纐纈・ソフィア・雪音はあなたがキライ? 12

「表(おもて)っちとじゃーん、ヨロシクなー」

「あーよかった、津本とで」

「げっ、功刀とかよ……」

「何か文句あんの、杦本(すぎもと)」

「よっし、よっし、よっし……! 櫻井君と一緒櫻井君と一緒櫻井君と一緒……」

「ま、前谷さん大丈夫……?」

「よ、宜しくね……煙草くん……」

「お、おう……よろしくな入道山……」

「ふ、フヒッ……ぜ、前条瑞玄嬢とご一緒させて頂けるとは……」

「足引っ張んなよ豚」

「!?」

「あ、ああああ……ま、まさか前条朱雀さんと……」

「…………よろしくね、鯰江君」


 全てのペア決めが無事終わった。

 一見すれば何の問題もなく構成された面子、違和感は皆無と言ってもいい。

 奇跡も魔法も、ありはしないのだ。


「やられたな……」

「あ……よ、宜しくね……雅継殿……」

「ああ、頑張ろうな纐纈」


 気弱な口調に殿を付けられることにむず痒さを覚えながら僕は返事をする。


「ま、雅継氏……これはあんまりですぞ……」

「何でだよ、正当な方法で選ばれた結果だろ、呪うなら運命を呪うんだな」

「鯰江氏は最早運命を超えた宿命とも言うべき前条朱雀嬢とのペアを果たし、加えて雅継氏は我が夢にまで見たソフィアたんと……それに比べて我は――」

「前条瑞玄だって藤ヶ丘高校の中では十指にはいる美人だろ、ちょっと性格はキツいかもしれないが十分な当たりじゃねえか」

「いやいや……あれは絶対裏でSMクラブの女王様をやっている類の――」

「オラ豚、雑談している暇あったら目的地までのルートをさっさと出せ」

「は、はフィ! ありがとうごさいま――あ、あれ……お、おかしいですぞ……い、嫌なはず……嫌なはずだと言いますのに……」


 どうやら伊藤の中で扉の拡張工事が始まったようだが無視するとしよう。


 さて、と僕は考える。

 僕が前条朱雀とペアになる確率は決して低いものではない、そのまま運に任せるにはリスクがあっただろう。

 だからこそ手を打った、それは分かる。

 即席で作れるくじ引きを敢えて前日から用意していた時点で裏があるのは明白。

 だがそれに異論を唱えた所で悪目立ちをするのは僕の方。

 ならば乗っかるフリをして種を暴くのがベスト、だから僕は手を突っ込んだ際、まず箱の中にある紙の枚数をかぞえた。

 三番目なら本来箱の中にある紙は五枚ある筈。

 なのに手探りで発見出来たのは四枚、つまり箱の中には『僕に引かれたくない番号が記載された紙が隠れている』そう考えるのが自然。

 ではその紙の番号は何なのか、言うまでもなく前条朱雀が手にした紙である。

 ならばそれは何処に隠されているのか。

 一番可能性が高いと踏んだのは取り出し口に設えられた目隠し用のシート。


 だからこそシートと箱の隙間に紙が隠れているのを発見した時はシメたと思った。


 念の為の確認として、引き抜いた際に前条朱雀が持つ紙に目をやると――

 四つ折りにされた紙からうっすら透けて見える装飾された色や模様が同じ。


 僕は勝利を確信した。


 簡単なことだ、僕と前条朱雀を引き剥がしたいのであれば紙に書かれた数字を判別する上で目印が必要となる。

 だが目立ち過ぎては他者に気づかれる、そうなれば同じ数字に同じ装飾が施されていれば分かり易く、尚且つそれが判別の為のモノだとは分かりにくい。

 後は再度七枚の紙を入れる時、前条朱雀と数字が同じ紙だけをシートと箱の隙間に挟み込んでしまえば僕に引かれることはない。

 そして僕が引いた後は箱を振るといった演出でもして隙間から落としてしまえばいい、これでトリックは完成。

 悪くはない作戦だが所詮は前条瑞玄……この程度のトラップで嵌めようなどあまりにも温すぎる……。


 そう、思っていた僕がとんだ馬鹿であった。


 シートと箱に隙間に挟んであった紙は装飾こそ同じだが数字は一つズレており、結果として僕は前条朱雀とペアにならなかった。


 ……だが、それだと一つの矛盾が生じる。


 もし僕がこの隙間トリックに気づかなければ前条朱雀とペアになる可能性があったのだ、つまりこのトリックは根底から瓦解することとなる。

 前条瑞玄が間違えたのか? いや違う……これは――


「――――まんまとしてやられたわね」


 いつの間にか傍に来ていた前条朱雀が小声で僕に話しかける。


「……まさかと思うが――」

「どうやら『まーくんが隙間トリックに気付くことを前提にした』罠のようね」

「やっぱり違う数字を引くように誘導されてたのか……」

「相当な警戒心を持っていないと普通ここまでしないわ」

「前条瑞玄が用意周到な準備をしていたと……?」

「いえ、姉さんがそこまでまーくんを買っているとも思えない……」

「そうなると阿古龍花が言っていた通り本当に――」

「もう一人の敵がいると、断定しても良いでしょうね」

「不味いな……思った以上に後手に回ってしまっている……」

「それにかなり嫌な予感がする……出来るかどうか分からないけれど、私も可能な限り姉さんから情報を引き出してみるから、何かあればすぐ連絡するわ」

「……悪いな」

「当たり前のことをしているだけよ、それじゃあ後でね」


 かなり嫌な予感……か。

 体育大会の時はともかくとして、陶器美空を相手にした時でさえ、彼女はそんな言葉は口にしなかった。

 それだけの相手……だとしたら最悪の事態も想定しなければならない。


