前条瑞玄はあなたがキライ 3

 想定外、いや教室での彼女の反応を見ればある種想定内とも言える状況ではあるが、突然の彼女の訪問に思わず変な声を上げてしまいそうになった。

 つうか、僕と虎尾(もっと言えば僕が入る前は虎尾だけ)しかいなかった部室が短期間で随分と大所帯になったものだな……いや阿古龍花は違うが。

 こうも示し合わせたかのようにハーレム所帯が急ピッチで完成させられてしまうとハーレム建築基準法に違反しているんじゃないかという気がしてならない、おいおい耐え切れるのか、ちょっとした修羅場で倒壊したりないだろうな。


「いやまあ違うけどな……前条朱雀は別だが」

「?」

「心配しなくても大丈夫よ雅継君、私の施工はバッチリだから」

「読者じゃないのに地の文を勝手に読むんじゃありません」


 しかもさっきまでちょっとした窮地に立たされていた癖に切り替えが早過ぎるだろ、まだお前への追求は終わってねえから覚悟しとけよ。


「――して、阿古氏はどうして急に我が部室に? 現代歴史文学研究会は基本的に公な活動をしておりませんが故、あまり知られていない筈ですが……」

「えーっと、そうなんだけど、前条朱雀さんってあなたが思っている以上に目立っているから、実はこの教室を出入りしている姿が目撃されててね……」


 まあ前条朱雀は自意識過剰な割に他人の目は疎そうな感じはあったからな……しかしこの部室に変な奴が出入りされる可能性があるのは面倒だな……。


「それにしても本当に漫画が沢山置いてある部屋なんだね、ただこの高校は独特な部活が多いことで有名ではあるけれど、流石にこれは公私混同なような……」

「……大きな声では言えないのですが実は私にはコネクションがございまして……そこから上手く理由を付けてねじ込んで貰ったのですよ」


 もしかして例の生徒会の知り合いじゃ……と思ったが口には出さない、というかいくら謎の権限を持つ生徒会であっても駄目なものを許可する権限まではないと思うんだが……何なの、ウチの生徒会は王室か何かなの?


「あ、もしかしてそれって國崎会長のこと?」

「あら? もしかして知っておられたのですか?」

「知ってるも何も中学の時の副会長だったからね、同年代とは思えないぐらいしっかりとした子で私も色々と助けられたなー」

「その言い草だとまるで自分が会長だったかのように聞こえるが……」

「うん? その通りだよ? よく分かったね?」


 いや、まあ全身委員長のお前が過去にそれに近い役職についていなかったなんて、普通に考えたらまず有り得ないからな……寧ろ予想通りでさえある。

 因みに非常にどうでもいい話だが、この僕も小学生の頃に生徒会選挙に立候補した経験があるのである。

 こんなクラスの隅っこが定位置の僕が何故そんな馬鹿げたイベントに参加したのか今となってはさっぱり思い出せないのだが、結果から言うと下馬評通りの数票だけであり、大恥をかいたことだけは深く記憶に刻まれている。

 まあ黒歴史というものは唐突思い出すものなので現時点で激しい嫌悪感に襲われてしまっているのはご愛嬌願いたい所だが、要するに僕にとって生徒会という存在は口が裂けても気分が良いとは言えない存在なのである。

 というか、それがきっかけで僕の心は荒んでしまったまである。


「それにしても虎尾さんが國崎さんと知り合いだったなんて意外だなー」

「世間が狭いというのはまさにこのことですな」

「うーん、でもやっぱり國崎さんがこんな部活を許容するとは思えないんだけど」

「えっ、いやはやそれは……何と言いますか利害の一致とでも言いますか……」


 ……この反応、会長がお腐りになられているのはまず間違い無さそうだな。

 本来なら虎尾を擁護してやる義理などないのだが、しかし巡り巡ってこの部室を保護して貰っているのだとしたらここは手を貸してやらない訳にもいくまい。

 阿古龍花のことだ、この追求を留めるつもりはなさそうだしな。


「ま――今その話をするのは後でいいだろ、お前は何か言いたいことがあってこの部室に来た、それが最優先事項なんじゃないのか」

「あっ、そうだったね――でもあれだね、君って教室じゃ殆ど喋らないから人と関わるのが嫌いな人なんだと思ってたけど、ここだとよく舌が回るんだね」

「えっ、あっいや別に……そんなことは……」


 何だこの恐ろしいぐらいサラサラなディスり方は……真面目な委員長キャラというレッテルを貼り過ぎていたせいか、面食らってしまう。

 好感度指数にも全く変動が見られないので悪気はないのだろうが……この天然具合……もしかしたら阿古龍花、想像以上に危険人物かもしれない。

 そんな彼女の振る舞いに動揺してしまっていると、前条朱雀が明らかに不服そうな顔で阿古龍花を見ながら口を開く。


「阿古龍花さん……でしたっけ、悪いけど雅継君はこんなチンケな学園でアホ面晒して呑気に暮らしているクソガキとは会話する価値もないと考えている非常に高尚な人なの、そこら辺のカスと同列以下に扱うのは止めてもらえるかしら」

「うわあすごいよお、巻き添え事故も甚だしいよお」


 いやまあね? そう思っていないと言えば嘘になるかもしれないけどね? そういう台詞ってそんなはっきりと口にするものじゃないからね?

