纐纈・ソフィア・雪音はあなたがキライ? 22
「雅継…………お前どうやって――」
「十分だ」
「は?」
「功刀がそこにいる時間だよ、十分が経過したら彼女はこの清水坂から姿を消す、その間にどうするかはお前の自由だ」
「い、いや……ちょっと待て、話が見えてこない」
「話も何もないだろ、僕は杦本を応援したい、だから機会を設けたそれだけの話じゃないか、ほらそうこうしている内に一分が過ぎたぞ?」
「そういう話をしてるんじゃねえ! 何でお前みたいな奴が功刀を連れてこられたのかって聞いてんだよ!」
「僕みたいな奴だから連れてこれるんだよ、勘違いするな」
「な、何が一体……どうなってやがるんだ……」
「別にこのまま放置でも構わない、お前ならいつでも彼女と話をする機会ぐらい作れるだろうからな、ただ――」
「ただ……?」
「このチャンスを逃したら、一生後悔することになる」
そう僕は感情を抑えながら、冷静に筋書きを辿っていく。
杦本を掌握する為には『自分では出来ないことを』見せなければならない。
圧倒的な力ではなく、圧倒的な精神力で上回るしかない。
コミュニティによって無意識に形成される『自分より下の人間を見下す』行為はそう簡単に改めることは出来ない。
いや改善しようという思考にまず至らない、ならば必要となるのは中間層でも上位層でも出来ない真似を最下層がやってしまうという事実。
『一歩間違うと妬み嫉みになるから注意が必要やけど、要所を抑えて使えば相手は見下すなんてプライドをあっさり捨てるからオススメ』とのこと。
「…………目的は何なんだ」
杦本は観念したかのような顔で僕にそう告げる。
「目的?」
「……こんな舞台を整えてボランティアってつもりは流石にねえだろ」
「ふむ……無いと言えば勿論嘘になる、でもそれはさしたる問題ではない」
「何だって……?」
「別に死ねだの、誰かを殺せだのと要求するつもりはないってことだよ、そうでなけりゃ、今知るべきことでもないと僕は思うんだが」
「……………………」
「ほら、そうしている間にあと八分になってしまったぞ、僕と呑気に話に興じている暇なんてないと思うが?」
「……ほ、本当に罠じゃないんだな……?」
「僕が功刀と組んで美人局をするようにでも見えるかよ」
「わ、分かった、お前を信じてやるよ……」
そう言うと杦本は友人に何かを伝え、先に行って貰うように促す。
友人共は不思議そうな顔をしていたが暫くすると彼らはその場を離れた。
そして、杦本は功刀の方をゆっくりと見据え、歩き出す。
さて……これで第一段階はクリアだ。
だが杦本を抑えられるかは、彼自身にかかっているのだからこれ以上僕に出来ることは何もない、これで失敗すれば本来の作戦すら入れなくなる。
……全く、どうしてこう僕は自ら進んで綱渡りをしたがるのか。
「……よ、よう、功刀……き、奇遇だな」
「…………杦本? 何でアンタがこんな所にいるのよ」
「それはこっちの台詞だ、一人で清水寺なんざ散策したって面白くねえだろ」
「……それもそうね、貴重な時間を潰して待ち惚けしているのも馬鹿みたいだし、戻ることにするわ、ありがとう杦本お陰で目が覚めた」
「え? あ、い、いやいや! ちょ、ちょっと待てって!」
杦本が必死の形相で帰ろうとする功刀を食い止める。
……阿呆なのかあいつは、そこで本当に帰られたら元も子もねえんだぞ、真面目に向き合って伝えろ、功刀はそんな生温いお前に興味は持たんぞ。
「……何よそんな焦って、らしくないわね」
「あ、その、何ていうかさ、たまにはちょっと話でもしようぜ……みたいな?」
「は……? 特にアンタと話すことなんか無いんだけど」
「あ、ははは……だ、だよな~、何間抜けなこと言ってんだ俺……」
……おい、ビビるなって、さっさと愛してるのサインでも見せてみろ。
何て言っている自分が一番どうなんだという話ではあるが、その点は取り敢えずスルーしておく。
そうやってモヤモヤを募らせていると、功刀の方から思わぬ発言が飛び出す。
「…………まあいいけど、まだ少しだけ時間はあるし」
「え、ほ、本当にいいのか……?」
「水泳部を逃げ出したアンタが私に対してどんな印象を抱いているのか、ぐらいなら雀の涙程度の興味はあるわよ」
「う……ぐ……な、なら言ってもいいか……」
「? どうぞ?」
杦本は小さな呼吸を何度か繰り返すと、今までに(と言っても今日知り合ったばかりだが)ないまでに真面目な顔をして、口を開く。
さて、残すところはあと五分弱……頼むぞ杦本。
「じ、実はさ……お前に謝りたいことがあるんだ」
「……謝り? なんか私杦本にされたことあったっけ?」
「いやその……、でも、ここで伝えないといけない気がしたからそれで……だな」
