前条朱雀はあなたがスキ 5
「そういえば朱雀殿が雅継殿を好きというのは本当なのですか?」
前振り皆無な虎尾の発言に思わずジュースを吹き出しそうになる。
翌日、前条朱雀の圧勝により彼女の入部を認めるしかなくなった僕ら(実質は僕だけだが)は三人体制で日々を過ごしていた。
だからと言ってこれといった異常事態もなく、相変わらず前条朱雀は教室では男女問わず高い人気を集め、部室に来れば漫画やラノベを読み、時にはアニメを見ながら虎尾と腐った話で花を咲かせるだけ。
寧ろそれだけを見れば僕には何一つとして被害は及んでいない、故に僕は油断しきってのんびりと日々を過ごしていたのであった。
だからこそ虎尾は馬鹿の極みなのかと思わざるを得ない。
「おい、お前は馬鹿なのか、いや馬鹿なんだろ、そうだ絶対馬鹿だわ」
「いやそう言われもしても、今更隠す方こそ馬鹿の極みというものでしょう、そういうのは引き延ばすと読者に嫌われるものですぞ?」
「いやいやあくまでそれは相手がアピールしていることが前提だから」
「いや普通にしていたでしょう、何を言っておられるのですか」
「いや明確に言われた訳じゃないから、そこら辺の線引きは大事であって――」
「好きよ」
「は」
「私はあなたがスキです」
「おお……何という」
「おやおや、これはまた球児張りの直球で」
前条朱雀は漫画から目を離すことなく、はっきりとした口調でそう言う。
……うん、分かっていたことではあるがいざ面と向かって言われると言葉にならないぐらいの気恥ずかしさを覚えるな。
無論そんな経験を今まで一度もしてこなかったからだからというのもあるのかもしれないが……うわなんて言えばいいんだこれ。
「あら、予想はしていたけれど見事に童貞な反応なのね」
「それは仕方ありませぬよ、雅継殿は事実童貞なのですから」
「お前だって同類だろうが」
「うむ、それはその通りなのですが、私が処女なのは言わば世界の総意としてそうあらなければならないからそうしているだけであって、雅継殿みたいにモテないから必然的にその位置に甘んじているのとは根本的に違うのですよ」
「膜がないヒロインなんてヒロインとは言えないもの、仕方ないわ」
「全く以てその通りでありますな」
「くそ……不思議と言い返せないから困る」
「雅継君、心配しなくても私は膜持ちだから万事オッケーよ」
「お前も大概節操無いキャラしてんな」
なに? 最近は下ネタ大好き系女子でも流行ってるの?
「ただ――雅継君が動揺してしまうのも仕方がないと思っているわ、事実あなたは私のことを何も知らなくて当然な上で、私は好きだと言っているのだから」
「おや、てっきり何かしら接点があると思っていたのですが――」
「無いといえば嘘になるけれど、殆ど無いと言うのが正直な所ね」
「実は幼馴染だった訳でも?」
「ないわね」
「親の都合で離れ離れになった義理の妹という訳でも?」
「ないわね」
「ヤンキーに絡まれてる所を助けられた訳でも?」
「このヒョロガリじゃ無理でしょ」
「ひどない?」
「ほ~、では一体どうして朱雀殿のことを――」
「それは……今は言えないわ」
「言えない……だって?」
これだけ大胆にアピールされているのに肝心な部分を言えないという奇妙な言葉に、僕は思わず聞き返してしまう。
「言えないとは、またどうして?」
「言いたくないといった方が正しいかもしれないわね、ただこの愛が本物であるということだけは嘘偽りなく、本心から言っているのは事実よ」
「そこは疑っている訳じゃないんだが……」
お前の好感度指数は口に出されるまでもなく分かっているのだし。
「突然の告白に雅継君がどうしたらいいか分からないのも重々承知しているわ……ただ全く以てそれに関しては心配していないのだけれど」
「? 心配していないとは?」
「雅継君を振り向かせる確信しかない、って所かしら」
「ほほーそれはまた随分と自信がおありなのですな」
「え? だって私綺麗でしょ?」
「えっ」
「お前は口裂け女か」
「スタイルだってお世辞の必要なく良いものを持っているし、スポーツも万能、勉強も出来る、人にも慕われているし……欠点とかあるのかしら」
「…………いや、確かにそうですけども」
「でしょう、この時点で私を好きになる以外の要素がないと思うのだけれど」
どこから見ても清楚っぽさを売りにしている癖になんたる自信家、いや自己愛性が強い女なんだこいつは……。
正直言って想像していたよりも遥かに危険な香りがしてきたのは気のせいだろうか、うっすらジャイアンがチラつくんですけど。
「それでいて膜持ちよ膜持ち、アイドルと付き合える確率よりも低い存在が今目の前にいるのよ、そろそろお尻ぐらい触られてもいい頃合いなのだけれど」
「尻触るのにいい頃合いとかねえわ」
「雅継君が望むなら制服の下に競泳水着を着てもいいけれど?」
「いやゲームではよくあるシチュエーションではあるけども……」
「え? もしかしてスク水派?」
「そういう話をしてるんじゃねえんだよ」
それでいて冗談なのか本気なのか判別のつかない謎の性格、これでまだ序の口だというのであればこれから先僕のメンタルは無事でいられるのか……。
「いずれにしても、今後雅継君は覚悟しておくことね、私のほとばしる恋のミクルビームで精々死なないこと祈っているわ」
「死ぬほど火力あるなら少しは加減しろ」
「愛が制御出来るものであるなら、今頃私はこの部活に入ってはいないわ」
「何だこの腑に落ちないごもっとも具合は」
「まあ私は朱雀殿の入部は歓迎しておりますし、何ならいつでも相談には乗って上げましょう、どんな情報も惜しみなく提供する所存ですぞ」
「虎尾さんのような方がお友達になってくれてとても心強いわ、早速だけれど雅継君の趣味、嗜好、性癖、オナニーの周期を教えて下さるかしら」
「後半の変態具合に歯止めがかかってねえぞ」
「――――して、報酬は」
「開始数分で完売、再販も無しという伝説のこの本でどうかしら」
「こ、これは……! タブーと言われたあのカップリングの……!」
「お気に召すと嬉しいのだけれど……どうかしら」
「御意」
「僕のプライベートを軽んじ過ぎやしませんかね?」
つうか何でお前が僕のオナニー周期知ってんだよ、言っとくがお得意の知恵袋に相談しても絶対分からんからな。
最早対処不能な彼女達の圧倒的強固な同盟関係に為す術無しと判断した僕は大きなため息をつくと、窓側へと目を向ける。
ああ……まさかこんなとんでもない、いや訳の分からない事態が僕の人生に降りかかるなんて思いもしなかった。
いや、彼女ような自他共に認める美女に好きだと言われて悪い気がしないのは確かではある、というか、それは誰であってもそうだと思う。
だがこんなにも癖が強く、あまつさえ歪みさえ感じる愛の深淵を垣間見て、素直にこちらこそ宜しくお願いします、とは口が裂けても言えまい。
それに。
彼女は僕に色々と隠している気がしてならないのは、きっと杞憂ではない。
そんなミステリアスな彼女を素直に愛したいと言える程、僕も単純ではないのだ。
例え、好感度に嘘偽りが無いのだとしても。
「週五……縄張り争いに敗れた猿並ね」
「例えがあんまり過ぎる」
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