纐纈・ソフィア・雪音はあなたがキライ? 21
『ん? おー! おー! 誰かと思えば雅継殿やないか、久しぶりやなー』
相変わらずこの本音を関西弁で包み隠した喋り方には慣れない。
とは言ってもあのコミクラ以来一切連絡を取っていなかったのでネットを介してでしか彼女の情報は得ていなかったのだが。
そもそも虎尾との元凶を作った張本人だというのに、楽しく世間話に興じられる気分にもなれる筈もない。
「陶器先生、『少女方程式』の最新話読みましたよ、まさかあそこで人気キャラの火土水(ひとみ)を退場させるなんて思ってもいませんでした」
『アニメもつまらないと三話で切られる時代やからね、やっぱそれぐらいのインパクトは残さな読者に飽きられてまうよ』
「単行本も累計二十万部を超えたそうじゃないですか、そろそろアニメ化も近いんじゃないですか? やっぱり制作はシャウトですか? それとも東アニ?」
『個人的にはウッホやB-1の戦闘作画も譲れないんやけどねえ――って何言わせてんねん、そんなもん私の一存で決められる訳ないやろ』
「仕事も順調そうみたいで、軌道に乗っているみたいで何よりです」
『締切に追われるっちゅーのは地獄やけどな、こんなんあと何十年も続けるのかと思うとゾっとするで――――いやいや雅継殿』
いち読者でもあり、知り合いでもある立場として他愛もない話を上手に繰り広げているつもりだったのだが。
陶器美空はトーンを急激に下げると、諭すように僕に語りかける。
『まさかこんな与太話をする為に電話をして来た訳ちゃうやろ、というよりボケとツッコミの応酬を繰り広げられるような仲とは、少なくとも私は思ってなかったんやけど、どういう風の吹き回しかな?』
「……ですよね、まさか僕もこんなスラスラと会話に入っていけるなんて、少し想定外だったもので、思わず口が滑りました」
『そりゃまあ随分と皮肉が効いとることで……、その様子だとあんまり状況は芳しくないみたいやね』
「コミクラ以降ずっと僕の状況は下降したままですよ、こんな筈じゃなかったと日々後悔に明け暮れていますが、周囲がそれを許してはくれないので」
『そらまた難儀な、せやけどとらっちについては私の手を借りようとしても無駄な話やで、それは自分も分かっとることやろ?』
「ええ、それがどれだけ無意味なのかもよく分かっています」
『なら、どういうつもりで私に電話を――』
「売り子としての、報酬を受け取ろうと思いまして」
『……へえ』
陶器美空の冷めきったその返答に、背筋が凍りそうになったが。
ここで尻尾を巻いてはなるまいと、直立不動で、会話を続ける。
「虎尾の手伝いが殆どだったとはいえ、サークルの一員として死力は尽くしたつもりですからね、お駄賃ぐらい催促してもいいかと思いまして」
『ふむふむ、それはそうやね、正当な労働に対しては正当な対価を支払う、当たり前過ぎて何故か忘れがちな人が多いけど、真っ当な主張やわ』
「では、要求はさせて頂いてもよろしいと?」
『私の印税ライフを邪魔せえへん程度なら、考えてあげてもええよ』
「いえ、要求をするのはお金じゃありません」
『?』
「貴方の知能と、人脈をお借りしたいんです」
負けたからこそよく分かる。
非情になろうとしてもなりきれず、仮初に終わる僕とは違い。
自分の為なら徹底して無慈悲になれる彼女であれば。
僕では躊躇うようなことも、平然と提案出来るのではないか、と。
◯
「おいおい探したぜ雅ノ海さんよ~」
一通りの作業を終え、京大を離れた僕は電車を乗り継ぎ清水寺の周辺をブラブラ歩いていると、僕を見つけた杦本が声を掛けてくる。
「……知ってるか? 豊郷小学校って京都にないんだってな、まさか滋賀だとは自分の無知具合が恥ずかしくて死にそうだよ」
「は? 何いってんだお前」
それより雅ノ海に対して突っ込めよとでも言いたげな顔をしているが、僕はそれを無視して話を続ける。
「もう時間も少なくなってきたが、校外学習、どうだ? 楽しんでるか?」
「なんでそんなことをお前に言われなくちゃいけねーんだよ。まあでも、それなりに楽しいんじゃねえか、こうして遊べてるんだし」
そう言う杦本の背後に目をやると友人と思しき数人の男子生徒が一緒に行動しており、おみくじの結果に一喜一憂していた。
本来ならこんな全校生徒の端くれである僕など歯牙にも掛けない筈だが、こうも積極的に近づいてくる辺り、相当功刀が気になるようだな。
