虎尾裕美はあなたがスキ? 4

「なんだ前条朱雀か……お前どんだけの回数電話して来てんだよ」

「雅継くんを思えば自動的に通話ボタンをタップしてしまうものよ、それよりも前条朱雀なんてよそよそしい言葉は止めて頂戴、あやっちとあやりーとあやりんとかもっと親近感が沸き倒す名前で呼んで欲しいわ」

「何だよ沸き倒すって、つうかそんな名前で呼んだこと一度も無かっただろ」

「それが嫌ならA.Y.R. evolution turbo type Dでもいいけれど」

「古い上に何も上手いこと言ってねえから」


 今やオタクの中でも人気のあのお方ではあるがその歴史を知ってる人がどれだけいるというのか、前も言ったが絶対同い年じゃねえだろ。


「大体僕はお前に電話番号を教えた記憶はないんだが……」

「私にかかれば雅継くんの電話番号を知るぐらい晩飯前よ」

「どう考えても虎尾を買収した以外にないだろ」

「私のものは私のもの、雅継くんのものは私のもの」

「ピンポイントジャイアニズム」


 またの名を愛が重い。


「まあそれはいいとして」

「お前は良くても僕は全然良くないんだが」

「雅継くん、私は今期末テストを凄く頑張っております」

「そうか、僕はあんまり勉強してないから結構ヤバいな」

「そこでなのですが、まーくんにお願いがあります」

「電話越しでもその距離の詰め方は圧迫感があるわ」

「今回の期末テストで七科目中六科目満点を取ったら、デートがしたいです」

「成る程、それは大層な目標を……って、デート?」

「? 別におかしなことを言ったつもりはないのだけれど」


 いやおかしなことは言ってないかもしれんが、随分とまた直球なお誘いを申し出てきたな……いや嫌ではない……嫌ではないけどもさ……。

 確かに体育大会では彼女に随分な負担を強いてしまったのは事実なので、その内お礼をしようと考えてはいたが、それにしたってでででデートとは――


「で、でもよ、七科目中六科目満点ってのはいくら何でもハードルが高過ぎやしないか……? お前がそれでいいって言うなら何も言わないが……」

「つまりそれは目標を達成すればデートをしてくれると取っていいのかしら」

「えっ、えーとそれは……その……」

「そんな童貞みたいな反応は今時流行らないから早く返事を頂戴」

「ええ……童貞なんですけど」


 まあ……冷静に考えればデメリットは皆無、ただでさえ学園のマドンナと当たり前に話しているだけで異常だというのに、ここにデートオプションが付いて来るなどクラスに知られた日にはファラリスの雄牛で炙られてもおかしくない。