「……もし僕が負けてしまったら、その時は前条朱雀も――――」


       ◯


 教頭の挨拶が終わると各班は思い思いの場所へと足を運び始める。

 午後三時までに集合場所にいればそれまでは完全に自由時間なので、皆電車やバスを使い行動の範囲を広めていく。

 僕もまた纐纈と共に電車での移動をしていた。


「えーっと、最初の目的地は何処だっけか」

「えっと……本能寺ですね、京都市役所前駅を降りたらすぐみたいです」

「正直徒歩の方が早かった気がするが……まあいいか」


 車内を見渡すと藤ヶ丘高校の生徒の他に大学生の姿がちらほらと見える。

 ここから更に北に上がれば大学の数も増えるので当然と言えば当然なのだが、その姿が今まで遠くにあった未来がどんどん現実へと近づいてくる感覚へと誘う。

 ……秋が過ぎ、冬が終われば受験シーズンが幕を開ける。

 前条朱雀は僕と同じ大学ならバカ田大学でも構わないなんて言っていたが、偏差値102とか馬鹿じゃ入れないんだよなあ……。

 彼女であれば順当に京都最高峰の大学に行くことだろう、何も進路まで僕に合わせる必要など何処にもない。


「……そういえば」

「?」

「聞いたよ、纐纈が作った音楽」

「え! あ……そ、その……すいません……迷惑……でしたよね」

「いや、どちらかと言えば聞くに至るまでの経緯の方が……」

「ごご、ごめんなさい……もし聞かれないのであればその時はその時で諦めようと思っていたので……」

「そもそも気づかない奴の方が大多数だと思うが……ただまあ――」

「?」

「音楽は凄く、良かったよ、世に出さないのは勿体無いと思えるぐらい」

「そう……ですか、ありがとう……ございます……」


 ……おや、彼女の承認欲求を満たせば多少の変化があると思ったのだが……思った以上に反応が悪い。

 彼女の音楽を褒めるのは間違いなのか? だとしたら何の意味があって――


「……幼い頃からずっとピアノを習っていたので、作曲自体は然程難しくはないんです、寧ろ得意なぐらいと言いますか……」

「うん……? その言い方だとあまり音楽を作ることのは楽しくないように聞こえるんだが」

「嫌い……ではないです、ただ手段として非常に役に立つというだけで……」

「手段、ということは……」

「私って、見ての通り凄く口下手ですから……本当は思っていることがあっても、人に伝えることが出来ません……でも音楽ならそれが出来る」

「でも、そうなるとあの歌詞はあまりに希望に満ちていない――」


 そう言いかけた所で、電車目的地へ到着してまい、それに気づいた纐纈はそそくさと立ち上がり扉の方へと向かっていってしまう。


「あ――おい……」

「でもね……雅継殿――雅継さん」


 彼女は振り向かないまま、僕に話しかける。


「貴方と話している時は不思議と自分を出せているような気がするんです……」

「え?」


「どうしてなんでしょう……もう一人の自分と話しているみたいな――あ、ご、ごめんなさい! 失礼ですよね……私と同じなんて……」


「……自分を卑下するなよ、纐纈は僕よりずっと優秀だし才能に溢れてる」


 それに、僕と似ていたのだとしても、それはきっと昔の僕だ。

 もし今の僕などに似ていたら、それは相当人として軸がぶれている。


       ◯


 本能寺の表門を潜ろうとした所で、見覚えのある顔がいることに気付く。

 えーと、あれは……杦本……だっけか。

 確か功刀とペアだった筈だが……ただの男性には興味がありません、とでも言われて放置プレイをかまされているのだろうか。

 とは言うもののあの男に特に興味はないのでそのままスルーして通過しようとすると、僕達に気づいた杦本からこちらへ近づいてくる。


「あ~えーっと……お前の名前は……正宗!」

「日本史にいそうな名前シリーズやめて」

「いや違うんだよ正臣……実はその……、功刀がいなくなってよ……」

「いなくなったって……一緒に行動していたんじゃないのか?」

「そうなんだけどさ……俺がトイレから戻ってきたらいつの間にか……」

「生理現象の隙を突くとは随分と汚い奴だな」

「あーくっそ、これだから功刀と一緒は嫌だったんだ」

「……? 杦本は功刀と顔見知りなのか?」

「ん? ああ、中学の時に一年間だけ水泳部で一緒だったからな、ま、顧問がウザくて俺は辞めちゃったんだが、その時からあいつは色々有名だったよ」

「ふうん……」


 もしかしたらこの杦本、思った以上に使えるかもしれない……。

 ただのモブだと偏見するのは良くないな、ヒントは意外な所に隠れている。


「……なあ杦本」

「何だよ政信」

「流石に一人で行動するのはまずいだろ? 単独行動まで認めてしまったら後で教師に何を言われるか分かったもんじゃない」

「んー……まーそれもそうだな、どうせ午後からは自由に遊べるんだし」

「だから事態が発覚する前に僕達も功刀を探すよ、まだ近くにいる可能性は高い」

「そりゃ助かるな、いやー正定ってただの根暗だと思ってたけど良い奴だな」

「一言余計だ、そして会話の中で僕の名前を当てようとするな」

「まあまあ、そうと来たら善は急げだろ? 早速功刀を探そうぜ」

「ああ……ただその前に――」

「?」


「一緒に探す代わりと言っちゃなんだが……その中学時代の功刀の話、もう少し詳しく聞かせてはくれないか?」

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