それとも既に、先手を取られているか――
まあ、いずれにせよ問題はない。
「杦本はさ、そういう楽しみを共有出来る友人っていうのはどうやったら出来ると思う? どうすれば作れると思う?」
「は? なんだそりゃ? んなもんその場のフィーリングだろ、後はこの人と仲良くしておけば……とか、それ以外の理由なんてないと思うが」
「そうだよな、友達なんてのは所詮その場の雰囲気とか、利害でしか生まれないんだ、普通に過ごしていれば当たり前に出来るもの」
「そりゃそうだろ、というか、それがどうしたんだよ」
「つまりさ、友達を作るのは案外簡単なんだよ、でもその後が難しい、性格が合わなかったり、趣向が違うかったりすると簡単に輪から外れるし、外される」
「まーそれはそうだな、関係を維持するってのは楽ではないのは同意出来る、例えば今この状況ですら、俺にとっては芳しくはない」
「はっきり言ってくれるが違いないな、階級の違う者同士が仲良くするのはそれだけで上位の者には不都合しか生まれない」
「ロミオとジュリエットかよ」
だがそうなのだから仕方がない。
学校生活を送るというのは極端な話『如何に疎外されず卒業出来るか』にかかっているのだから。
最下層なら如何に上に目をつけられず生活できるか、中間なら如何に上と付き合えるか、最上位なら如何に上の者同士と上手くやれるか。
故にその階層に縛られるあまり、自分の思うように生きられる生徒は全国を見渡してもごく少数であろう。
皆が笑顔という名の仮面を付けて生きざるを得ない、何と恐ろしいことか。
世知辛い、実に世知辛いの…………じゃ。
「つまるところ僕とお前の間にはリスクしか生じていない、もしノーリスクというのであればそれは僕が損をしている時だけだ」
「いくらなんでもそれは言い過ぎだろ」
「どうかな、例えばイジメなんてのはその最たるものだ、対象は損しか無いが自分自身はリスクなしで得をする、そうだと思わないか?」
「そりゃまあ……庇うなんて真似をしたら自分が被害者になるからな」
「そう、自分が疎外されずに卒業するにはそれしかないんだ、僕が同じ立場ならきっとそうしているだろう、一人ぼっちは寂しいからな」
「意外だな、お前がそう思っているなんて」
「最下層なんて言っちゃいるが結局は一つのコミュニティだからな、洗脳って訳じゃないが自ずと精神ってのは歪められていくものさ」
そう、僕は静かに答える。
杦本の背後で薄ら笑いを浮かべ、こっちを見ている友人に目をやりながら。
幸災楽禍――随分と楽しそうなもんだな、加害者でありながら罪に問われないことがそんなに愉快なものなのか。
「つまり無自覚だとしてもこのコミュニティは全員がクズで成り立っている、どれだけ善人ぶっていても、輪の中に安息を求める時点で終わっている」
「なる程な――暴論に等しいがあながち間違ってもいねえ」
「だろ、最下層でも案外的を射ていることは言えるんだぜ」
「ああ、そういうことなら――――」
「だが」
杦本が何かを言おうとした所で、僕はそれを制して話を続ける。
「純粋な気持ちまでも否定するほど、僕は捻くれた覚えもない」
「……? 何が言いたいんだ」
「誰からも嫌われ疎外され、輪の外にはみ出されても、そんなの気にもせず、ひたむきに努力を続ける少女――」
「な――――お前……」
「そんな姿を間近で見たら、応援したくなる気持ちも分かる、いや違う、無意識に惹かれるのも無理はない、何せどう足掻いても自分は得られないのだからな」
「……脅してるつもりか」
あれだけひょうきんだった杦本が、初めて怒りの表情を僕に見せる。
本来ならここで駆け引きをするのも手ではあったが、残された時間は少ない、まずはこれ以上の追撃を許さない、それが先決。
「いいや違う、僕はただ応援をしたいだけなのさ、本当にただ、それだけ」
「なんだって……?」
「お前の気持ちを踏み躙る真似はしたくないからな、だから――」
だから。
僕は杦本の仲間の、更に奥をそっと指差し、彼を促す。
さあこれで、モブが主役になれるかは、お前次第だ。
「え――――? く、功刀……?」
陶器美空の対人掌握講座その一
『嘘でも夢を、現実にしてあげましょう』
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