前条瑞玄はあなたがキライ 2

「あ、ごめーん、三人ともいないもんだから空いてる所に入れちゃった」


 先に一言断らせて貰おう、笑わせてくれる。

 第一今日の休み時間に誰がどの競技に参加するのか決めておこうという話はなかった筈だ、そもそもこの後のホームルームでやる予定だったのだし。

 それにこの場を取り仕切るのであれば当然ながら阿古龍花の役目の筈、いくら人気者だと言えど学級崩壊している訳でもないのだ、前条瑞玄の暴挙が許されるなど到底有り得る筈がないのだが……。


「雅継殿、言っておきますが阿古殿は委員長ではありませぬからあしからず」


「おいおい……冗談は休み休みいえ、あんな三百六十度何処から見ても委員長顔をしている委員長様が一般生徒だなんてあり得る筈がないだろ」

「そう言われましても……、確かに何事においても率先して行動し、時にはクラスを取り纏め、教師にも意見を言う今時珍しい子ではありますが」

「いいか虎尾、それを世間一般では委員長と言うんだよ」

「いやだから違うって」


 しかし当の阿古龍花の方を見てみると、不服そうな顔はしているがやはりこの状況に文句を言わず静観している様子ではある。

 本当に彼女が委員長であるなら黙ったままでいるのにはやはり違和感がある、けれどだからと言って大人しく黙っているような奴でもないだろう。

 数の暴力に押されてしまったと考えるのが妥当な所か……。


「一応お昼休みに決めようって話はしてあったんだけど、いつの間にかいなくなっちゃってたからさ~、悪いと思ったんだけど……ね?」


 随分とジョークが冴え渡る女だ、お笑い芸人にでもなるつもりか。

 休み時間に入れば各々自由な場所で昼食を取ることが許されている、教室で弁当を食べる奴もいれば食堂に足を運ぶ奴もいる、屋上や校庭で食べることも、それこそ部室で休憩するのも何一つ制限はないのだ。

 つまり休み時間が終われば生徒はそそくさと教室を後にしていくのがごく自然な風景、僕がその例外であるというのはまず有り得ない。


「ですが私や雅継殿が真っ先に教室を出て行くのは最早通例でもありましたからな……そこを狙われた可能性は大いにあるでしょう」


 要するに前条瑞玄は僕の行動を完全に把握した上で生徒を引き止め、昼休みの種目決めを提案した、そういうことになる。

 無論全員が全員引き止められた訳ではないだろうが……普通そんな真似は出来る訳がない……やはり前条瑞玄が委員長であるのはまず間違い……か。


「いや、前条瑞玄が委員長なのは雅継殿を除いて周知での事実かと」

「…………」


 つうか、そうなると前条朱雀はこうなっていたこと分かっていながら素知らぬ顔で部室に来て弁当食って漫画読んでいやがったのか……僕のことを想うならもう少しその辺りを気にかけてくれませんかね?


「さて……どうしたものか」


 周囲を見れば自分が厄介な種目当たらなくてホッとしたと言わんばかりの空気感、いやそれどころか面倒事を誰かに押し付けたいと思っていたら前条瑞玄委員長様が素晴らしい発言をなさったと言わんばかりの空気感である。