 おかしい……これまでずっと能力を駆使してリスクを回避し被害を最小限に抑えた安泰した生活送って来たというのに、こいつらの前では無に等しいんですけど。

 しかしそんな奇想天外な発言に対しても、阿古龍花は特に驚いたという反応を見せない、それどころか少し感心したような顔をしてこう言うのだった。


「……この部室って何か不思議な所ね、学校なのに学校じゃない雰囲気がそうさせているせいなのかな、私も含めて皆が凄く自然体で言葉が出ているような、いや出てきてしまうような、そんな雰囲気が漂ってる気がする」


「……? 何を急に――――」

 と言いかけたが、言われてみると少なくとも僕と虎尾と前条朱雀は教室では有り得ない台詞をしかも饒舌に話している、まるで旧知の間柄であるかのように。

 気にもしていなかったことだが、確かにおかしな話と言えばおかしな話である。

 ……普段押し殺していることがここにくると自然に爆発してしまうのだろうか。


「ふむ……そういうことならそろそろここに来た理由でも話してもらおうじゃないか、いつまでも与太話で引き伸ばすのもよくないだろう」

「それもそうだね、ただ……私はどちらかと言えば謝罪しに来ただけで、もっと言えば前条朱雀さんに話を聞きたくて来ただけなんだけど」

「謝罪?」

「うん、前条瑞玄さんが突発的に始めた種目のエントリー、私は反対したんだけど、他の生徒が肯定的だったのと彼女に半ば強制的に推し進められちゃったせいで何も出来なかったから、虎尾さんと君には悪いことしちゃったなって」


 本当にごめんなさい、と律儀に頭まで下げる阿古龍花。


「そうは言ってもお前は委員長でも何でもないんだから、別に謝る必要なんてないだろ、寧ろ一生徒がクラスメイトの同調圧力に抗おうとしただけでも凄いと思うけどな、僕は感謝したいぐらいだ」

「私も阿古氏を責めるつもりなど毛頭ありませぬぞ、寧ろそんな正義感を真正面からぶつけられる生徒など、今の時代聞いたことがありませんし」

「うーん、やっぱりそうなのかな? 多分生徒会長とか経験していたせいなのかもしれないけど、あるべき形を作為的に歪められるのってどうしても自分の中で納得出来ないんだよね、だからつい口が出ちゃうのかもしれない」

「…………?」


 その言葉を聞いた時、僕は奇妙な違和感を覚える。

 いや、違和感そのものは彼女がこの部室を訪れた時からずっとなのだが、どうにも彼女が放つ言葉の節々には一々引っ掛かりを感じてしまうのだ。

 それが何なのかははっきりとは分からないが……少なくとも良いものではないのは確かではある。

 だが前条瑞玄と違い、彼女の好感度指数は常に一定を保ったまま……。

 もしそれが、僕の能力を持ってしても見抜けない何かなのだとしたら――


「? どうかした?」

「え、あ、いや何でもない……」


 いや、考えるのはよそう、それよりも今は彼女の第二の目的を聞くことのほうが先決である。


「それよりも阿古龍花は前条朱雀に対して訊きたいことがあったんだろう、丁度良かったんだよ、実は僕もこいつに聞いておきたいことがあってな」

「え、やだ雅継君……確かに普段の私は冷徹さや深窓感を出してはいるし、それこそ中学の頃は細氷の女王なんて呼ばれていたこともあったけれど……膜だけじゃ飽きたらず私の雪の結晶まで確認したかったのね……アナだけに」

「そこまで行くと本当に怒られるかもしれないから止めて下さいお願いします」


 こんなことならあの時点でもっと糾弾しておくんだった、こいつの脳内における下ネタ腐食率が想像を遥かに越えていやがる……。

 前条朱雀の暴走具合に文字通り頭痛が痛くなってしまっていると、良い意味で空気の読めない阿古龍花が思い切った顔で前条朱雀にこう告げた。


「前条朱雀さん、私は前条瑞玄さんとの関係性を詳しく教えて欲しいの、良く言えば普遍的な行動しかしてこなかった彼女が突然らしくない行動を取り出したのは、やっぱりあなたが関係しているんじゃないかと思わずにはいられなくて」


 無論、そんなことどうして出会って間もない奴に言わなければならんのだというのが前条朱雀の本音ではあるのだろう。


「…………」


 だが、これ以上僕に対して隠し事を増やすのは心象を下げるから嫌だとでも思ったのだろうか、観念したかのように溜息をつくと、こう切り出したのだった。

「今から話すのは私の想像の範囲もあるから鵜呑みにはしないで欲しいのだけれど」



「瑞玄……いえ、姉さんからしたら私は、嫉妬の対象かもしれないの」

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