纐纈・ソフィア・雪音はあなたがキライ? 11

「伊藤くん勘弁してよ……こんな所でバレたらとんだ恥さらしだよ」

「すまぬすまぬ、しかし我は貴殿の心意気を嘲っている訳ではないのですぞ? 寧ろ真剣に応援したい、我は本気でそう思っている」


 あまりに唐突な宣言に無意識の内にフリーズしてしまっていたが、頭を軽く振って気を取り直すと、僕は慎重に口を開く。


「えっと……その……鯰江は前条朱雀と知り合いなのか?」

「ぼ……僕みたいな教室の隅を主戦場とする人間があんな高嶺過ぎる花の前条朱雀さんと知り合いな筈ないじゃないか……」

「全く……そんな嫌味言うなど雅継氏も随分と酷な男でありますな」

「い、いや……契りって言うから何か接点でもあるのかと思って」

「接点という意味なら同じ班である以外には皆無と言っていいでしょうな」

「で、でもあんなに綺麗な女子高校生見たことないでしょ……ま、前から気になってはいたんだけど僕も取り巻きの一人として見ていただけで……」

「ところがどっこい、今回の班割りで偶然の巡り合わせがあったのですな」

「……班には他の男子や女の子もいるし……僕から会話なんてとてもじゃないけど……ただ……その……もっと人を拒絶する子かと思っていたら全然……気を利かせて話しかけてくれたり……何ていうかもう――」

「完全に籠絡してしまったのでありますよ、この男」


 ……前条朱雀は進んでクラスの輪に入っていくようなタイプではないが、話しかけられればそれを無碍にするような性格でもない、必要とあればフレンドリーに接するのも見かけによらない彼女の技量であったりする。

 故に、彼女がリーダー的な役割をしているのも大体察しはつく。

 この二人には荷が重過ぎるし、もう二人の男子は如何にもキョロ充という感じで早々に切り捨てたと見える……現に早速櫻井と煙草に擦り寄っているし。

 残りの二人の女子も楽しいのは好きだが面倒臭いのは嫌いと言った匂いがプンプンする……ならば自分が回さなければ班が機能しない、そう踏んだか。


「成る程な……でもそんな焦る必要も無くないか? 確かに前条朱雀って彼氏とかいなさそうな風貌だし可能性はあるかもしれないけど……」

「うむ、我もまだ機は熟していないと咎めたのではありますが……」

「確かに告白がキッカケにその人を好きに――なんて話もあるが……ありゃそういう一時の感情に流される女じゃないと思うぜ」

「それは…………勿論分かっているんだけどさ……」

「寧ろここをスタートにして関係を深めていった方が……碌な会話も無しにいきなりっていうのは無謀にも程が……」

「ま、雅継くん……そんなことは言われなくて分かっているんだ」

「……? ならどうして――」


「僕みたいな奴に残されたチャンスはここしかないんだよ」


「ここしか……ない?」

「僕がこの先も前条朱雀さんと友達みたいに話が出来るなら、初めから自分で餌を狩りに行くような性格だったに……決まっているじゃないか」


 二次元に想いを馳せるだけが恋だなんて、思って生きている筈がない。

 鯰江は少し震えた口調でそう続ける。


「こんな口を開けて待っているだけの僕にまたとない機会が巡ってきたんだ……これを逃したらもう僕はきっと……」

「うんうん……気持ちは痛い程分かりますぞ鯰江氏」

「で、でもよ……言っちゃなんだが今の状態だと確率はほぼゼロと言ってもいいんだぞ? 初ガチャ一発目でSSRを当てるより低いんだぞ?」

「そう……だろうね……そしてリセマラも出来ない」

「だったら少し冷静になって――――」


「雅継くん……僕は後悔したくないんだ……!」


 僕よりも遥かに華奢で、常に弱気な顔をしている鯰江が強い口調で言った。

 その気迫に、僕は気圧されてしまう。


「……僕の人生ってさ、後悔しかないんだ。きっとこの先もずっと後悔していくんだろうな……ってそう思ってる、どれだけ慎重に生きたってそうだったんだから、きっとこれはもう宿命みたいなものなんだと思う……」

