纐纈・ソフィア・雪音はあなたがキライ? 20
さて、思考の時間だ。
物事の整理は有意義なことであり、脳にかかるストレスを緩やかにする。
まず纐纈・ソフィア・雪音。
彼女にはもう一つの人格があり、名は纐纈・ソフィア・明音。雪音と違い活発な性格で、引っ込み思案な彼女を支えている、そしてかなり積極性が高い。
だが一方で過去には自分(恐らく雪音)に危害を加える者には徹底的な報復措置をとっている噂もあり、今後の対応に慎重を期す必要がある。
次に功刀恵梨夏と杦本。
功刀は前条朱雀に対し並々ならぬライバル心を抱いているが、その反面彼女の実力を認めている部分がある。
出来ることならもう一度同じ舞台に立って欲しいと、強く思っていることだろう、まあそれには僕が弊害になってしまうのだが……。
杦本はそんな直向に水泳に打ち込む姿に好意を寄せており、決して表立ってではないが彼女を応援している。
ひょうきんな態度を崩しはしないが、彼女の為ならと思っている部分はあるに違いない。交わることのない三角関係は十分利用価値がある。
そして櫻井俊輔。
優秀な医者の家系に産まれ、その期待に応え続けたパーフェクトヒューマン。
だがそんな彼は完璧な人生を憂いているようにも見え、そこから何とか抜け出そうと藻掻いているようにも見えなくもない。
そんな櫻井は目の現れたかと思うと、僕達の関係性を引き裂こうとした。
それも苦悶に満ちた表情で――つまり櫻井にはまだ秘密がある。
更に前条朱雀。
両親の期待を一心に背負いながら、それでも抗おうとする少女。
それもこれも全ては僕の為、ならばせめて彼女を不幸にさせないのが僕の使命。
……とは言うものの、あれだけ彼女に見栄を張っておきながら何もまだ手段が思い浮かんでいないのは、少々無茶が過ぎた気がするが……。
両親と娘の前に割って入るとか、結婚の挨拶かよ。
えーっとあと伊藤と鯰江は……別にいいか。
「しかしこうなると、前条瑞玄自身は殆ど手を下していないな……」
「これでもまだ序の口と言うなら、これから更にまーくんに追撃する人間はやってくるということなのかしら」
「それもあると思うが、櫻井との件で僕がダメージを負っていると思っているのなら次に仕掛けるのが最後の可能性も高い」
「つまり完全にまーくんを孤立させる為の刺客が来ると――」
それが入道山たそだったら大泣きする自信はあるな。
だが実際僕と関係する人間を切り離そうとしているのは事実。
つまり前条瑞玄を影で操る者は徹底して僕を一人にさせることに拘っている、はっきり言って単純な虐めより相当タチが悪い。
「しかし困ったわね……犯人自ら動かないのでは尻尾を掴むことも――」
「いや、黙っていたが、実はある程度目星はついていてな……」
「……え? それってもしかして――」
「恐らく、纐纈・ソフィア雪音か、纐纈・ソフィア・明音のどちらかだろう」
「やっぱり……一人だけ積極的に距離を詰めようとするから、変だと思って疑ってはいたのだけれど……」
「正確に言えば二人、だけどな。これは入道山から聞いた話だが自分を攻撃してくる人間に対して執拗に虐め、不登校に追い込んだ過去があるらしい」
「そうなると犯人は明音の方になるのかしら……でも彼女と姉さんが会話をしている所なんて一度も見かけたことはないのだけれど」
「普段は雪音が表に出ているからな、はっきり言って彼女が僕以外の人間とまともに話をしている所を見たこともないし」
「ふうん……随分とよろしくやっているのね、まあいざとなれば喉笛に噛み付いてやればそれで済む話だし問題ないわ」
「獣かな?」
「でもどうしてそこまで絞ることが出来たのかしら、犯人が班の人間なのは違いないにしても、彼女と決めるには早計とも思うのだけれど」
「まだ断定している訳じゃねえよ、証拠も全くないしな、ただ――」
「ただ?」
「僕に仕掛けてきた人間は、僕と話をしている姿を纐纈は見ていたんだよ」
「…………? ごめんなさい、ちょっと意味が分からないのだけれど」
「そうだな……例えば櫻井に関してだがあいつは一度僕と話をしている、それも僕と同じであのメールを使って呼び出す状況を作らされてな」
「彼は姉さんとも仲がいいものね、まーくんと関係を持たせれば何か引き出すことが出来ると思っても不思議ではないわ」
「実際それで僕を追い詰める情報を得た訳だしな」
「……そうなると鯰江くんの件に関してもそうなるのかしら」
「伊藤と鯰江と僕が話をしていたのを盗み聞きするぐらい近くにいたし、難しくはないだろう、後は伊藤と前条瑞玄に接点を持たせればリークするのも容易い、まあこれはある種失敗に終わったようなものなんだが……」
「そうなると次に仕掛けてくる相手は……」
「功刀と杦本の可能性が高い、あいつらは僕が上手く釘を刺したつもりだったが、それを逆手に取られて既に先手を打たれているかもしれないな」
「功刀…………ね」
そう前条朱雀は呟くと黙り込んでしまう。
かつては共に水泳でしのぎを削った者同士。
体育大会ではあんな冷たい言葉を言い放ってはいたが、前条朱雀が本心で功刀を他人だと思っていたとは到底思えない。
それは功刀も思っている筈……だからこそあいつは――
「……いいわ、私が功刀の相手をしてあげましょう」
「え――いや、でもお前はあの時、功刀を――」
「いいの、いずれ決着をつけないといけないと、私も思っていたし」
まるで前条朱雀を慮るかのような発言をした僕だったが。
本音を言えば、そう言ってくれるのを待っている自分がいた。
あまりに姑息で自分が嫌になってくるが、今はそれしか方法がない。
そうしなければ足元をすくわれるのは、僕達なのだから。
「それに、これでまーくんと私の関係を断ち切れると思っているのならいい見せしめにもなるわ、今まで浅い友情だけを崩壊させて自分は破壊神とでも思ってきたのでしょうけれど、ぬかったわね」
そう言って彼女は風に靡いて口元に付いてしまった髪をそっと剥がすと、不敵な笑みを見せて、こう続けた。
「本物の愛はその程度で壊せないということを教えてあげる」
◯
これからのことをある程度決めると、僕と前条朱雀は一旦別れた。
「さて……これからが正念場だな――」
まずは今までに起きた出来事を覆して行かなければならない。
確かにどれも嘘を付いている訳ではない。
だからこそ厄介ではあるのだが、もし歪曲して伝えられているのだとしたら――
それを正さなければ、雪音か明音かと対峙が出来なくなる。
「まあ……まだ決めつけるのは良くないのだが……」
だが、それはいずれ分かること。
雪音なのか明音なのか、それとも二人共なのか――
それにしても、これが國崎会長の依頼とはな……。
はっきり言ってタチが悪いにも程がある。
「さて、時間もないし急がないとな……まずは――」
僕はスマートフォンを取り出すと、最初の相手に電話をかける。
「――、――、――、あ、もしもし? 入道山か?」
『え? ま、雅継くん……? 電話なんて……急にどうしたの……?』
「いや、実はこんなことを言うのは申し訳ないんだが……その――」
『――何かあるんだね、いいよ、雅継くんの為なら何でも協力するから』
「……悪いな、いつも一方的で、今度必ず、埋め合わせをするから」
『いいよ全然、それで、僕は何をしたらいいの?』
「ありがとう、そのお願いっていうのはだな――」
◯
入道山との会話を終えて、電話を切ると、僕は一息つく。
「我ながらエゲつないことをしている気がするが……崩壊を防ぐ為にはこれしかないからな……さて、次は伊藤にメールを送って……最後は――――」
一瞬。
その番号に電話すること躊躇ったが。
僕は意を決すると、通話ボタンを押す。
全てを捨てるのはずっと楽だ、だが取り返せるチャンスがあるなら――
「――、――、――、もしもし、お久しぶりです、陶器先生」
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