纐纈・ソフィア・雪音はあなたがキライ? 15
分かっていたことじゃないか。
國崎会長に頼むということは、それ相応の代償を伴うということ。
言ってしまえば、悪魔と契約をするようなもの。
それを今更泣いて、喚いて、駄々を捏ねた所で何かが変わる訳でもない、寧ろ余計に厳しい条件を突きつけられるだけの話。
「…………」
「…………」
虎尾は一瞬僕を見たような気がしたが、すぐにその顔を阿古龍花の方へと向け、早足で彼女へと近づいていく。
「…………行こう纐纈、もうすぐお昼になっちまう」
「え、あ、はい……」
「あれ? もう行っちゃうの?」
「……こんな場を用意した所で意味なんざないからな、まだ何も終わっちゃいないのに僕から話すべきことは何もない」
「ふうん……強がるね」
「調査場所まで調べた上で、脅迫めいたことをするお前達を前にして虚勢ぐらい張らせて貰わないとやってられないからな」
「私は君の為を想って協力してあげているのになあ」
「……本当にそう思っているならお前は相当ヤバい奴だよ」
大体、僕には分かっているのだ。
彼女の好感度がただの一パーセントも上がっていないことぐらい。
そんな彼女と話をして何になる、何が進展する。
◯
それから一度も振り返ることなく豊国神社を後にした僕達は、集合場所である京都駅へと向かっていた。
不穏な空気が漂っていたことぐらい纐纈も分かっていたようで、移動中は口数も少なく、よそよそしい感じになってしまっていたのだが。
ややあって、彼女が先に口を開いた。
「あの……こうやって何度も雅継さんのプライベートに踏み込む真似をするのは迷惑だと分かっているんですが――」
「別に迷惑とは思ってないけど、どうかしたか?」
「その、雅継さんが戦おうとする理由って、何なのかと思いまして……」
「……戦う?」
彼女の言っている意味が分からず、つい聞き返してしまう。
いや、彼女は何となく察しているのだ、僕が前条瑞玄の件と、虎尾の件に関して四苦八苦している現状に。
ずっと二人で行動していたのだ、いくら鈍感な奴でも僕の行動がおかしいということぐらい流石に分かるというもの。
だがそれを何故『戦う』という言葉で彼女は表現したのか。
「そうだな……さっき火元を断つ、って話をしたよな」
「え、あ……はい、そうでしたね」
「要するにそのまんまだよ、単純に自分に被害が被りたくないから抗っているだけの話だ、何かと不幸体質なものでな」
「でも……さっき阿古さんの班と出くわした時、怒りというよりは……何だか悲しそうに見えたのですが……」
「……そうか? 寧ろ女の子とお話が出来てキモ顔だった気がするが」
「いえその……きっと昔の雅継さんならそうだったのかもしれません――でも私には、自分ではなく『誰か』の為に感情が揺れ動いているように見えて」
「そいつは愉快な話だな」
残念ながらそれは有り得ない。
僕が誰かの為に動くなんていうのは、あの時から諦めたのだ。
前条朱雀だって、虎尾のことだって、自分の手元から消えてしまうのが怖いから何とかしようとしているだけの話、それ以上も以下もない。
今までもこれからも、僕は自分本意でしか動くことはない。
絶対に。
「纐纈の期待に添えなくて申し訳ないが、僕は自分の欲求を満たすのだけに動いている、何ならお前のことだって――」
「自分の根底にあるものってそんな簡単に変えられるでしょうか」
「は――? 急に何を――」
「例えば満員電車で自分が座っている時に、目の前にお年寄りが立っているとして、その方に席を譲ってあげようとしたら『年寄りだと思って甘く見るな』と言われ、断られてしまうとします」
あれ……この話何処かで聞いたような――
「善意でしたことに対して怒られてしまうと傷つきますよね、次に同じような状況に出くわしたら恐らく席を譲るのに躊躇してしまうと思います」
「……それはそうだろうな」
「でもそれが連続で起こったとして、三日目に目の前にいたのが今にも膝から崩れ落ちそうなぐらい足腰の弱そうな人だったらどうします?」
「極端ではあるが……多分、そういう人なら譲っちゃうだろうな」
「私もそう思います。だからたとえ一回や二回善意が悪意になっていたとしても、簡単に善意を辞めてしまうなんてないと、私は思うんです」
「いや、だからと言って僕がそれに該当することは――」
「本当に嫌なら捨ててしまえばいいんです、それが一番楽になれる方法なんですから、でも捨てられない、それは自分自身の為も勿論あるかもしれませんが、結局の所、その人を心配しているからではないでしょうか」
……そういえば、いつしか我が愛しき妹が言っていたな。
大切に思っているのなら、守るのは当たり前と。
まさか似た台詞を纐纈に言われるなんて思ってもみなかったが。
でも、いくら他人がそうやって肯定したとしても、結果が伴っていないのであればそんなものに意味はない。
そういう意味では、やはり僕は自分自身の為に戦うしかない。
「――というか纐纈……何かお前急に雰囲気が……」
「――え? あ、あああああ! す、すすすいません……! 何だか雅継さんの様子を見ていたら居ても立ってもいられなくなって……」
「いや、別にいいんだけど……、纐纈ってあんまり自分を表に出すような感じじゃなかったからちょっとビックリしたというか」
「す、すいません、すいません……二度と差し出がましい真似はしないので……」
そこまで謝られると僕が悪いみたいだから止めて欲しいんだが……。
「…………」
それにしてもと、俯き加減で頬を染める纐纈を見て思う。
……本当に人が変わったみたいだったな。
あんな堂々とモノが言えるなら周囲から孤立をするようなことにならない気がするんだが……もしかして二人になると饒舌に喋るタイプ……とか?
