纐纈・ソフィア・雪音はあなたがキライ? 18

 意外だった。

 まさかそんな言葉が入道山から出るとは思わなかったから。

 無論彼女の生態を間近で見続けて来たのではないから、本当は漆黒の闇の如く腹黒い性格の持ち主なのかもしれないが、少なくとも。


 僕が知る限り入道山は人を悪く言う人間ではない、それだけは確か。


 カースト上位にも、下位にも、中間層にも属さず、その枠から外れた彼女は全ての階級に分け隔てなく接し、愛を振りまく。

 性別の垣根すら飛び越えた彼女は最早ヴィーナスそのものであり、その慈愛に満ちた表情に誰もが薄汚れた魂を浄化させる。

 だがそんな入道山が、僕に対し纐纈との関わりを控えるように言ったのだ。


 自然と耳と心が傾いてしまうのも、致し方ないというもの。


「仲良くしているつもりはなかったんだが……どうしてなんだ?」

「……良い噂を聞かないから」

「噂は所詮噂じゃないか、本人から直接聞いたわけでもないのにそう断言してしまうのは、僕は好きじゃないな」


「本当は僕もこんなことは言いたくないんだけど……その……友達がね、昔彼女に虐められて不登校になった経緯があって」


「は……? 不登校……だって?」

 おいおいちょっと待ってくれ、そんな何万光年も縁遠いと言ってもいい言葉が纐纈にあったっていうのか?

