前条朱雀はあなたがスキ 4

「入部希望、と言ったのよ、はいこれ」


 そう言って彼女が取り出した入部届にはしっかりと『現代歴史文学研究会』と『前条朱雀』の文字が書かれていた。

 うむ、これは紛うこと無き入部希望である。

 ……いやちょっと待って、前条朱雀は水泳部期待のエースという話ではなかったのか、何がどうなればこんな辺境の同好会に来るというのだ。

 いや……そんなことを言ってしまえばそれこそ鈍感なフリここに極まれりと言っているようなものか、し、しかし……。


「し、しかしですな……実はこの同好会定員が一杯でありまして――」


 流石の虎尾も彼女をこの部室に招くのは危険だと判断したのか、ありがちな断り文句で何とか彼女の入部に断りを入れようとする――

 だが。


「その割には二人しか部員がいないようだけれど」

「そ、それは……今日はたまたま出席率が低くて……」

「ふうん……因みにその部員の総数は何人なのかしら」

「総数ですか……えーっと――ろ、六人ですな! 丁度この長机を囲む分だけ部員がいるのです! ですからこれ以上空きは無くて――」

「そうだとしたら不思議ね、この部室には椅子が二つしかないようだけれど、他の部員さんはわざわざ椅子を持って来るのかしら」

「ギクッ」


 鋭い、というよりは誘導したとしか思えない話の持って行き方である。

 虎尾も冷静であればそれぐらい気づいていただろうが、彼女を前にしては中々どうしてまともな思考では会話が出来る筈もない。

 何せ僕に至ってはまともに口すら開けていないのだからな、と言っても虎尾の失態によって増々事態が悪化してしまっているのだが。

 このままでは架空の幽霊部員の実態まで暴かれ、矛先は一気に僕の方へと向けられてしまう……何か対策を考えなくては――

 そんな風に無い知恵を必死になってフル稼働させていると、眼球の黒い部分が失われかけていた虎尾が意を決した顔をして、口を開く。


「わ、分かりました……そうしましたら、今回は特例中の特例として入部を認めようではありませんか……」

「な――――おい! お前何言って」

「ただし!」


 突拍子もない宣言に動揺を隠しきれなくなり思わず口を挟もうとしたが、彼女はそれを腕で静止すると、こう続けるのだった。


「入部試験に全問正解して頂くことが条件であります!」


「にゅ、入部試験……?」

「ね! 雅継殿もやりましたものね!」


 一瞬何を言っているのか分からなかったが、虎尾の察しろと言わんばかりの目つきでそれが方便だということに気付く。


「……あー、そういえばそんなのもあったなー、そうそう虎尾は、けいおん、まどマギ、ラブライブを見ただけでオタク気取っちゃうにわかは入部させたくないってのが信条でよ、僕も入部の時は苦労したもんだった」


 実際ハルヒさえ知らない世代が出てきているぐらいだしな、僕なんざダ・カーポで嵌って遅いと思っていたというのに、時間の流れというのは恐ろしい。


「つまり部員が少ないのも実はそういう理由がありましてな、ですから朱雀殿も試験をクリアして頂かないことには入部を認める訳にはいきませぬ」


 まあお前以外の人間をこの部室で見かけた記憶はないんですけど。


「なるほど……成績が良いと校則が緩くなるとは聞いていたけれど、成績が良い生徒だからこそその辺りはキッチリしているということなのね」

「うむ、理解が早くて助かりまする」


 いや、違うけどね。

 とは言っても前条朱雀の特攻を阻止する為にもここは話を合わせるしかない、別にこの部室に思いれはないのだが、これからのことを考えると安息の地が多いのに越したことはないのだし。


「……いいわ、その入部試験とやら受けて立ちましょう」

「ふふふ……その余裕、果たしてどこまで続きますかな?」


 そう言うと虎尾はおもむろに鞄の中から一枚の用紙を取り出し、それを前条朱雀の前へと置く。

 問題数は五問ぐらいだろうか、記述に穴埋め、記号問題と意外に本格的に作られたその問題は虎尾の凝り性な性格垣間見えてこなくもない。

 つうか虎尾の奴一応こうなると予想してここまで準備していたのか……好感度の分かる僕よりよっぽど警戒心が高いじゃねーか。


「それにしても……」


 設問をチラッとみる限りだが、明らかに問題のレベルがおかしい。

 いや、おかしいというよりは初めから入部をさせるつもりなどサラサラないと言わんばかりにどれもこれも僕でも知らないマイナー作品ばかり、もっと言えばマイナー雑誌で打ち切りになったと思しきものまで問題になっている。

 しかも百四十二ページのヒロインの心情を答えなさいとか誰が分かるんだよ、お前の匙加減だろこんなもん。

 だが……これなら何も出来ずにこの場を去るに違いない。

 どうやら一先ず安心しても良さそうだな……。


「合格点は九割となっております故、少々ハードルは高いですぞ?」

「ええ、問題ないわ」


「では制限時間は三十分! よーい始め!」


       ◯


「終わったわ」


「はえ?」

 気を緩みきって漫画を読んでいた僕は、その言葉に変な声を上げてしまう。

 え? こいつ、今終わったって言ったのか……?


