纐纈・ソフィア・雪音はあなたがキライ? 13
「薄情な奴だな、杦本を置いていくなんて、あいつ心配してたぞ」
「…………」
功刀は僕達の方を振り向くが、何も発しようとしない。
僕達が現れたことに驚いているのか、それとも動揺しているのか。
はたまた、不快感を示しているのか。
「おいおい、いくらシカトされるのが日課の僕でもそこまで露骨にされると興奮――傷ついてしまうだろ」
「……アンタの調査場所はここじゃなかった筈だけど」
「それを言ったらお前もだろ、大体単独行動は駄目だと前条朱雀が――」
「杦本が私を置いて行ったんだから仕方ないでしょ」
おやおや、これはまた堂々と仲間を売りやがったな。
ここまで平然と嘘を付かれるといっそ清々しいぐらいである。
「ま、どうでもいいけどあんな男、お陰で気が楽になったわ」
「……随分と下に見ているんだな、杦本のこと」
「下に? 笑わせないで、下に見る価値もないわあんな男、どうやったらあんな意味のない生き方が出来るのか教えて欲しいぐらいね」
「……そんな偉そうなこと言えるほどお前の人生は立派なのかよ」
「……あ? 今なんつった」
「ひっ……!」
功刀の威圧的な態度に纐纈は恐怖を感じ僕の後ろに隠れる。
ああ……分かるよ纐纈、本来なら僕もそうしたいぐらいだ、何なら穴たる穴から全てを排出しながら謝罪をしたいぐらいに。
でも、このチャンスを逃す訳にはいかない。
例えどれだけ歪んでしまったとしても、やらなければならないのだから。
◯
「功刀 恵梨夏(くぬぎ えりか)は糞が付くぐらい真面目な女だよ」
杦本はこの秋口にマゾとしか思えないソフトクリームを舐めながら話し始めた。
「真面目……確かにスポーツ馬鹿ってイメージはあるな」
「そのまんまさ、だから顧問には随分と好かれていたけどな、逆に俺達みたいな奴らには大不評……というより全員から嫌われてたなアイツ」
「そうは言っても真剣に水泳に取り組んでいる奴は他にもいただろ、そういう奴からすれば良いライバルじゃなかったのか?」
「馬鹿言うな、たかだか部活の水泳レベルでアイツと張り合えるなら苦労しねえ……俺が言うのもなんだが、実力は紛れもない本物だ」
スタートラインが初めから違うんだよと、杦本は嘲りながら言う。
「……それでも俺の中学の水泳部は県内でも有数の強豪校なんだけどな、つっても水泳部がある中学なんて殆どないんだが……」
「それでも優秀な選手が集まる部活ではあったと?」
「ただそれを差し引いてもアイツは格が違ったよ、男でも負ける奴は負けていたからな――だからこそ功刀はそのぬるま湯に耐えられなかった」
「それだけ聞くとあんまり嫌われる要素は感じないんだがな」
「そう思うだろ? でもアイツの考え方はこうだ、『私が上手いのではなく、お前達が下手』ってな、要するに異常を他者に強制したのさ」
「なるほど……実力差を見せつけられて、それが普通と言われたら、嫌われるのも無理はないな、プライドを根本から折られるようなもんだ」
「まあそんなあいつでも太刀打ち出来なかったのがあの前条朱雀だよ、今は水泳辞めちまったみたいだから、功刀の方が実力は上だが」
ま、功刀は高校に入ってからはスクールに通っているらしいけど、アイツにはそっちの方が性に合ってると思うぜ。
そうぼやくと杦本はソフトクリームのコーンをバリバリと食べ始める。
「……因みになんだが、その前条朱雀と功刀はどういう関係だったんだ?」
「二人共いつも決勝に残っては優勝争いをしていたな、功刀もよく前条朱雀の名を口にしていたらしいし、面識がないってことは無いと思うが」
「功刀の望むライバル関係ではあったってことか……」
「それで思い出したんだが、体育大会の時に功刀と前条朱雀が勝負してたな」
「……ん、ああ、そういえばそんなこともあったな」
「功刀も前条朱雀も中学の時は割りと有名だったからな、知っている奴からすれば随分と盛り上がる内容だったのは違いねえ――」
「そりゃそうだろ、世紀の試合の再現みたいなもんだし」
「でもアレ、前条朱雀完全に手抜いてたよな」
「…………え?」
「何処がどうって言われると説明出来ねーが、功刀がぶっちぎりの一位ってのは当たり前にして、二位の奴にすら差を付けられて三位ってのはな、ブランクを考慮しても前条朱雀なら二位は固い勝負だった」
全国クラスが地方止まりに負けるなんざ、あり得ないんだがなと、杦本はそう呟くとコーンスリーブを握り潰しゴミ箱へ投げ捨てる。
「政時もそう思わねーか? お前も水泳得意みたいだし分かるだろ?」
「いや……どうかな、僕も中学一年で辞めちゃったからな」
