纐纈・ソフィア・雪音はあなたがキライ? 17

 ……なんなんすかこれ。


 おのれ……僕は優雅にラーメンを啜る予定だったというのに。

 いや、別に誰かとラーメンを味わうことに問題はない、寧ろその程度なら歓迎すべきと言ってもいいぐらいではある。

 何せ愛しき妹の為ならアイアンメイデンに入れられても痛くない、逢花との約束だからな。

 ご飯は楽しく食べるもの。


 だが、そこにあるのは楽しいからは程遠い殺伐とした雰囲気であった。


「………………………………………………………………………………」


 カウンター席に並ぶ十人(僕を含む)の生徒が、豚骨醤油の匂いにも負けない異様な空気を漂わせる。

 左から伊藤、鯰江、功刀、前条朱雀、僕、纐纈、入道山、櫻井、津本、前谷。

 全員が同じラーメンを注文し(伊藤だけは炒飯を付け加えたが)、その時が来るのを無言で待つ、これをカオスと言わずしてなんと言うべきか。

 そんな状況にそろそろ限界を迎えようとしていると、前条朱雀が誰にも聞こえないような小さな声で僕に話しかける。


「まーくん」

「…………なんだよ」

「ごめんなさい、まさかまーくんがここまで性に奔放だとは思っていなくて……でも私負けないから、男だろうが容赦なく薙ぎ倒す自信はあるわ」

「勝手に性癖を拡張工事しないで」

「まあ……想定していた面子がいるのは分かるのだけれど、意図が見えない輩がいるのは気になるわね、何かあったの?」

「それも含めて色々話をするつもりだったんだが……」

「愛の告白なら上の耳からも下の耳からも聞く準備は出来ているわ」

「バケモノかな?」


 いずれにせよここまで生徒が密集し、殺気立った場所では前条朱雀に話すことも、聞くことも出来やしない。

 さっさと食事を済ませてこいつらを巻いてしまうしか方法はないが……下手に逃げると逆効果な奴もいるしな……どうしたものか。


「ふうん……あなたが前条朱雀さんなんだ。さり気なく、且つ大胆に雅継くんの隣を確保するあたり、独占欲は中々強そうだね」

「…………あなたは、纐纈……さん……?」


 まさか明音か……? これまで自分の存在をひた隠しにしていたのにどうしてまた堂々とまた姿を……?

 確かに入道山に背を向けて声も最小限にしているから気づかれ難いとは思うが……何故前条朱雀に対して存在を明かした……?