「ふうん……謝りたいね、謝るようなことはあっても謝れることなんてないと思っていたけど、どういう内容なのかな」
「その……お前中学の時……結構浮いてただろ……」
「んー……? まあそうかな、プールで浮いてるみたいに、学校の中でも浮いて、漂っていたかもね」
「え、は……?」
「? どうかした?」
「いや……功刀でもそういう冗談言うんだと思って――」
「私を何だと思ってたの……――でもそうかもね、影で『自由形全自動遊泳機』とか言われたし、無口だから仕方ないけどね」
そう言って功刀は優しく笑う。
何とも酷いあだ名ではあるが、事実彼女は病的なまでに無表情か、怒っている姿しか僕も見たことがない。
厨二病ではなく、本気で喜哀楽を失ったのかと言いたくなる次元で。
水泳で彼女の姿を度々見ている入道山でさえ、こう言っていた。
『彼女は優勝しても笑うことがなかった』と。
ずっと前条朱雀の影にいたからなのか、それは定かではないが。
だからこそ、僕も少し驚いた。
こうやって彼女も、他愛もない会話を楽しめるということに。
「そ、それは……そんなことは……ないと思うが……」
「でもアンタでしょ? 私にこんなあだ名を付けたのって」
「え!? な、何でそれを…………」
「何となく、でも部活で男子と水泳勝負をして、全員を負かした時に一番悔しがってたのって杦本、アンタ一人だけだったし」
「そ、それだけで……」
「私はそれが嬉しかったけどね、今まで勝負をして負けた相手は皆『あんな英才教育を受けた奴に勝てる訳がない』って言ってすぐ諦めたから」
皆言い訳をして、女の私に負けた事実を誤魔化そうとする。
勝負をする前はあんなに粋がっていた癖に、ホント馬鹿みたい。
功刀は寂しそうに言った。
「あの時は……本当に悔しかったよ、俺だって小学校の時はコーチに将来を期待されるぐらい、泳ぎが速かったんだしな」
「うん」
「だから練習して、今度はお前に勝ってやろうと思ってた、嘘だと思うかもしれないが、本気でその時はそう思っていたんだ」
「思わないよ、実際練習してたじゃん」
「……でも、先輩が、同級生が、お前を否定して、悪口を言って、追い出そうとした、そしたら……俺も乗っからないといけない雰囲気になって――」
「私を庇ったって、得なんてないしね」
「気づいたら……一緒になって練習も真面目にしないで悪口ばかり言って――、功刀が辞めればって、ほんの少しでも思う自分がいて――」
「それは仕方ないよ」
「違う……そんな感情を抱いた時点で、もう駄目だと思ったんだ……だから、俺は水泳を辞めた」
「別に辞めなくても良かったのに、私は気にしてなかったよ」
「お前が気にして無くても、足を引っ張りながら水泳なんてしたら……俺はスポーツマンとして終わりなんだよ……」
「…………そっか」
……好きなんだろ? 告っちゃえよと煽った自分が恥ずかしくなる。
結局のところ、杦本も学校社会に巻き込まれた犠牲者だった。
それをお前は、今までずっと引きずりながら過ごし、後悔し続けていたのか。
「だから……許してくれとは言わないから、謝りたかった」
「いや、別に謝らなくていいからさ、また水泳やろうよ、それでいいでしょ?」
「…………は? い、いやでも今更始めてもよ……」
「あー、それもそっか、じゃあ私来年全国で優勝するから、それまで応援しててくれない? それでこの件は終わりってことで」
「い……いやいや! そんなんでいいのかよ、本気でか?」
「そもそも怒ってないのに謝罪されてもって感じだし、償いたいとか言われても面倒だし、だから全力で応援してくれれば、それでいいかなって」
「お、おう……そこまで言うなら……分かったけど……」
「はい、じゃあこれで終わり」
あまりに呆気ない終わり方に、杦本は動揺を隠せないという状況だが。
対する功刀は、どこか満足げな表情をしていた。
……これがスクールカーストに囚われない人間の思考か。
こんな姿を見せられると、功刀を追い詰めようとした自分が、益々嫌になる。
「喜劇は終わったのかしら、まーくん」
そんな自己嫌悪に陥っていると、背後から随分と冷ややかな声が聞こえてくる。
「前条朱雀……幾ら何でもその言い方は」
「別に馬鹿にしている訳ではないの、平和的に解決したのならまーくんの思惑通りな訳だし、それを批判するつもりはないわ」
「……なら、その言葉の真意を教えて貰うとしようか」
「そうね、そういうことなら」
すると彼女は僕の耳元まで顔を近づけると、ウィスパーボイスでこう呟いた。
「楽しい喜劇の後は、辛い悲劇の始まり、それだけの話」
「…………そうか」
耳元めっちゃ興奮するから止めて。
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