「…………」

「だったらさ……! せめて逃げなかった、後悔しなかったって思えるモノが欲しいんだ、それが結果的に振られるのだとしても……」

「鯰江氏……お、お主……今最高に格好良いでありますぞ……」


「僕は、自分の想いに逃げなかった証明が欲しい」


 だから今じゃなきゃ駄目なんだ、と。


 馬鹿かこいつは。

 それじゃあまるで自分が進む為に前条朱雀を利用しているようなものじゃねえか。

 好きというのは口実で、今後の人生に必要な勇気が欲しいだけ。

 ……呆れて物が言えない、フニャチンにも程があるぜ。


「……だが」


 少なくとも鯰江は、今の僕より遥かに自分と向き合っている。

 彼女の想いから逃げ回っている僕の方が、悔しいがよっぽど短小包茎だ。

 それに……鯰江が前条朱雀に告白したいと言った時、僕は変な焦りがあった。

 自分の中にあった最後の余裕が、ゆっくり圧縮されていくような感覚。

 何をあんなに必死になって引き止めて……馬鹿か僕は。


「――そういうことでありますから雅継氏、是非とも鯰江氏の一大決心に力添えをして欲しいのであります、彼の意思を汲み取っては下さらぬか?」

「………………………………ああ、勿論だよ」

「……本当? 雅継くんも味方になってくれると、凄く心強いよ」


「……当たり前だろ? だって僕達は友達だからな」


       ◯


 さて、いつもの状況整理の時間だ、事態は非常に芳しくない。

 僕に課せられた義務は纐纈の抱える悩みを解決し、そして前条瑞玄の目論見を潰す、この二つである。

 前者に関しては障害が少ない故、何かキッカケを掴めば……という感じではあるが、何より國崎会長との契約を反故にするのは非常に不味い。

 しかし、後者に至っては更に深刻なのである。

 前条朱雀を中心として群がる敵の数があまりに多い、一つ一つ相手にしていては僕の精神が保たなくなる……。


「そうなると黒幕を直接叩くしか……」

「雅継くんどうしたの? 随分と思い詰めた顔してるけど……」

「え……ああすまん、入道山から溢れる芳醇な香りにトリップしてたわ」

「ええ……? 僕別に香水とか何も付けていないんだけど……」

「何……? そうなるとソフランアロマリッチか? いやフレグランスニュービーズの可能性も……まさか……! パンテーンかジュレームの香りか!?」

「ごめんちょっとついて行けない」

「まあ入道山の香りなら蒸れた汗の臭いでも快眠出来るけどな」

「歪んだ性癖暴露」


「――そろそろ皆集まって貰っていいかしら」


 教頭先生の挨拶が始まる前に前条朱雀が一旦集まるよう指示したので、僕達は彼女を中心として円状になって集合する。


「これから二人一組に分かれて情報収集をして貰うわ、合計で十四人いるから七組作れるわね――予め訪れる場所は決めてあるから、そこに各自向かい写真を収めてパンフレット等を集めて頂戴、話が聴けたら尚良いわ」

「えー、そんな真面目くさってやる感じなのー? 全然遊べないじゃーん」


 前条朱雀の班のモブ女がブーブーと文句を言う、まあそれが普通の反応だ。


「やることをやってしまえば後は自由に遊べばいいじゃない、ノルマは一組二箇所だけでいいのよ、これなら午前中には大体終われるでしょ? 午後からは自由行動にするつもりだから、午前中は我慢して」

「ぶーぶー」

「でもこの方法だと班行動が遵守されていないように思えるけど、後で先生にバレたら少しまずくないかな」

「櫻井君、そこは既に先生方にも了承を得ているわ、より良いモノを完成させるにあたって必要なのだと説いたら快く……ね」

「……そうか、それなら良いんだけど」


 そこら辺のいち生徒なら提案した時点で即却下だろうが、表面上は真面目な前条朱雀なら難なくクリアしてことであろう。

 相手が神奈川なら怪しい可能性もあったが……幸いあの生き遅れ教師は今回の校外学習では中心メンバーから外れているので問題ない。


「さて、後はペアを決める方法だけれど――」

「はいはーい! そこは私に任せて下さいな! 既に準備は万端だよ~」

「えっ、ちょ、ちょっと姉さん……」


 前条朱雀を押しやってしゃしゃり出てきた前条瑞玄は小さな箱を取り出すとそれをおもむろに僕達の中央へと置く。


「この中に1から7の数字が書かれた紙を二枚ずつ入れて、順番に取って同じ数字だった人同士がペアになるって仕組み、ね? 簡単でしょう?」

「そ、その方法な妥当ではあるけれど……」

「折角の校外学習だもんね~? しかも心優しい私はなんと男女別で分けて引いて貰って全員男女のペアになるようするつもりなのです!」

「え、あの……ぼ、僕一応男なんだけど……」

「入道山ちゃんは殆ど女の子みたいなもんだしこっちサイドってことで」

「え、ええ……そんなぁ……」

「雅継氏……これは仕方ありませぬな……」

「ああ……入道山たそは僕達の唯一無二のヒロインだからな」

「……負けませぬぞ?」

「抜かせ」


「じゃあレディファーストってことでー、私は最後でいいから女の子は皆早い者順でどんどん引いていっちゃってよ」


 その合図と同時にまずは女性陣から箱の中に入った紙を引いていく。

 よりどりみどりではないが、櫻井や煙草は最強の当たり物件である、自然と引く手に力が入る女子がいるのも仕方あるまい。


 前条瑞玄は全員が引いたのを確認すると同じ箱に再度七枚の用紙を入れ、混ぜた後に今度は男性陣がそれを引いていく。

 伊藤や鯰江がジーザスとでも言いそうな顔で引いていった後に、僕も手を入れ用紙を引き抜き、櫻井や煙草達も続いていく。


 そうして全員に紙が行き渡った所で、前条瑞玄が高らかに口を開いた。


「はーい! 皆ちゃんと引いたね? じゃあ楽しい校外学習になることを祈って、『せーの』で番号を確認しよっか! いくよ~? はい! せーの!」

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