虎尾裕美はあなたがスキ? 7
「…………殿、雅継殿!」
遠くから聞こえるその呼び声に導かれるようにして目を覚ました僕は、自分がベッドの上で寝ていることに気づき、その身体をゆっくりと起こす。
……何だかやけに身体が重いな……いや確かに朝は苦手だから起きるのは基本辛いのだが、寝不足とはまた違う怠さというか……。
「つうか……ここはどこだ……」
「ホテルに決まっているではありませぬか、何を言っておられるのですか」
「ホテル……? ああそうか、そういえば今東京にいるんだっけ……」
「随分と記憶があやふやになっておりますな――それにしても雅継殿……昨夜はお盛んでしたな……初めてであんな激しくて私、ぽっ」
「僕が突っ込みを入れないで済む世界線へ行かせてくれ」
「え? 私は昨日の決起集会の話をしているのですが、一体何と勘違いしておられるのやら……ああナニと勘違いしているのですな、全く童貞ですな雅継殿は~」
「シンプルにウザい」
そうか……そういえば前条朱雀と別れた後虎尾から連絡があって、決起集会という名の飲み会に参加させられたんだっけ……。
まだ始まってすらいないのに何でこんな怒涛の展開に付き合わされているのやら……夜行バスでロクに寝れていないし、そりゃ疲れも溜まるわ……。
「どうでもいいけど何でお前はここにいるんだよ、部屋は別々だった筈だが」
「それは雅継殿が無理矢理連れ込んで――というのは冗談で、こっそりカードキーを拝借させて貰っていましたので、その様子だと昼頃まで寝ていてもおかしくありませんでしたからな、初日から遅刻など言語道断ですぞ?」
それならせめて布団に潜り込んで横に寝るぐらいの悪戯をして欲しいが、それを言えばどんな弄られ方をされるか分かったものじゃないので黙っておく。
「うわ……まだ四時じゃねえか……始発ダッシュを回避する為に会場前のホテルを取らせて貰ったんだからもうちょっとゆっくりさせてくれ……っつ……」
そう言っていると頭に重い痛みがのしかかる、寝不足だとしても何でこんな体調良くないんだ……もしかして風邪でも引いちまったのか――
――と、思った所で徐々に昨日記憶が蘇ってくる……あの時確か――
◯
「じゃじゃん! 雅継殿! こちらが私の友人であり師匠でもございます陶器(とうき)てんてーでございまする!」
「だから師匠やないって……、ああごめんなさい、私陶器美空(すえみそら)って言います、ええと貴方がとらさんのお友だちの雅継殿ですね」
「え? は、あ、そうですけど……」
虎尾の奴が雅継殿雅継殿言うせいで完全に殿の部分が名前の一部になってるじゃねえか、しかもとらさんて、突っ込みどころの癖が強過ぎだろ。
……にしても陶器美空ってどこかで聞いたことあるような……同人作家はあんまり詳しい方ではないんだが、そんな有名な人だったかな……。
「因みに陶器てんてーは商業誌でもご活躍なされているプロでもあります! こんな素晴らしいお方とコミクラを一緒に出来るなんて感謝しなされよ!」
「何でお前が威張ってんだよ…………ああそうか、何で聞き覚えがあるのかと思ったら鹿角社の月刊誌で連載してる『少女方程式』の作者の――って、すいません……初対面なのに慣れ慣れしい口の聞き方を……」
「いやいや! いいのいいの! ペンネームだけで私の作品を知ってくれてるってだけで凄く嬉しいし、何ならもっと話しくれてもいいぐらいやし!」
『知ってくれている』とは随分謙遜した言い方だが、どう考えてもここ最近の新人作家の中で有名なのは間違いない、オタク向けな美少女動物園を踏襲しつつも派手なアクション描写、心理戦も織り交ぜた作風は大きな反響を呼んでいる。
あと数年もすればもうコミクラ参加も難しくなるぐらいの有名所になりそうだというのに、虎尾の奴こんな人と面識あったのかよ……。
ただあのいかにもオタクを狙い撃ちした作風は絶対に男だと思っていただけにその点に関しては驚きを禁じ得ない。
しかも普通に美人だし……黒の長髪にカチューシャのように付けられたヘアバンドが良い意味で田舎っぽく、加えてお洒落を忘れてしまったとしか言いようのないラフなジャージ姿がまたドキをムネムネさせる。
この事実ファンは知っているのだろうか……いや、初期の頃から同人即売会に参加している経験があるなら実は既知の情報だったりするのか……?