もしそうでないとするなら、まさか彼女の抱える問題って――
「あ、あの、実は私……この話をした理由は、もしかしたら雅継さんの今の状況を打開出来るかもと思ったからなんです」
「……打開出来るって、随分と強く出たな」
「ご、ごめんなさい……ただその……盗み聞きをしているようで言いたくはなかったのですが、雅継さんには今戦う相手がいる……んですよね」
「まあ……そんな大仰なものじゃないが、事実ではあるな」
「それで……阿古龍花……さんでしたっけ、との話を聞いてしまった時にあの人が『願って、享受された』という言葉を口にしていた気がして」
「そういえば……そんなことを言っていたな」
確かにあの言葉は引っ掛かるものがあった。
前条瑞玄が誰かと手を組んで僕を嵌めようとしているのは言うまでもないが、あの言い方だとまるで天罰を願っているとしか思えない口ぶりだった。
そんな神頼みでこんな事態になるとは到底考えられないのは分かりきった話だが、だとしたらあの表現は――
「わ、私、あの言葉を聞いた時にふと頭によぎったものがあったんです……正直あまりに眉唾もので、私は利用しなかったんですけど……」
そう言って彼女が見せてきたものに、僕は思わず眉を顰める。
「まさか……冗談だろ……?」
◯
集合時間の十五分前に京都駅に着いてしまった僕達は、時間つぶしに駅構内を散策していると、大空広場に我が校の学生服を着た男女を発見する。
淡い青春を繰り広げるのにこんな景色を一望出来る場所はポイント荒稼ぎだからな、と思いながら冷ややかな目で見ていたのだったが。
僅かコンマゼロ秒で、メドゥーサに見つめられたが如く、身体が硬直する。
「前条朱雀と……さ、櫻井……!? な、なんで……」
想定外も想定外の展開に、思考が追いつかなくなる。
ちょっと待ってくれ、鯰江はどうした、あのモブ女は? どうしてあいつらを差し置いてあの二人が一緒にいるんだ……?
わ、訳が分からない……確かに納まるべき場所に納まる学園のスター二人なのかもしれないが……し、しかし……。
鯰江の宣言の時からはありもしなかった奇妙な感情が頬をつたい流れる。
寒さのせいなのかそれとも――気づけば呼吸も荒くなり始めていた。
「あの二人は……――って、ま、雅継さん……?」
「な、何を焦っているんだ僕は……仮に心が離れたとして何の意味がある……今までもずっとそうだったろ……そうさ……元に戻るだけ……何の問題もない……これで僕はやっと楽になれる――」
「だ、大丈夫ですか……? しっかりして下さい……!」
「人間関係如きで精神を擦り減らすなどこれ程愚かな話はない……そうさ、だから平静でいればいい……これが正解なんだ……」
「手も震えてる……、これは寒さとは違う……よし――――!」
「は、はは……纐纈……集合場所に戻ろう、そろそろ時間――むぐっ!」
そうやって意識朦朧に声にならない声を絞り出した瞬間。
何かが僕の顔を包み込むようにして、優しく被さる。
洗濯布団が突風に煽られて飛んできたとは考えにくい、だとすれば――
「ほ、ほうへつ……はん……?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます