纐纈・ソフィア・雪音はあなたがキライ? 19
「櫻井……学校一のイケメンまでストーカーとは世も末だな」
「流石にそれはないよ、偶然目的地が一緒だっただけの話だからね」
「偶然……ね」
そんな偶然を信じる間抜けが何処にいるのだと思いつつ、目線をそっと前条朱雀の方へと向けてみる。
気づかれないように見たつもりだったが、僕の視線にあっさりと気づいた彼女は一切関係ないと言わんばかりの眼力で僕を見つめ返す。
まあ……こんなことをして前条朱雀に得など一つもないしな、疑いをかける真似をすることすら無意味ではある……か。
「……それで、前条朱雀の代弁を櫻井がしてくれるんだっけか」
「そうだね、ただその前に一つ聞いておきたいことがあるんだけど」
「何だ? スリーサイズでも知りたいのか?」
「いや……それを俺が聞いてどうなるの……」
「因みに私のスリーサイズは88-57-85よ」
「わがままボディ」
「まーくんの為に育ててきたと言っても過言ではないわ」
「嬉しいけど今それ言う?」
小声でなんてけしからん報告をしてくるんだこの女は。
確かに明音を挑発するだけの才能に満ち溢れてはいますけども。
「俺が訊きたいのは単純な意思確認みたいなものだよ」
「意思確認……? お前に確認して貰うようなことなんざないと思うが」
「そう構えなくていいよ、一つ簡単な質問をするだけだから」
「……答えられる範囲でなら」
正直櫻井に関しては未知数な部分があまりに多過ぎる。
誰もが羨み、嫉妬するほどの美貌を持ち合わせ、スポーツも優秀、人柄も良く常に人に囲まれるこの男に非の打ち所は全くない。
だのに、当の本人はそんな日々を憂い、脱却を図ろうとする。
普通なら思いもしない感情だ、何がそこまで彼を思わせるのか――
「じゃあ質問するね、雅継くんは前条朱雀さんのことが好きかい?」
「答える義理はない」
「……即答だね」
「答えられる範囲でと言ったしな、だからその質問には黙秘だ」
「なら好きだと捉えてもいいのかな?」
「……随分と拘るな、お前ならしつこく言い寄っても女は喜ぶかもしれんが、男に対してはその手段は通用しないぞ?」
「別に異性としての話をしているつもりはないんだ、ただ好きなのか嫌いなのか、それだけ教えてくれれば構わないよ」
どういうつもりだ……? 前条朱雀に関わる話だからか? 嫌いなら教えないなら筋は通っているが……。
しかし童貞臭いと思われるかもしれないが、いち個人に対して好きだの嫌いだのという言葉は安易に使いたくない。
特に前条朱雀に対しては……その言葉があまりに重くなってしまう。
ライクですら、計り知れない影響を与えてしまうかもしれないというのに。
「…………」
「……仕方ないね、答えられないならこの話は――」
「無しで構わないわ、何故なら私から説明をするから」
「前条朱雀さん……? いや、でも――」
「悪いけれど、私の都合で雅継くんを苦しめるなんて真似はしたくないの、たとえどう思われていたとしても、それだけは絶対に」
苦しめるぐらいなら自分が苦しんだ方がずっと楽。
前条朱雀は毅然とした態度で、そう言ってのけた。
どうして……お前はそこまでして……。
「……凄いね、一体彼女に何をしたらそこまで言わせてしまえるんだ」
「……さあな、ただその言い方だと前条朱雀と面識はあるみたいだな」
「無い、と言えば嘘になるね。ただ殆ど会話をしたことがないのは事実だよ」
それだけ彼女は人に対して感心を抱かないから。
だからこそ、瑞玄とは仲良くなったのかもしれないけど、と加える櫻井。
「……そうか、お前達家族ぐるみでの付き合いがあるんだな?」
「鋭いね、流石は雅継くんと言った所かな」
「皮肉は止めろ、妙に前条姉妹に詳しいと思ったらそういうことか……」
それなら今までの行動もある程度は説明がつく。
要は今の関係を櫻井なりに改善したかったということ。
人間関係など悩む必要のない人生を送ってきた櫻井からすれば難解な問題だろう、猫の手も借りたくなる気持ちも分からないでもない。
しかし何故前条朱雀は櫻井との関係を今まで何も言わなかったのか。
まあそれも落ち着いて考えれば大して難しいものではない。
単純に、彼女にとって櫻井は顔を知っているだけの存在なのだ。
極端に言えば眼中にすらないと言うべきか、だから話す理由もなかった。
櫻井はこれ以上の駆け引きは無駄だと思ったのか、小さく溜め息をつくと、降参だと言わんばかりの表情で話始める。
「雅継くんは彼女の家庭が厳格なのは知っているのかな?」
「そうだな――常に高成績を維持しないといけない……みたいな話は聞いたことはあるが」
「それはこの学校に転校してからの話だけどね。でもその通り、常に学校では模範的な生徒を彼女は求められているんだよ」
「……その割には前条瑞玄は少し違う気がするが」
「瑞玄は問題児ではないよ、成績だって上位だし至って優秀だ」
そう言う櫻井の顔は明らかにバツの悪そうな表情をしていたが追求はしない。
敷かれたレールを走りきれなかった子を嘲るほど、僕も優秀ではない。
「それで、そんな厳しい家庭に産まれ育った前条姉妹とお前はどういう繋がりで顔見知りになったんだ?」
「僕と彼女たちの父親は医者なんだよ」
「医者……学校生活どころか家庭も上流階級か」
「父親同士が大学時代に同級生でね――それで俺達もって訳」
「なるほどな、それがこの天下の京大様って話か?」
「そうだね、そして僕もこの大学を受験するつもりだ、だから一度この目で見ておこうと思った、これは事実だよ」
「ふうん……医者の子供は大変だな、心中お察しするよ」
「確かに医大生になるために学校での時間以外は殆ど勉強に費やしてきたからね、でも嫌々やってはいないし、苦には思っちゃいないさ」
「……教育の賜物だな、僕には到底出来そうにない」
「そうかい? 前条朱雀さんも受験すると言ってもかい?」
「…………それが僕と何の関係があるんだよ」
「あるとは言っていないよ、ただ現状の話として、このまま行けば彼女とは違う道を進むことになる、それは伝えないといけないと思ってね」
「だとしても僕がどうにか出来る話じゃないだろう、それに違う大学に行ったとしても関係が失われる話じゃない、はっきり言って無駄な――」
「その時期が、早まるとしたら、雅継くんはどうする?」
は? 早まる?
それは同じ空間にいれる時間が短くなるって意味か?
「……まさかは思うが、また転校……とかじゃないだろうな」
「…………」
僕の言葉に、前条朱雀は返事をしなかった。
冗談で言ったつもりだったが……まさか本当だとは。
正気とは思えない、狂っているのかこの家庭は。
「……元々彼女の父親は転校に反対していたからね、学業を決して怠らないのを条件に入学を許したみたいだけど――」
「でも実際高成績を保っているんだろ? そこまで騒ぐ話でもないんじゃ」
「学校の成績――だけでいいならね」
ああ――そういうことか。
そこまで前条朱雀は頑丈なレールが敷かれてしまっているのか。
いや、前条瑞玄が保たなかったせいで余計に、というべきか。
なんて面倒臭い――星の下に産まれてしまったんだ、君は。
「……そうか、それは何というか、あまりいい気分はしないな」
「……雅継くんも思う所があるなら、身の振り方は考えた方がいいかもね」
「そうだな……足を引っ張るような真似は、迷惑でしかないからな」
「雅継くん! 違うわそれは――」
「前条朱雀さん、親が決めた方針は一人で生きられない俺達には変えられはしない、そういう下に産まれた以上、受け入れるしかないんだ」
「っ…………」
「……ごめん、俺はもう戻るから、邪魔をして、悪かったね」
無情な宣告。
そう櫻井は告げると、背を向け足早にその場を去ってしまう。
まるで敗北者の如く、僕達だけを残して。
「……ごめんなさい、本当は私から言うべきだったのに」
「気にするな、それにお陰で随分とボロを出してくれた」
「でも――って、え? ぼ、ボロ……?」
前条朱雀は様々な感情が渦巻き過ぎて困惑した表情で僕を見る。
「そう、時間が無くて焦ったのか知らないがかなり詰めの甘さが出たな」
「け、けれど……彼はただ私の実情をまーくんに告げただけで――」
「らしくないな、大前提として何故櫻井はこの場所が分かったんだ?」
「え? そ、それは……」
「分かる筈がない、お前のルート形成は完璧だったんだから、なのに看破された」
「あの時受験の話をしていたから……候補として絞っていたのかも」
「百歩譲ってそうだとしよう、なら前条朱雀の実情を伝える意味はなんだ? わざわざ追いかけてまで、櫻井が伝える意味があったか?」
「それは……無い……わね」
「自分が犯人だからそうしているのか、いや、あの様子だと言わされていると見ていい、何れにせよ僕から前条朱雀を引き剥がす策だったんだ」
「それならまーくんは気づいていてあの態度を取ったの?」
「あそこで言い返したらその情報が流れる可能性があったからな。徐々に外堀を埋めていたのかもしれないが、ようやく反撃開始だ」
「え、えっと、それじゃあ……」
「前条朱雀の意思でもないのに、諦めるつもりは微塵もないよ」
「あぁ……! 好き、結婚して、子供は三人で」
「急に未来予想図描くの止めてくれます?」
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