 これでは喚いた所で何ともみっともない男だと見られるだけで何一つ事態は好転しないだろう……寧ろそれこそ前条瑞玄の思う壺とさえ言える。

 まさかこんなにも早く彼女が動き出すとは想定外だとしか言いようが無い、てっきりもう少し様子を見てくると思っていたが……。


「……いいからさっさと諦めろよ」

「お前なんかが何言っても変わんねーから」

「早くしないと先生来ちゃうよ」


 全く……同調圧力程怖いものはない、いつの間にかどいつもこいつも僕に対する好感度がだだ下がりではないか……。

 前条瑞玄、想像以上に面倒な女かもしれない。


「そ、そうか、それならまあ……で、でも僕よりも適任な奴は他にもいたと思うんだけどな……僕が二種目も出場したら総合得点に影響が出るぞ?」

「うーん、それはそうなんだけど、ま、そこはメリハリっていうかね? 稼げる所はしっかり稼いで、切れる部分は切ったほうが良いとは思わない?」


 ヒュー、さらりと僕をディスってくるではありませんか。

 よもや僕を捨て駒扱いにして衆目に晒そうする、というか晒すとは、どこまでも性悪女である、隠れていたこいつの本性が徐々に垣間見えてきたか。

 だがこれ以上引っ張る真似をしてもただただ僕が恥をかくだけの話である、普段目立たない人間が騒ぎ出すことほど相手を引かせる光景はないからな。

 つまり僕がアクションを起こすことにメリットはない、ならば大人しく引くのみ。


「……ま、まあそういうことなら仕方がないな、分かった、その種目で決定ということで異論はないよ、元々参加しなかったのが悪いんだし」

「そう? なんかごめんね? 急に決まったことだから本当は皆集めてちゃんと話をしたかったんだけど、ホームルームではダンスの演目とか、出来ることなら早速練習とかもしたかったからさ」

「は、早いに越したことはないしな、異論はないよ」

「ほんと助かるよ~、いやーいい体育大会になりそうな予感がするね」


 うるせえばーかばーか。


「虎尾さんもそれでいいかな?」

「私の参加種目は大玉転がしだけですし、特に問題はありませぬが……」

「朱雀も、いいよね?」

「ええ……まあ……」

「じゃあこれで決定ね! ということで! もうすぐ休み時間も終わりだしこの勢いでじゃんじゃんと進めて行くとしますかー」


 ……今は彼女に同意しておくしかないが、このままズルズルといけば必ず僕に更なる不利益が生じるのは言うまでもない。

 早く手を打たないと、かなりマズイ事になりそうだ。


       ◯


「雅継君ごめんなさい、瑞玄は猿轡付けて亀甲縛りにしておくから」

「やめて、お前なら本当にやりかねないから」


 放課後、いつものように僕らは部室を訪れていた。

 あれからこれといって目立った攻撃を前条瑞玄から受けることはなかったが、やはり事態が好転しているとは言い難い。

 だからこそ現状を把握する意味でも集まったのだった。


「それにしても瑞玄殿も大胆な行動に出ましたな、実は彼女今までそれ程委員長としての職務もあまり真面目にはやっておりませんでした故、はっきり言ってクラスメイトも多少なりとも違和感を覚えている筈なのですが」

「だがああいう種目決めは花型以外は誰も好んでやりたがらないものだ、上手い具合に取り決めたというのは例え彼女でなかったとしても感謝されていただろう」


 彼女の人気を考えれば異論を唱える者も少ない、そうなれば僕のような教室の隅っこで異論しか唱えていない人間は必然的に格好の的となる。


「……しかしあいつの話を聞いている限りだと前条朱雀、お前は事の顛末を全て知っていた気がしてならないのだが」

「…………」

「どういうことなのですか?」

「僕や虎尾はいつも当然の如く休み時間になると部室へと向かっているが、前条朱雀はいつも五分から十分程度時間をズラしてからいつも部室に来ている、もし前条瑞玄が僕が部室を出た後に生徒を集めたのだとしたら、彼女が知らないというのはおかしいというだけのことだ」

「確かに、言われてみるとおかしな話でありますな、愛する人に不幸が降りかかろうとしているというのにそれを黙っているとは」

「そ、それは……」


 珍しく前条朱雀は動揺した顔を見せる、やはり言えないことがあるのか。


「……まあ別にどうでもいい事ではあるがな、前条朱雀が教えてくれようと教えてくれなかろうと、あの短期間じゃ何も対策なんて立てられなかった」

「! 待って雅継君、私は――――」


 そう前条朱雀が言いかけた時、突如扉からノック音が三度聞こえてくる。


「……? 入っていいですぞ?」


 あまりに丁寧過ぎる訪問の仕方に奇妙な顔をする虎尾であったが、ノック音がしても入ってこない相手の様子を見て彼女は入室を促す。

 すると。


「ごめんなさい、急に押し掛けるような真似して」


 神妙な面持ちで入って来たのは、阿古龍花であった。

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