纐纈・ソフィア・雪音はあなたがキライ? 14
「雅継さん、これで良かったんですか……?」
次の場所へと向かう途中で、纐纈がそう僕に問いかける。
「? 良かったも何も、順調過ぎるぐらいだと思うんだが」
「あ、いえ……その、功刀さんは何も言わずに帰ってしまいましたし……」
「あの場はな、だが結果としては何の問題もない」
そう、これで少なくとも功刀を封じ込めることには成功したのだ。
あくまで奴の本質は前条朱雀、ならばそこに繋がりを少しでも示唆してやればそれで彼女は僕を攻撃出来ない。
無論約束を果たしてやるかは別問題だが……僕がどうこうよりも前条朱雀が功刀を相手にしていないからな……。
「それに功刀の行動を見る限りあいつは今回の件に絡んでいない可能性が高い……つまり容疑者候補からも外れた、まさに一石二鳥だ」
「は、はあ……」
纐纈が不思議そうな顔しながらそう返事をする。
ああそうか、逆襲の前条瑞玄については何も話していなかったんだっけ……まあ無闇に彼女を巻き込ませる必要もないから話す理由もないのだが……。
「あ、あの……」
「うん?」
「こ、こんなこと聞いちゃいけないと思うんですけど……雅継さんは何をしようとしているんですか……? 校外学習とは無関係のような……」
「……まあ、そうなるよな、寧ろここまで連れ回しておいて何も言わないってのは流石に失礼だった、ごめん」
「ああああ、い、いえいえ! そ、そんなつもりは無くて……ただ……その――」
纐纈は困惑した表情で頬を赤くさせながら、前髪をくるくると弄り始める。
彼女が人と話をするのが苦手なのは分かっているので黙って待っていると、恐る恐る顔を上げた彼女はゆっくりと口を開く。
「……何だか今の雅継さんは、少し怖い感じがして――」
「……え?」
怖い? この僕がか?
そんなことを言い出したら國崎会長の方がよっぽど怖いような感じがするが……と言いかけようとして口をそっと閉じる。
人の顔色を見て育って来た彼女の言うことなのだから、恐らく本当なのだろう。
僕も、かつてはそうしていたのだから――
「纐纈はさ――」
「は、はい」
「自分に降りかかる火の粉から逃れる時、どういう方法を取る?」
「え、あ……わ、私なら多分きっと、自分に降り掛かかるの承知で、身体を丸めて収まるのを……待つと思います……」
「……そうだよな、僕達みたいな人間はそうするしかないんだよな」
「は、はい……」
「でも普通はそれを振り払うんだろう、自分の身に降り注ぐ危険は自らの手で防ぐ、きっとそうでなきゃいけないんだと思う」
「そ、そうでしょうね……私は怖くて出来ませんでしょうけど……」
「でもさ、本当は振り払うだけでもダメなんだよ」
「それは……どういう――」
いつまでも火の粉を振り払っていてもジリ貧するだけの話。
最終的には誰も、自分を守ってくれはしないのだ。
震えて待ってるだけは何も変わりはしない。
相手を殺すつもりで、立ち向かうしか勝利を得ることは出来ない。
「火の元を絶ち、鎮火するしかないんだよ」
誰を利用してでも。
◯
「ん? あれ? そこにいるのはもしかして雅継君?」
その声を聞いた瞬間、僕は背中に悪寒が走る。
このストーカー女め……こいつの傍観癖だけはどれだけ何もしてこないのだとしても慣れないものがある。
これでもし阿古龍花が恋人だったら、今頃心労で緋浮美の膝三角スペースに顔を埋めて嬉し泣きしている所だくそったれ。
「ん、ん? もしかしてまた付けてきたのかとか思っちゃった? 流石に班行動を乱してまで君を付ける趣味はないよ?」
「規律を守っているのもフリの癖によく言うぜ」
「うーん、本当に君には嫌われているんだね私って、どうすれば挽回出来るのかなあ……とりあえずパンツとか見せたら少しは揺らいだりするかな?」
「性神は揺らぐだろうな」
「じゃあ眼鏡を脱ぐとか?」
「ええ……全然意味わかんない」
「眼鏡フェチの希望を打ち砕くような真似は出来ないしそれは無理か」
「パンツを軽んじ過ぎやない?」