 こんなこと言いたくはないが、その対象になるのは寧ろ纐纈な気がするが……マンボウ並の精神力しかないあいつにそんな真似到底――


「言われてみると我も聞いたことがありますな……、冗談が通じないと言いますか、癇癪を起こすと誰も手がつけられない程に大暴れしたとか――」

「友達も冗談とはいえからかうのは良くなかったと思うけど、かなり執拗に追い詰められたみたいで……だから……雅継くんも……」


 雪音に限ってそんな暴走を起こすとは思えない、そんな勇気が彼女にあれば今頃こんなことにはなっていない。

 そういえば明音が雪音から産まれたのは中学生の話……悲痛に喘ぐ雪音を救う為ならどんな手を使っていても不思議ではない――

 だが明音の姿を見る限りとてもそんなことをするようには見えなかった、寧ろ暴力より言葉での解決を好むタイプに見えたが……。


 もう、何が嘘で何が本当なのか分からなくなってきた……。


「僕が口を挟むべきじゃないとは思ったんだけど、もし雅継くんがそうなったら心配で……よ、余計なお世話だったらごめんね?」

「いやそんなことはないよ、素直に嬉しい、ありがとう」

「な、何かあったらいつでも言ってね、何も出来ないかもしれないけど、これ以上雅継くんが曇る顔は僕も見たくないから……」

「え、て、天使……取り敢えず傅いて手を取って舐めればよろしいか」

「ええ……なんで……」


 そうやってドン引きして僕を見る顔も世界一かわいいよ。

 なんてアホなことをやっている場合ではなくて。

 最初は野ブタをプロデュース的なノリで雪音の音楽センスを利用すればいいと、どこか楽観的に考えてしまっていたが。

 ポケットから取り出したイヤホンのコードの如く、想像以上に彼女の存在は複雑に絡み合って出来上がってしまっていた。

 もっと彼女のことをよく調べないと、まずい気がするな……。


「あ、あの……入道山氏は……雅継氏とはどういったご関係で……?」

「えっ? う、うーん……水泳仲間……みたいな感じかな……?」

「ほほーそれはそれは、言われてみると体育祭でも見事な泳ぎっぷりでしたな」

「うん。雅継くんも昔は凄く泳ぎが速かったからね、今はもう続けていなけど、それでも僕も本気を出さなきゃ多分負けていたと思うよ」

「スポーツマンな一面がありながらそれを隠すとは存外雅継氏も策士でございますなあ、全く憎い男でありますよ」

「いや……別に自慢出来る程のものじゃないしな……」

「照れるな、照れるな、我もそういうツンデレな所は案外嫌いでは――」


「……伊藤くん、もう話すことなんてないでしょ、早く行こう」


「え、あ……そ、そうでありましたな、それでは我らはこれで――」


 まるで掌を返したかのように陽気に話していた伊藤であったが。

 鯰江に押される形で、二人は足早にトイレを後にしてしまった。


「あ、あの……僕もしかし不味いこと言っちゃったかな……」

「――いや、入道山は全く悪くないよ。それより貴重な話をありがとうな、僕も纐纈の前では身の振り方に注意するようにするよ」

「う、うん……」


 ……それにしても、驚いたな。

 絶交をされて当然とも言える発言を僕は振りかざしたというのに。

 鯰江はマイナス数値まで好感度が下がったのは当然としても。

 何故か伊藤の好感度は殆ど下がらなかった。


「…………」


 そういえば、転地学習でぼっちが極まっていた時に最初に声をかけてきたのは他ならぬ伊藤だったな――


「馬鹿だな……お前は優し過ぎるよ」


       ◯


「……さて、ようやく二人きりになれたわね」


 相変わらず前条朱雀の行動力の高さには感服すると言うべきか。

 あれだけ明音との小競り合いを繰り広げておきながら、ラーメン屋から出た後の逃走経路をしっかりと僕に送ってくるとは、流石と言う外にない。

 実際こうして本当に二人になってしまったのだから。


「だからって、わざわざこんな所まで来なくても……」

「わざわざデートにここを選ぶとは思わないでしょう? 私としては良い判断をしたと思うのだけれど」


 京正大学。

 西日本最高峰と言われるこの大学は個性を重視し、自由を尊重した学風により歴史的な発明や発見、文学においても著名人を輩出していることでも有名である。

 東日本最高峰と並んで誰もが一度は憧れる、持っていたい学生証最上位なのは言うまでも無いが、それ故半端な知能では到底入るのは難しい。

 個性豊かな立て看板を前に、僕達はポツポツと話始める。


「さて……まずは近況報告でもするとしようか」

「そうね、じゃあまずは私から、姉さんのことについてだけれど――」

「一番大事な部分だな、何か動きはあったか?」


「クラスメイトに首輪を付けて鞭でシバいて喜んでいたわ」


「神社じゃなくて遊郭に行ってきたのかな?」


 まあそんなプレイが江戸時代にあったのか定かではないが。

 コアな性癖が春画で見つかっている以上ありそうな気がするから恐ろしい。


「そう言いたくなる気持ちは分かるけれど、実際それぐらいしか分からなかったのよね……あとは至って普通、行動に不審な点も見当たらなかったわ」

「実際前条瑞玄が仕掛けたのは最初のペア決めの時だけ……まだ本格的に仕掛ける時期ではないということなのか……?」

「けれど、もうお昼も過ぎてしまっているわ、自由行動が出来るのも十五時まで、このままだとただの杞憂に終わってしまうのだけれど……」

「そうなるとやっぱり……」


 ふざけた奴ではあるが、阿古龍花がそんなことを冗談で言うとは到底思えない。

 前条瑞玄が独断で動いていないと仮定すれば、やはりアレしかもう――


「……何か思い当たる節があるみたいね」

「そうだな……確かに敵の尻尾を掴むチャンスを見つけたのは事実だ」

「本当? それならさっさと畳み掛けてしまいましょう」

「――ただ、その前に一つ、はっきりさせておいてもいいか?」

「? 何かしら」


「櫻井と何の話をしていたのか、僕に教えて欲しいんだ」


 微かに震える唇を必死に抑えながら、僕はそう言った。


 本当は櫻井に告白されたんじゃないのか?

 本当は返答に迷っているんじゃないのか?

 本当は僕とは遊びのつもりじゃないのか?


 そんな無様さを晒したいのではない。

 僕が求めているのはそんな女々しい話などではない。


 もしも、だ。

 僕を破滅に導こうとする人間がいるとするならば、必ず僕という人間を徹底的に調べ上げていることだろう。

 ならば、そんな脆い僕を見てそいつはどう思うだろう、ぶん殴って説教でもしてやれば解決とでも思うだろうか。

 いいや考えるまでもない、何故なら答は実にシンプルなのだから。


 僕の手元から全てを奪ってしまえばいい、それだけでいいのだから。


「…………纐纈さんとの話を聞いていた時にもしやとは思っていたけれど……そう、やっぱり見ていたのね」

「視姦の趣味はないんだけどな――ただ、もし不都合がないなら教えて欲しい、櫻井に何を言われたのかを」

「そ、それは……」



「それは、俺から説明するよ」

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