龍田ひかりはあなたがスキ? 02

 藤ヶ丘高校から山を降りるようにして進んで約十五分。

 そこから国道沿いに歩いて約十分程度歩いた場所にそれはあった。

『紺碧の歌家』、何とも厨ニ感の漂う店名だがれっきとしたカラオケ店である。

 何故こんな所に来ているのかと言えば、虎尾以外に言ったことはないのだが実はカラオケが密かな趣味なのである。

 勿論誰かと一緒に盛り上がるのが好きということではない、誰にも邪魔されることなく、一人黙々と好きな曲を入れては歌うのが好きなのである。

 俗に言うヒトカラという奴だ、今となっては当たり前のことになってしまって、気にすることなく一人で利用する人も増えたが、市民権を得るまではそれはもう奇怪な目で見られたものだった。

 まあ、そんなものは『一人じゃ何も出来ないお前らとは格が違うのだよ』という強靭な心によって全て跳ね返してきた訳なのだが。

 ともあれ、嫌なことがあったり、モヤモヤしたことがあれば帰りに二時間程度歌って気分を晴らすというのが、僕の密かなストレス解消法なのである。


「……つっても、最近はめっきり来れてなかったんだよな」


 というより、ここ数ヶ月色々あり過ぎてカラオケ行ってストレス発散しようと思う余裕すらなかったと言ったほうが正しいが。

 しかしこの悶々とした気分を落ち着かせるにはこの方法しかない……このままだと逢花を抱きしめて寝ないと眠れなさそうだし。


「さて……と」


 僕は気を取り直すと入り口へと繋がる階段を上り、店内へと入る。

 平日ということもあり客の姿も無ければ受付にも人がいない、僕は受付の前まで来るとワイヤレスチャイムを小気味よく鳴らした。


「はーい! 少々お待ち下さーい!」


 奥から明るい返事が聞こえてきたので僕はその間に財布から会員カードと割引券を取り出しカウンターに置いて待っていると、少ししてから女性店員と思しき人が小走りで入ってきて口を開く。


「お待たせしました、いらっしゃいませ! 何名様の――って、雅継くん!?」

「あ、一人の利用で――――って、は? へ?」


 基本的に人の目を見て話をしない僕は一瞬何故店員が僕の名前を知っているのか、それとも常連ともなると下の名前で呼ばれるオプションでもあるのかと思いながら恐る恐る顔を上げる。

 するとそこには、何処かで見たことある女の子が驚いた表情で立っていた。


「え、えっと……君は――」


 ショートヘアーに、藤ヶ丘高校において学業かスポーツで好成績を残している者のみが許される髪染めされた明るい茶髪。

 目元はパッチリとしており、その可愛さは前条朱雀とは違うタイプだが美人に入る部類であることは当然で、おまけにお胸様も健やかにお育ちになられている。

 そして蘇るあの記憶。


「た……龍田……ひかり」

「大正解! じゃないよ! 何で雅継くんがここにいるの!?」


 それはこっちの台詞である、どうして龍田ひかりが僕の通っている店であろうことか店員として働いているのか。

 僕がこの店を利用しているのかと言えば、最大の理由は藤ヶ丘高校から遠い場所にあり、学生が利用するには少し不便だという所にある。

 少しでも遠いと学生は二の足を踏んで休日以外ではこっちの方には来ない、おまけに駅近くに安価のカラオケ店が別にあるので、学生はそっちに流れる。

 だからこそ僕はわざわざ遠出をしてここまで来ていたというのに……。


「えー……何というか、気分転換って奴?」

「へー! カラオケが好きなんだ! 私も好きだよ!」

「へえ、奇遇だな、だからここで働いているのか?」

「えへへ……、働いていると実はちょっと安く歌えるんだよね」


 そう言って照れ笑いをしながら髪の毛を触る龍田。

 学生が一人でカラオケ店に来ているなんて、リア充目線で見れば痛いと思われてもおかしくない所なのだが……、どうやら彼女の噂と僕に示す好感度はあながち間違ってはいないようであった。

 龍田は男女問わず幅広く友達がおり、いつもグループの中心にいる。

 言うまでもなくスクールカーストは最上位に位置しており、誰もが彼女をリア充であるということを疑いはしないだろう。

 しかし、他の上位組と大きく違うのはスクールカースト下位であろうと上位であろうと別け隔てなく同じ接し方をするという点にある。

 その為龍田が僕に示す好感度は60%、櫻井と同じく人に興味を持つタイプなのかもしれないが、これが女の子ともなれば世の男性諸君は当然勘違いをする生き物なので告白の末轟沈、恋の海の底に沈んだ者は数知れないのだとか。