って……何をこいつのペースに乗せられているんだ……どいつもこいつも取り敢えず下ネタ言っときゃ大丈夫みたいに思いやがって……。
そんなんだからフォロワー稼ぎにシモに走っちゃうんだから少しは控えなさい。
「……っと、あれ? もしかして貴方は纐纈・ソフィア・雪音さん?」
「へぇっ!? あ、ああ……は、はい……そう……ですけど……」
「初めまして、私は阿古龍花、雅継君とは同じクラスで――何だろう、特に友達と言う訳でも無ければ親友でも知り合いでもないんだけど……」
「顔見知り」
「ああそうそう、顔と名前を知っているだけなんだけど」
「委員長としてその紹介の仕方はどうかと思う」
「まあ私も委員長として雅継君の捻じ曲がった性格は何とかしたいと思ってはいるんだけど……中々頑固でねー、纐纈さんも苦労しているんじゃない?」
「え、いや、その……」
「まあ意外に情のある所もあったりするから仲良くして上げてね?」
「あ、は、はい、ありがとう……ございます……」
いつもの調子で僕に近づいて来た割りには中々見事な修正力だな。
流石は虚構の委員長、あくまで自分の本質を知らない人間に対しては八方美人な委員長を演じるって訳か……。
そんな風に思っていると阿古龍花はそっと僕の傍へと近づき、纐纈には聞こえないような声量で話し始める。
「それで、真犯人は見つけられたのかな?」
「……悪いが僕は名探偵じゃないからな、それにもし見つけたとしてもお前は即刻麻酔銃の餌食だよ」
「眠りの龍花は傍観出来ないから好みじゃないんだけどな、その様子だと順調に外堀を埋めるのには成功しているみたいだね」
「どうかな、案外八方塞がりかもしれないぜ」
「君は余裕がある時はわざと余裕のないフリをするけど、本当に余裕がない時は口数が減るからそれはないと思うけど」
……こいつ、何処までも人を見透かしたような言い方しやがって。
だが阿古龍花の言動に振り回されるなどこれ程生産性のないこともない、大人しく聞き流すのが一番利口である。
「相手はいつ仕掛けてくるか分からないんだ、お前の話に付き合っているほど僕は暇じゃあないんだよ」
「うん、それはそうだろうね、寧ろ今のペースだと確実に足元を掬われるだろうとすら私は思っているけど」
「……何でそんな危険な奴と対峙しないといけなんだよ……一体どんな罪を犯せばこうなるのか僕には理解出来ない」
「それは仕方ないよ、別に君に罪はないんだから」
「……どういう意味だ?」
「そのまんまだよ? あの一件が雅継君に今程の状況を与えてしまう事だったのかと言われたら、そうじゃないと私は思うし」
「なら益々今の状況は矛盾に溢れているんだが」
「だって雅継君の意思は、許容されていないから」
「なんだよそれ」
「彼女が願い、享受されたから、今がある、ただそれだけ」
「それだけって――」
「雅継さん……?」
僕と阿古龍花の不穏なやり取りを奇妙に感じた纐纈がそっと僕の傍に近づいてきたので、阿古龍花はさらりと僕の傍から離れる。
「ま、私から言えるのはこれぐらいかな、こんなに私が肩入れするなんて有り得ないことだから、少しは楽しませてよね」
「お前が勝手に助言をしに来ているだけだろ、頼んだ覚えはない」
「それもそうか。ああ、そうそう一つ言い忘れていたけど――」
「?」
そう言って彼女は足取り早く境内へ続く階段を登ると。
鳥居の前で不敵な笑みを見せながら、最期にこう伝えるのであった。
「そっちにばかりかまけるのもいいけど、ちゃんと会長との約束も守ってね、あの人怒らせたら、私でも手をつけられないから」
「何を――――」
「おーい、阿古殿ー、先に行かれたら困りますぞ、進行は阿古殿なのですから――」
あまりにも唐突で。
予期していなかった声に僕の背中は一瞬で凍りつく。
ああ……どうしてこんな……。
忘れようと、必死だというのに。
「と、虎尾……」
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