「ふうん、にしてもあれじゃあ功刀がキレるのも仕方ねえよ、全力でぶつかって来てくれる唯一の相手があの体たらくなんだからな」
「それは……そうだな……」
こいつ……水泳の素人かと思っていたが意外に詳しいな……これ以上突っ込むとこっちがボロを出しかねない……。
モブといって侮るなかれ……か、ここが限界だな。
「まー話を纏めると功刀は周囲から孤立するぐらいの水泳オタクで、そんなアイツの宿敵が前条朱雀、ってぐらいしか俺には分かんねえな」
「その割には結構詳しいんだな、水泳のこと」
「水泳自体は嫌いじゃないからな、俺もあの部活じゃなきゃ今頃は――」
「辞めてないだろうな、お前の水泳に対する本質は違うんだから」
「は? 急に何を――」
「功刀のこと、好きだからじゃないのか?」
「ちょ、ちょっと、雅継さん……!」
僕の唐突な発言に今まで後ろで見ていた纐纈が慌てた反応をする。
当然だろう、そんなことを言えばどんなことになるのか、言うまでもない。
杦本は切れ長の目を更に細くさせると、すっと僕の横まで近づき――
ぽんと僕の肩を優しく叩くと。
「……雅継さんよ、俺達そこまでの仲じゃないだろ」
そう、冷めた口調で言い放つのだった。
「……それは悪かった、憶測で適当なこと言うもんじゃないな」
「……そういうこった。じゃ、俺は次の場所に行くけど、功刀を見つけたらさっさと連れてきてくれよな、んじゃあな」
そうして杦本は僕達の前から姿を消すのだった。
姿が見えなくなった所で、僕は大きく息を吐く。
「いやあ、慣れないことをするもんじゃないな」
「ちょっと雅継さん! どうしてあんなことを言ったんですか……折角話をしてくれたのにあれじゃあ……」
「……いいや、あれでいいんだよ」
「いいって……どう見てもそんな雰囲気じゃなかったですけど……」
功刀の情報さえ入ればいいと思っていたが、思いがけない収穫だった。
杦本を上手く利用すれば今後の戦況は大いに変わる可能性すらある。
「ク、ククク……」
「ま、雅継さん……?」
杦本よ、感謝するがいい。
スーパーモブとして、主役級の活躍を与えてやろうじゃないか。
◯
「……大体何でここにいるのが分かったのかしら、気持ち悪いんだけど」
「……お前って分かり易い奴だよな」
「は?」
「平静を装っているつもりかもしれないが、行動が本心が見え過ぎている」
「……私のことを付けていたって意味? ヤバいんじゃないの」
「悪いがそうやって僕を豚みたく扱ってもメンタルは崩壊しないからな、それが効くのはプライドの高い男だけだ」
「…………本っ当に気持ち悪いんだねアンタって」
「それだけが取り柄みたいなもんだからな」
「……はあ、何でかな――」
「?」
「じゃあ何で気づかないかな、私はアンタが嫌いだってことに」
功刀は呆れ果てたような表情でそう告げる。
「え……? き、嫌い……ですか……?」
「纐纈とか言ったっけ? アンタもよくそんな男と一緒いれるよね、人の未来を平気で踏みにじれるような奴と……普通じゃないよ」
「そんな……私は……」
こりゃ酷い言われようだ、いつの間に僕はそんな鬼畜と化していたのか。
だが否定をするつもりはない、事実僕は誰かを犠牲にして来たのだから。
それが誰かの未来を潰していると言うのなら、そうなのだろう。
それなら僕は、幾らでもクズでいてやろうじゃないか。
クズとしての第一段階を、発動してやるよ。
「安井金比羅宮」
「え?」
「ここの名前じゃないか、知らないなんて言わせないぜ?」
「う、そ、それは……」
「崇徳天皇、大物主神、源頼政が祀られている場所だ、最近流行りの言葉を使うならパワースポットとでも言うべきかな、神に頼って人を――」
「ま、待って!」
先程まであれだけ強気だった功刀が、急に慌てた表情で僕へと迫る。
「どうしたんだよ、僕は安井金比羅宮の説明をしているだけなんだが?」
「お前……全部知ってた上で……ふざけやがって……」
「おいおい待ってくれ、僕は別にお前を脅そうとしている訳じゃない」
「だったら!」
「僕はただ、協力したいだけなのさ」
「は……な、何を言って……」
案外簡単なものだな、人を操るってのは。
問題ない、後はもう少し揺すってやれば、こいつは完全に落ちる。
何故なら好感度指数を見れば、僕には容易に分かるんだからな。
そう思うと僕は、慣れない笑顔を見せて続けざまにこう言った。
「人の未来を踏みにじる僕が、功刀の願いを叶えようと、そう言っているのさ」
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