「えーっと……あ、そうだ! 前は本当にごめんね……体育の時ボールを雅継くんの顔に当てちゃって、大丈夫だった? 骨とか折れてない?」

「死球でも食らったんか僕は……、いや全然大丈夫だよ、大体一ヶ月以上も前の話だし、もう気にしなくていいよ」

「でももう一度ちゃんと謝りたくて……それにこうやってまた会ったのも何かの縁だと思うし……うーんと、うーんと……」


 さらっと縁とか言っちゃ駄目だろ……しかも天然なのかわざわざ腕まで組んで首を傾げて悩む素振りを見せる龍田。

 一々可愛い奴だなホント……こんな殆ど会話もしたことのない僕にすらこんな反応をしたらそりゃ男子生徒は籠絡させられるわ。

 そう思いながら彼女の表現豊かな顔を眺めていると、ふとあることに気づく。


「あれ? そういえば藤ヶ丘高校って、バイトは禁止じゃなかったっけか」

「グキッ!」

「それは首が折れた時の擬音だから――成る程、妙に話を繋げようとしていると思ったら……そういうことか」

「ち、ちちち違うよ! 確かにちょっと誤魔化そうとはしてたけど……でも雅継くんのことが心配だったのは嘘じゃないから! 本当だから!」

「えっ……、いやちょっと、ち、近っ!」


 カウンターを乗り越える勢いで龍田は身体ごと顔を僕に寄せてきたので、僕は反射的に足を一歩後ろに下げて少しだけ彼女との距離を取る。

 前条朱雀のラブリーアタックに慣れてしまっているせいか、うっかりキスをしてしまいそうになる距離からは離れることが出来たが、前条とはまた違う優しく甘い香水の匂いからは逃げ切れず、くらりと脳が刺激されもう半歩下がってしまう。


「あ、ご、ごめんね……でもそうだよね……確かに雅継くんに怪我させちゃった後お見舞いにも行けてなかったし……信じてなんて貰えないよね……」

「あ、いや、別にそういうことでは……」


 今度は露骨にシュンとした表情を見せ、その場で俯いてしまう龍田。

 お、恐ろしい……こんな現場他の生徒にでも見られたら一生学校になんて通えねえぞ……緋浮美のヒモとして生きる人生確定ではないか。

 これが意図的なあざとさでやっているのであればまだ僕もそれ相応の対応をする所だが、この好感度であれば決して策士ではない。

 しかしこういう性格だと話が堂々巡りになりそうだ……業務に支障をきたさない為にも何とか話を切り上げるとしよう。


「た、龍田、あの件は別に保健室に行くような怪我でもなかったし、別に気にすることなんて何もないんだぜ?」

「う、うん……でも――」

「それにその仕返しにバイトをしていることをチクろうなんて微塵にも思ってねえよ、大体バイトなんて誰でもやってるだろ?」

「そ、そんなことされるなんて思ってないよ! だ、だけど……やっちゃいけないのは事実だし……」


 うん……? 何だろう、龍田は何か違うことを気にしている気がする。

 単にお小遣い欲しさにバイトをしているならこうも落ち込んだりはしないだろう、寧ろ質の悪いリア充なら開き直って僕を脅してきてもおかしくはない。

 勿論龍田はそういう性格ではないだろうけど、それでも普通ここまで顔を曇らせて焦った表情を見せたりはしない。

 ……何か事情でもあるのだろうか。


「――――分かった、そういうことなら僕もここでバイトするよ、丁度欲しいものがあってお金が必要だったしな、それなら大丈夫だろ?」

「……え? い、いや! ちょっと待って! それはおかしいよ!」

「でもそれなら僕から龍田のバイトのことが漏れることは無くなるし、僕も欲しいものが買える、ウィンウィンじゃないか」

「それはそうかもだけど……でもやっぱりそれは違うと思う!」

「なあに気にすんなって、どうせ僕なんてバレた所で内申に響くほど高い成績なんて持ってないんだしな、んじゃまた来るわ」

「え、あっ、ちょっと雅継くん! 待って!」


 龍田がお小遣い稼ぎではなく、何か理由があってバイトをしていると言うなら、それがいけないことだとしても僕如きが咎める必要は何処にもない。

 でも、それでも僕が障害になるというのならどけばいい、それだけの話だ。


「雅継くん! 会員カードと割引券! 忘れてるよ!」

「…………ごめん」


 自画自賛してもおかしくない去り方をしたというのに、恥ずかし過ぎんだろ。

 流石にこのオチでは龍田の顔を直視出来ないので、早急に会員カードと割引券をひったくって帰ろうとする――


「殆ど会話もしたことないのに――ありがとね、雅継くん」


 すると、龍田は僕の手を包むようにして会員カードと割引券を渡し、何とも言えない優しい笑顔を見せて、そう言うのだった。

 そのあまりに可愛過ぎる笑顔に、僕は思わず顔をそむけてしまう。


「い、いや、別に……」

「でも、やっぱり無理はしなくていいよ、そう言ってくれるだけで十分だから」

「え、あ――――」

「あ! いらっしゃいませ! じゃあね雅継くん! また学校で!」


 話も途中に人が来てしまったので、龍田はパッと手を話すと明るく丁寧な接客でお客を迎え入れる。

 流石に接客の邪魔をする訳にはいかない、何より夕方を過ぎたからか利用者が続々と店内に入って来ていたので僕は店を後にすることにした。

 日が落ちると一気に冷え込むせいか否応でも身体が震えてくる、僕は身体を縮こませると国道沿いを西へと早足で歩く。


「…………」


 彼女を納得させることが目的だったのだから、はっきり言ってバイトの面接を受ける意味は今や何処にもなくなってしまった。

 本音を言えば別に買いたいモノはないし……つまるところ僕と彼女の間にあった問題は解消したと言っていい。

 そう、問題は何処にも介在していないのだ――


「あー……気持ちわりい奴だな、僕って」

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