠ざけようとしたって無駄よ、何阿僧祇回まーくんが私を『嫌い』って言っても何那由多回私は『好き』という覚悟はあるんだから」

「何だってお前は、いつだってそこまで僕のことを――――」


「私は一度、死んだ身だから」


「は――今なんて」

 そうやって。

 言葉の真意を探ろうとすると電車が終点へと着いてしまう。

 すると前条朱雀は握りしめていた僕の手をするりと離し、いつものすました顔つきに戻ると、ゆっくりと立ち上がる。


「ここからは時間差で行った方が良いわね、私が先に行くから、またね」

「え、あ、お、おう……」


 そして彼女は、颯爽と階段を降りていってしまった。

 残されたのは、腑に落ちない感情を残した僕一人。

 仕方無く僕は立ち上がると、人混みに紛れてそっと歩き出す。

 全く……話をしていると駅に着くのはあっという間だな。


       ◯


 集合場所に到着するとまだ時間も早かったせいか殆ど生徒はおらず、待ち惚けするのも億劫だった僕は、コンビニに立ち寄り週刊誌を読み漁った。

 一通り読み終えて戻った頃には僕の班も前条朱雀の班も粗方集まっており、いよいよ始まる校外学習に僕は気持ちを入れ直した。


「…………」

 この中にいる誰かが、前条瑞玄を裏で指揮している……それを見つけ出しながら纐纈の問題も解決するなど、無理難題に思えてならないが――


「お? もしかしてそこにいるのは雅継氏では?」


 一瞬虎尾とも取れるようなその話し方にギョっとした僕は、恐々としながらその声がする方向へ振り向いてみると――そこには二人の男子生徒が立っていた。


「もしかして……伊藤(いとう)と鯰江(なまずえ)か?」

「や……久しぶり」

「いやはや、一年の転地学習以来でありますなあ、あの時は三人で孤高の友情を誓いあったと言いますのに、あれから音沙汰無しとは全く薄情な男でありますぞ」

「あ、ああ、悪い悪い……ほら、僕って人見知りだから自分から声掛けられなくてさ」

「その気持ちは分かるけどね……」

「仕方ありませんな……今回だけですぞ? ですが同士三人がまた一堂に会するなど奇跡の巡り合わせでありますな」

「ああ……そうだな」


 伊藤と鯰江は一年同士の交流を深める転地学習で知り合った生徒である、好感度指数は共に約七十パーセント程度。

 当時人気を博していた日本を絶対尊守の力よって取り返す深夜アニメをキッカケに意気投合し、仲良くなったのであった。

 ただ、放送が終了するとクラスも違うことから徐々に疎遠となり、気付けば全く会話もしていなかったので、約一年ぶりぐらいの再開になるだろうか。


「それにしましても……我らの班のおにゃのこの偏差値は異常に高いでありませぬか? こんな幸運が重なり過ぎるなど我もそろそろお迎えの時間ですぞ……」


 そんなことを言い出したら僕は今頃地獄の輪廻フルコースなんだが。


「我的にはやはりソフィアたんですかね……あの粉雪の如く今にも消え失せん儚さは尋常ではない庇護欲に駆られてしまいますな……ハアハア」

「その前にお前がお巡りたんに保護されるけどな」

「あんまりでござらんか」

「伊藤くんは相変わらずああいうタイプの子が好きだよね……」

「むむっ! そういうお主こそ、今日は一大決心でこの場に臨んでいると言いますのに、随分と余裕でありますなあ! んん!!?」

「そ、そそんなことはないけど……」

「……ん? 鯰江はこの校外学習で何か目的でもあるのか?」

「い、いや……そ、その…」


「ふふふ、雅継氏よ聞いて驚くなかれ、ななな何とこの鯰江氏! 今宵、藤ヶ丘学園都市第二位の前条朱雀嬢に契り交わそうとしているのであります!」


「し、しー! 伊藤くん声が大きいよ……!」



「…………………………………………………………………………はい?」

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