「む……? まだ時間は十分も残っておりますが、よろしいのですか?」

「そうね、残り時間は必要ないわ」


 あれだけの難問を十分も残して終われる筈がない、というより僕の中では開始早々で諦めるか、一問も解けずにギリギリまで粘るかのどちらかだと思っていたのだが……随分と中途半端な時間にギブアップしたな。


「ふむ、少々問題が難し過ぎたかもしれませぬな、なにゆえ意地悪な問題も入っておりましたので、やはり朱雀殿では――」

「いえ? 全問答えは書いているわよ、見直しもしたし」

「……はい?」


 今こいつ全問解いたと言ったのか? いやいや……あんなもの誰がやっても、恐らく問題作った虎尾でさえ全問正解出来るか怪しいというのに。

「ま、まあ、百聞は一見に如かず、答え合わせをしましょうではないか」

 そう言って虎尾は前条朱雀から答案用紙を受け取ると、丸付けを始める。

 まさかな、と思いつつ僕も隣でその様子を伺う――


 すると何ということでしょう、次々と正解が重ねられていくではありませんか。


「お、おい……! お前ふざけてないだろうな……」

「そ、そんな訳ないでありましょう……、私だって少しでもミスがあれば不正解にしようと思っていたのですが、一寸の狂いも無く正確に解答が……」

「じょ、冗談だろ……?」


 まさか前条朱雀は生粋のオタクだったっていうのか……?

 だがいくら何でもそれは……しかしそうなると勉強科目より遥かに膨大な情報量を全て頭に叩き込んでこの場にいたという話に……。

 最早天才とかいう次元を通り越してるだろ、この人。


「ぜ、全問……正解……」


 そうしている間に、虎尾から無情にも入部決定を告げる言葉が聞かされる。

 信じたくはないが、目を向けるとそこには綺麗な丸がそこ狭しと並んだ解答用紙があり、ご丁寧に百点の文字まで付けられている。

 ……最初にして最後の牙城は脆くも崩れ去ったのか。


「お、終わった……」

「で、ですが――よもやこうなると分かって準備していたのですか」

「そういうものでもないけれど、ただこれから共に過ごしていく部活の中で無知でいるというのは少し失礼だと思っただけの話よ」


 知識ってそんな無制限にインプット出来るものじゃねえから。


「それにいざ手を出してみたら中々どうして興味深いものが多くてね、それも一つの要因であるのに間違いはないかしら」


 こいつからしたら娯楽さえも勉学の一貫になっているとしか思えない。


「それに――私は意外にこういうのもアリだと思っているのよ? 虎尾さん」

「? こういうの、とは……」

「サイバー松……とかね」

「あ、朱雀殿……!」

「ふふ、どうやら虎尾さんとは仲良くなれそうね」


 何を言っているのかさっぱり分からんが、どう考えても良くない方向へと猛進している気がしてならないのは気のせいだろうか。


「雅継殿…………」

「……なんだよ」


「仕方がありませぬな、彼女の入部を認めるしか無さそうです」


 うん、やっぱり悪い(腐海)方向にしか向かっていませんでしたね。

 しかし……前条朱雀のやり方は実に巧妙だと言わざるを得ない。

 相手を完膚なきまでに叩きのめし、弱った所で手(腐)を差し伸べる、これでは虎尾が寝返っても仕方がないというもの……。

 しかも同時に僕の外堀まで埋めてしまうという完璧な流れ――コミュニケーション力が半殺しにされている僕では到底真似出来ぬ芸当。

 これから僕は、こんな化物と相見えないといけないのか……。


「うんうん、これで我が現代歴史文学研究会も増々繁栄しそうでありますな」


 うるせえ、他人事だと思って簡単に取り入られやがって。

 それにしても……これから僕にどんな受難が待ち受けているというのか。

 完全に四面楚歌のこの状況……これをたった一人で切り抜けるなど到底不可能としか思えないのだが……。

 ――すると、前条朱雀が不敵な笑みで僕の方へ顔を向ける。


「雅継君」

「…………はい」

「教訓としてこの言葉を差し上げましょう」

「……なんでございましょうか」

「恋は盲目、ラブはいつでもハリケーンよ」

「やかましい」

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