「ま、まあ立ち話も何だし、折角ですからご飯でも食べながらにせえへん? 私達が参加するのは三日目ですし、かねがねとらさんから聞いている雅継殿の話とかも色々聞いてみたいし」
「……お前、何で僕のことを普通に話してんだよ」
「え? 変態クズ野郎ということを事細かに話しただけですが」
「顔合わせる前から評価だだ下げにする奴おる?」
◯
まあ、そんなこんなで。
陶器先生が予約してくれていた店に入った僕は歓喜に震えていた。
「……こ、これが噂に聞く作家は大体焼肉に行くというあの焼肉か……」
「雅継殿、日本語がおかしくなってますから」
「いやお前学生如きがこんな霜降った焼肉は普通食えんからな、ツイッターの焼肉テロとラーメンテロは犯罪認定してもいいぐらいだからな」
これではまるで家ではまともなものを食わせて貰ってないかのような言い方になってしまっているが、単純に我が家は外食が少ないのである、両親が共働きの関係もあって全員それなりに料理スキルがあるからな……。
故に肉を食えるのは何年ぶりかというレベル、腹が疼くも仕方あるまい。
「まー基本的に作家さんは忙しくて料理する暇ないからねー、というより外に出れば旨いご飯が食べれるのにわざわざ作る意味があらへんのよ」
「ほー、売れっ子ならではの悩みでありますなあ」
「東京に出てきた頃はバイト掛け持ちして賄いで食い繋ぐ時期もあったのにねえ……今の時代東京にいなくても作家を目指せるのに、何で出てきちゃうんだろうねー、やっぱり田舎者には都会がスターダムへの階段に見えちゃうんかな」
「その空気を吸うだけで僕は売れると思っていたのかなぁ……」
「失礼極まりないなお前」
「あはは! いいのいいの、実際そう思ってた時期もあったしね、私は運良くチャンスを掴ませて貰ったけど、今の時代Web漫画で人気を出すことが第一条件だったりするし、東京に憧れる人も減ってるのかな」
簡単に参入出来るようになった分、ハードルも高くなったけど、と彼女は言う。
「とうき……あ、いや陶器先生はいつから漫画家を目指したんですか?」
「とうきてんてーでええよ、知り合いもファンもそういう愛称で読んでくれてるから、もうその呼び方のほうが慣れちゃってて」
「そう……ですか、なら年下で恐縮ですが、そう呼びます」
「まー元々絵を描くのは好きだったけど本格的にやるようになったのは大学在学中からかな、就職活動もしないで絵ばっかり描いて、挙げ句の果てには卒業した瞬間無一文で東京に出ていくんだから、今思えば無謀でしかないよね」
「一歩間違えたらウシジマくんにお世話になっておりましたな」
「実際借金塗れになる人もゼロではないし、芽が出ないままそれでも諦めきれなくて細々と続ける人もいるし、やっぱり固い仕事をしながらっていうのが一番かな、私は漫画家になる以外目標がなかったから、考えもしなかったけど」
「……でも運とは言いますけど、実力がないと掴めないと思うんですが」
「うーんそれはそうだけど、例えばWeb漫画で面白いと言われる作品が商業化したら全部が全部売れている訳ではないでしょ?」
「それは……そうですけど」
「もっと言えば新人賞を取ったからといって売れるとも全く限らない、結局大衆の人気を得るのと実力は必ずしも比例しないって訳」
「流石陶器てんてー! 雅継殿のような性器矮小な男とは訳が違いますな~」
僕がディスられる理由は全く分からんが正論ではある――だがそれもまたありふれた意見の一つでしかないのは気のせいだろうか。
正直この人は、もっと死に物狂いで、それこそ天才ではないからこそ積み重ねたものがあるのだと思っていただけに、少し肩透かしを受けた感じもある。
何故なら僕は、そんな彼女の嫉妬の滲む努力が透けて見える作品が好きで、読んでいて節があったから――
何より。
本当に運だけでトントン拍子で漫画家街道を歩んでいるのだとしたら、恐らくこんなにも僕に対する好感度が低い筈がない。
無論初対面の人間故低いのは当然だが……どうにも引っ掛かる。
更に言えばあの事は、嫌な予感しか――
「ま、こんな話後で幾らでもしてあげるから今はお肉を食べよ? 今日は折角同郷の関西から来てくれた二人の為に私の奢りなんだから、食べなきゃ損損!」
「ふうゥー! 流石陶器てんてー! そこにシビれるあこがれるゥー!」
「最高にハイって奴だアアアアアアアアアアアア!」
「ヒーハー!!」
「ええ……」
これがリアルが充実した人間共のリミッター解除なのか……シラフでこれって東京の空気を吸った人達怖すぎるんですけど。
……まあ、だからと言って貴重な美味しい肉を逃すわけにはいかないので当然ながら僕も焼肉争奪戦には参加したのであったが。
恐らくその際に虎尾辺りに騙されて飲まされた麦ジュース的なるものが要因だったのだろう、自分でもなったことのないハイテンションになった僕は、無礼講を遥かに通り越した辺りで記憶は失ったような気がする。
◯
「……それで、この頭の痛さに繋がる訳か……」
「いやはや私も大分舞い上がっておりましたが故あまり覚えていませんでして」
「今の時代こういうのは厳しく糾弾されるってのにお前は……」
「その代わり面白い話も聞けましたけどね……」
「…………?」
「まあまあ! もうすぐ始まるコミクラを前に空気を悪くしてはあれですし……ここは穏便にいこうではありませぬか……ね?」
そう言って珍しく申し訳無さそうな顔で僕を見つめる虎尾。
……まあ、こいつは僕より何倍も楽しみにしてたんだしな……多少の羽目をはずすぐらい大目にみないと、こっちが保ちそうにない。
まだ闘いは始まってすらいないんだしな……。
「ふー……しょうがねえな、虎尾よ、抜かりはないだろうな?」
「! はっ! 雅継殿! 既に準備は万端であります!」
「うむ、では参るとしようか……」
「我らの」
「戦場へ」
コミッククラシック80初日 まもなく開幕。
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