 どころかこれで前条朱雀が納得するというのだからこんな奇跡まずあるまい。

 ――デートぐらいなら、問題はないだろう。

 僕は一つ深呼吸をすると、前条朱雀にこう伝えた。


「分かった、行くよ、僕とデートをしよう」


「え……本当に……?」

「何だよ、お前から提案して来た癖にその反応は」

「いえあの……てっきり断られるかと思って――」

「お前も大概処女みたいな反応をしてるじゃねえか」

「残念ながら処女の恥じらいは童貞のような醜さは介在しないのよ」

「童貞に人権を下さい」

「ま――そうとなれば私は残りの三日間粉骨砕身全身全霊を込めて勉学に励まさせて貰うわ、何ならその勢いで雲散霧消してもいいぐらいよ」

「消えたら元も子もねえだろ、言っとくが七科目中六科目満点を取らないとデートはないからな? 本当に大丈夫なんだろうな?」

「誰に言っているのかしら、天上天下唯我独尊前条朱雀なのよ」

「別にお釈迦様はそういう意味で言った訳じゃないんですけどね」

「いずれにせよまーくんは何も気にせず結果のみ待っていればいいわ、本気を出した私は凡骨如きの足の引っ張りでしくじる程伊達じゃねいわよ」

「日本語の使い方荒ぶり過ぎな気がしてならんが……まあいい、僕は悠々とお前の実力とやらを見させてもらうことにするよ」

「精々私の真の実力に当てられて気を失わないことね、それじゃあまた」

「何で雑魚キャラなんだよ……おう、また今度な――」


「やったーーー――」


 通話が終わろうとした直前、そんな声が一瞬聞こえて切れる。

 流石に日本語がおかしくなくなる程喜ばれると、いくら僕でも悪い気はしない、いや寧ろ本当に僕でいいのかと殊更思ってしまうぐらいである。

 何だか最近の自分は充実し過ぎていて怖くなってくる、いや、一人で家でダラダラするのも大好きなのだが、人間関係的な意味で。


「しかしそうなると、今年の夏休みはかなり忙しくなりそうだな……」


「お兄様…………」


「うおっ!? 何だ緋浮美か……ビックリさせんなよ……」


 というか今の電話とか聞かれてないだろうな……唯でさえ今の緋浮美に刺激物を与えるような真似をしたら腹部を開帳されそうな雰囲気があるってのに……。

 そう思いながら僕は恐る恐る緋浮美の顔を除いてみる――

 すると緋浮美は突如覚悟を決めたかのような顔つきで、こう言い出すのだった。


「お兄様! 私決めました!」

「え、な、何が……?」

「私もそのコミッククラシックにお供させて頂きます!」

「……え? 駄目だけど」

「え!? どうしてですか!?」

「いや、そりゃ駄目だろ、中学生がそんな東京に遠出なんかしたら母さんが心配するだろ、僕が付き添いだとしても認めちゃくれねえよ」

「そんな……で、でも私だってお兄様が女と二人で東京に行くのは心配です!」

「お前は結婚を反対する頑固親父か、言っとくが僕だってそこまで行きたいわけじゃないんだからな? お前が行ったらもっと意味ないぞ」

「なら行かなければいいではありませんか! 行かないのも勇気です!」

「どういう意味だよ、いやちょっと断るに断れない理由があってだな……」

「何ですかそれは!? 誰かに脅迫されているのですか!? そんなお兄様に害を成す輩でしたら私が今すぐにでも――」

「待て落ち着け、喧嘩っ早い緋浮美の姿なんてお兄ちゃん見たくないぞ」

「あ――――も、申し訳御座いません……私気が動転してしまって……」

「心配してくれるのは嬉しいけど変なことをしに行く訳じゃないんだから大丈夫だって、ちゃんとお土産も買って帰ってくるからな、な?」


「ですが……ですが! お兄様は私のコスプレを見たくないのですか!?」

「いやそれは見たいけど」


 ほむらのコスプレとか超似合いそうだし、いやいやそうじゃなくて。


「だから僕が言いたいのはだな――」

「だとしても私はお兄様が――」


 こうして。

 僕と緋浮美の行く行かないの問答は約一時間にも渡ったのだが。

 オチとしては母さんが帰ってきた所で冷えた飯を放置して問答してしまっていたことに激昂され、鉄拳制裁(僕のみ)で幕を閉じたのだった。

 ――全く以って、今年の夏は嫌な予感しかしなくて嫌になる。


       ◯


 七月下旬。

 期末テストが終了すると、あっという間に人の脳は夏休み一色となる。

 部活に勤しむ者もいれば、勉学に勤しむ者もいる、プールや花火大会、フェスなどと僕とは無縁のイベントに何処に行こうかと色めき立つ者もいる。

 早起きをせずに遊びに勤しめる、夏休みの宿題こそあれど長期の休みというのはそれだけで人を否が応でも高揚させ、堪らなくさせるのだ。

 因みに返却されたテスト結果は国語を除いて目くそ鼻くそである。

 要するにケツから数えた方が早い、母さんのパワーボムは不可避であろう。

 余談だが虎尾は三百五十人中八十位、阿古龍花は三十位。

 変人はエリートという通説でもあるのかと言いたくなる程優秀で頭痛が痛い。

 そして。

 現代歴史文学研究会随一の変態エリート前条朱雀についてだが――



「……まーくん、私から大事な報告があります」

「はい」

「今回の期末テストの結果ですが」

「はい」

「七百点満点中六百九十八点、七科目中六科目満点、総合順位一位となりました」

「え、まじで」

「これが証拠です」

「…………マジでこんな点数取れる奴っているんだな」

「つきましてはデートの約束は確定となりましたが」

「まあ……約束は約束だからな」


「八月の中旬にあるコミッククラシックに私と一緒に行きましょう」


「コミクラデート、そういうのもあるのか…………ん?」

「え?」

「え?」


 ……………………え?

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