「誰にも負けない自信があるからそうしているのか、でもそれだけ才能を持ち合わせておきながら雅継くんに執着するあたり、訳アリかな」


 その言葉に前条朱雀は珍しく不快な表情を見せるが、すぐに冷静な表情に戻る。


「――成る程、まーくんを取り巻く状況は私の想像以上みたいね」

「洞察力もかなりのもの、おまけに空気も読める、凄いね前条朱雀さん」

「貴方もね纐纈さん、目的は何? まーくんを奪うこと?」

「まだ貴方の彼氏ではないんでしょ? それならまだチャンスはあると思って」

「おい、お前何言って――」

「……私のスキを甘く見ない方がいいわよ」

「ふうん、例えばどんな愛の強さを見せてくれるのかな?」

「セックスしないと出られない部屋に閉じ込められたら五秒で脱出可能よ」

「何で僕の速度知ってるのかな?」

「いや、それは意味が違うと思うけど……」

「そうかしら、ならもっと分かり易い言葉で説明しましょう」


 そう言うと前条朱雀は小さく息を吸い、僕の方を見ながら口を開く。


「殺せと言うなら殺すし、死ねと言うなら喜んで死ぬわ」


「おい……冗談でもそんなことは――」

「冗談じゃないわ、いつか本当にそうしなければならない時が来るのなら、私は一切の躊躇いはない、そういう話をしているの」

「いや、だとしても……」

「そこまでしてスキを貫き通すその心は?」

「貴方にそれを話す義理はないわ」


 今にも襲いかかりそうな鋭い目つきで睨む前条朱雀と。

 不敵な笑みを浮かべながら、余裕綽々といった表情を見せる明音。

 そしてその間に挟まれる僕。


 なんじゃいこれは。


 確かに僕の周りには癖の強い女子が揃いも揃ってはいるが、まさかその中で一番安全だと思っていた纐纈が全速力で駆け上がってくるとは……。

 参ったな、前条朱雀に太刀打ち出来る女がこんな所に潜んでいるなんて……。

 気づけば他の連中も怪訝そうな顔で僕達の方を見ているし……頼むからこれ以上事を荒立てるのは勘弁してくれ……。


「と、とりあえずラーメンでも食おうぜ? 折角のおいしいのに伸びちまったら元店に失礼だろ? 食事の時ぐらい楽しく、な?」

「……まーくんがそう言うなら仕方ないわね」

「あら、こんな展開だからこそどうせなら『僕の為に争うのは止めて!』ぐらい言ってくれれば良かったのに」

「よくそこまで減らず口を叩けるものね。それだけ上の口がガバガバなら下の口も大層ガバガバなのでしょう」

「平気で何人もの男と二人っきりになるような貴方に言われたくないけどね、私ならそんな節操がない真似しないけど」

「…………殺す」


 不思議だねえ、こんなに味の濃い魚介とんこつ醤油なのに味がしないや。

 許してくれ逢花よ……トロリー問題で片方に緋浮美、もう片方に逢花がいたらテリーマンとなりトロッコを止めるという選択をする僕でもご飯は楽しく食べる約束は守れそうにない……。

 というか、明音の目的は一体なんなんだ……。


       ◯


「やあやあ雅継氏、これは奇遇ですな」


 あまりに混沌とした雰囲気にいたたまれなくなり、トイレに籠もっていると現れたのは、伊藤と鯰江であった。

 ……どうしてこう、面倒事というのは順番を待ってくれないものかね。


「酷いでありますな、我ら三人目指す楽園は一緒だと思っておりましたが」

「……劇場版総集編第一部を一人で見に行ったのは悪いと思っているよ、でもお前達にはもうあの頃の熱はないと思って――」


「とぼけても無駄ですぞ! 前条朱雀氏との逢瀬を隠そうとしたってまるっとお見通しなのでありますからな!」


「おいおい何の話をしているんだ? 僕と前条朱雀だって? 幾ら何でも無理がありはしないか? 僕の何処に彼女と接点があるっていうんだよ」

「ではあの席順はどういう意味なのでしょうな? 雅継氏、貴殿の力量であれば我らと同様端に座るのが定石だと考えますが」


 酷い言われようだがそこには関してはその通りではある、集合写真も隅っこで顔だけを覗かせるのが我ら最下層ズのセオリーなのだから。

 故に本当ならあんな愉快な座り方などしたくはなかったのだが……事実こうして疑惑の追求を受けてしまっているのだし……。


「どうやら雅継氏は我らを裏切り、我らを見下す薄情者へと落ちぶれたようですな、あまつさえ鯰江氏の純情まで踏みにじって……」

「い、いくら雅継くんがリア充だったとしても、そんな真似だけはしないと思っていたのに……酷いよ……」

「だから僕はそんな大層な立ち位置に就いた覚えは……」

「しかもソフィアたんともあんな楽しそうに……う、うらやま……卑怯者!」

「ま、待て待て、一方的過ぎるだろ、まずは落ち着いて話を聞いて――」

「言い訳無用! 貴殿のようなクズにつける薬など最早ないと思われ!」


 クズ……か。

 哀れなものだな、接点の薄い彼らにまでこんな風に言われるとは。

 虎尾に引き続き、今度は伊藤と鯰江か。

 だが一度虎尾との件を味わっているせいか、不思議と悲しみはない。

 なるほど、こうやって徐々に失うことに慣れていけば、いずれ僕の目の前から誰もいなくなっても、心穏やかでいれるのか。

 なら、彼らに対し悩みを抱える必要は、もうないな。


「……女子じゃねえんだからよ、一々こんなことで責め立てるんじゃねえよ」


「ま、雅継くん……」

「な、なんと……い、今……」


「あ、雅継くん、よかった、まだトイレにいたんだ」


 僕がそうやって伊藤と鯰江に引導を渡そうとした瞬間。


 何故か入道山たそが立っているのではないか。


「えっ、やだ、うそ、何で男子トイレに女の子が!?」

「フッ、フヒィ! 入道山氏ィ!」

「い、いや……僕男の子だから……」


 だが、それがいい。


「まあ冗談だけど、どうしたんだよ、何かあったのか?」

「ん……えーと、別に秘密にするほどでもないんだけど――」


 そう言いながら少し困った表情で伊藤と鯰江を見る入道山。

 え、やだもしかして告白でもされるの、いや入道山なら全然アリなんだけどもまだ心の準備というものが……。


「……実はちょっと雅継くんに忠告したおいた方がいい事があって」

「ん? 忠告……とは?」



「その……纐纈さんとはあまり仲良くしない方がいいよ」

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