虎尾裕美はあなたがスキ? 6
「臭うわね」
「は?」
虎尾と秋葉原を散策し、サイゼリアで時間を潰し別れたその後。
前条朱雀と現地にて落ち合った僕は開口一番に異臭宣告をされたのだった。
「まあオタクの聖地ってのはそういうもんな気がするが……そんなに臭うか?」
「ええ、ゲロ以下の臭いがプンプンするわ――まーくんから」
「そうなのか……って、え? 僕?」
「申し訳ないけれど隠しきれないほど臭いわ、少しショックだもの」
「これでも毎日風呂には入っているんだが……普通にショックなんですけど」
「お風呂に入ったぐらいで落とせるものなら誰も苦労はしないわ、女の匂いっていうのは洗って落とせるほど単純なものじゃなもの」
「マジでか…………ん? 女?」
「? それ以外に何があるというのかしら、まーくんそのものの香りなら嬉々として嗅いでいるわよ、何なら香水にしてふりかけたいぐらい」
「女子高生の匂いのする香水みたいにはならないから辞めておけ」
いやそんなことよりも……まさかこんなにも呆気無く、まだ開幕すらしていないというのに虎尾の存在がバレてしまったのか……?
するとどうしたことか今度は僕の近くに鼻を寄せてくるのではないか。
「は……、は?」
「くん、くん、くん」
「あの前条……朱雀さん……?」
「今探し当てているから少しまって頂戴……くんくん」
これを新手のプレイと呼ばずになんと呼ぶのか、変態極まり過ぎだろ。
「前条朱雀さん……そろそろこの作品が官能小説に……」
「くんくん……鞄の方から臭いがするわね、泥棒猫の意地汚い臭いが」
「ど、泥棒……? 僕にそんな昼ドラのヒロインはいた記憶がないが……」
「ちょっと鞄の中、見せて貰えるかしら?」
「あ、ああ、別にいいけど……」
虎尾に繋がるようなものは何もない筈……余計なモノは全て処分したし必要なモノは全部虎尾に渡した、その点に抜かりはない。
だが万が一の可能性もあるだけに恐々としながらその姿を見ていると――何かを見つけたような顔をしてハっと僕を見つめるので一瞬にして緊張が走る。
「中敷きの下に何かあるわね」
「ははは……消費期限切れのおにぎりでも入ってるんじゃないか……」
完全なる窮地に、乾いた笑いしか出てこない。
ちくしょうこうなったら最悪土下座をして頭を踏んでもらうしか――
だが――前条朱雀の手から取り出されたモノは、全く記憶にない携帯バッテリーのような黒く四角い、小さな箱であった。
「な、なんだそれ……?」
「ふうん……恐らくGPSね」
「な、何でそんなものが……?」
「ご丁寧に大容量の録音装置まで入って――ふふっ、随分とまーくんのことを独占したい雌狐がいるようね」
「全然笑う所じゃないんですがそれは」
「私だって本音は監視したいと思っているけれど? 人間束縛したいし、束縛されたい感情は大なり小なり持ち合わせているものよ、これは少しやり過ぎだけれど」
「さらっとソフトヤンデレ宣言してんじゃねえよ」
しかしまさか虎尾の奴が……? いや、あいつの好感度指数はあくまで恋愛感情から来るものではないのは調査済みなのだ、流石にそれは有り得ない。
何よりあいつは自己満足が大前提にある奴だからな、そんな奴が人の動向を気にする神経なんざ持ち合わせている筈もない。
大体虎尾が監視するメリットは皆無、必然的に候補から外れる。
「いずれにせよ、私を相手にしたのが運の尽きね、悪いけれど半端なトラップに気づかないほど安い女ではないわ、消臭力を用意して出直してきなさい」
そう言って彼女はそのGPS兼盗聴器を地面に落とすと、そのまま踵で勢い良く踏み潰し粉々になるまで擦り潰してしまうのだった。
……何だろう、『次はお前がこうなる番だ』と言われている気がするのは気のせいだろうか。
「さて、邪魔者もいなくなったことだしこれで心置きなくイチャイチャ出来るわね、不束者ですが今日一日宜しくお願いします」
「お、おう……こちらこそ……よろしく……」
本当にこんな化物相手に、コミクラを無事乗り切れるのかよ……。
◯
そうして僕と前条朱雀はデートをした……のだと思う。
何故そんな曖昧な表現をなのかというと、よく覚えていない為である。
馬鹿げたことを言っていると思うかもしれないが、現在僕には虎尾の存在も気にしながらストーカーの存在にも畏怖しながらデートもしないと行けないのである。
こんな状況で楽しめる奴がいるとしたらよっぽどの自信家かマゾしかいるまい。
とは言っても記憶にある限りでは秋葉原の名所(既に虎尾と回ってはいるのだが)を回ったり、漫画や同人誌を見ながら話をしていたのだが。
そもそも僕はこの期に及んで前条朱雀の好意を信じきれていないのだ、実は壮大な罰ゲームなのではないかと、未だに思っている自分がいるのも否めない。
結果としてそんなことを考えている内にあっという間に夕方となり、僕達は中央通り沿いにある喫茶店に入り、二人で珈琲を飲んでいるのだった。
「ありがとうまーくん、今日は凄く楽しかった」
「そうか、そう思ってくれたなら何よりだが」
「まさかまーくんに触手男の娘モノの趣味があっただなんてね」
「そんなトンデモ性癖暴露した覚えないんですけど」
「え? BLは無しだけど男の娘同士はアリだって叫んでいたじゃない」
「オタクの街だから何言っても許される訳じゃないからね?」
というか何でその属性を付与される方向になっているのか、お前は僕をどういう変態に仕立て上げたいんだよ。
そうやってまた下ネタトークで薔薇でも咲かすのかと思っていると。
前条朱雀は突然少し神妙な面持ちになり、こう切り出す。
「その……何だかずっと心ここにあらずというか、あまり楽しそうに見えなかったから……やっぱりいくら約束とはいえ迷惑だったかと思うとつい――」
「そう……か、まあ僕を男の娘属性にさせる理由は分からんけども」
「入道山さんとの絡みが見れれば元気になると思うの」
「いつの間にかお前も大分腐ってきてんな」
確かに男の僕から見ても可愛い子ではあるが……って、あるぇ?
「……いや、楽しかったのは他ならぬ事実だよ、確かに少し気持ちに余裕はなかったかもしれないが……それでもその気持ちに嘘偽りはない」
「そう? なら良いのだけれど――」
「ただ……」
「ただ?」
「やっぱり分からないんだよ、どうしてお前が僕を好きなのか、いや好きに理由など不要なのは分かる、だがあまりに得がなくないか? 僕には勿体無いを通り越して最早これは豚に真珠みたいなものだ――」
「現実味がなさ過ぎてどうにも信じられない、そう言いたいのかしら」
僕は黙って頷く。
もっと言えば、ここ最近の目まぐるしい出来事の連続は、はっきり言って悪夢の予兆なのではないかとすら思っている。
人生に幸せの数が決まっているのなら、この先は不幸しかないのではないかと、そう思わないとやっていられないまでに、不安ばかりが募る。
「だから僕はあの体育大会の時、自己保身にかこつけてお前を利用した――なのにお前の態度は全く変わらない、寧ろ強くなったとさえ思う」
「そうかしら、初めからずっと私の想いは変わってないけれど」
「ああ知ってる、だから、だから恐ろしいんだよ――」
「成る程――――要するにまーくんは人も、自分も信じられないのね、だからどんなモノであったとしてもそれを突き放してしまう」
「いやそういう訳じゃ――」
「確かに、私が何も明かさないのが要因の一端だとは思っているわ、でも、それは明確な理由がないから誤魔化している訳じゃないの」
「? どういう――」
「私はまーくんがどんな人間に成り下がったとしても、愛せる自信がある――けれど、それを良しとするか否かは私が決められることではないから――」
「…………やっぱりお前――――」
「だから、私はあなたが好きだけれど、正式に交際を申し入れることは……まだしない、この状況で仮に付き合えたのだとしても、きっとまーくんが迷惑をしてしまうだけだから――それは私も望んでいないもの」
「…………」
「けれど想いは変わらない、だから傍にいたい、そして離れたくない、もしかしたら不可抗力で押し倒しちゃうかもしれないけれど」
「三大欲求への忠誠心がしゅごい」
「何時迄も待つけれど、誰にも渡したくはない、これって我儘かしら」
「…………いや、寧ろお前の気持ちを軽く見ていた僕が馬鹿だったよ、こんな半端な気持ちでデートなんかしてしまって、申し訳なかった」
「約束をしたのは私なのだから、まーくんは気にしなくていいの、ごっこ遊びでも十分嬉しい、でも――いつか答えは聞かせて欲しい、それだけよ」
「条件無しに、それは絶対に約束する」
「じゃあ――私はもう帰らないといけないから、親の都合でコミクラの参加は二日目になってしまうのは辛いのだけれど……また連絡するわね」
そう言うと彼女はおもむろに席を立ち、先に支払いを済ませてしまうと、一度も振り返ることなく帰っていくのだった。
「………………度し難い」
こんな話を聞かされて尚、まだダブルコミクラを成し遂げようと考えてしまっている自分が、嫌になってくる。
自己防衛を恐れたことなど一度もないというのに、何が僕を不快にさせるのか。
前条朱雀や虎尾が直接的に関わっている、それが原因なのか。
……どうしてこうなった? 自己保身はそんなに駄目なことなのか?
誰だって自分が一番可愛い、それは当然の真理ではなかったのか?
「……もう、何が正解か分かんねえよ」
だが。
そんな僕の悩みなど甘えでしかと言わんばかりに。
現実は容赦無く、僕に見返りのない試練を課していく。
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