前条瑞玄はあなたがキライ 4

「男子声出てないよ何やってんの!」


 あれから数日が経った放課後。

 僕を含むクラスメイトは中庭にて応援合戦の練習をしていた。

 劇科以外のダンスなどはっきり言って注目されないとは言ったが、残念ながら青春を謳歌している者共においてそれは該当するものではない。

 要するに身内が盛り上がればそれでいいという雰囲気が蔓延しており、一部の人間を除けば毎年どのクラスもやる気には満ちているのだ。

 ダンスに使用する楽曲も種々様々、今年の流行曲を使うクラスもあれば敢えて懐メロを使うクラスもある、アニソンを使うクラスもあっただろうか。

 因みに去年のクラスは奇を衒ってソーラン節を採用したのだが、それが意外にも好感触で学年別三位だったので案外入賞の可能性はどのクラスもあったりする。

 そんな今年の我がクラスはベタにも流行曲を採用、リア充にグラサンを掛けさせ中央で首をかしげさせる例のアレである。

 当然ながら僕はといえば最後尾二列目中央付近という一番目立たない位置を充てがわれ、暑さが襲いかかる中ガニ股を強要され続けているのであった。


「……おい大丈夫なのかこれ、体育大会終わったらO脚になってねえだろうな」

「雅継殿がそれを言うのはおかしい気がしますが……確かに女子からすると中々の苦行であることに違いはありませぬな」

「いっそこのまま地面に尻を付けてインリン・オブ・ジョイトイとかやった方がセクシー部門で優勝出来るんじゃないかしら」

「そんな部門は存在しない」


 まあ、少なくとも男性教師から高評価を得るだろうが……。

 つうかネタが古すぎるだろ、本当に現代の高校生かよ。


「ちょっと! そこお喋りなんてしている暇あるの!? 皆頑張ってるのによくそんなダラダラとやってられるよね! 信じられないんだけど!」


 うわー出たよ、中途半端にやる気出した女子が言い出しそうな台詞第一位がここで出ちゃいます? これだからクラスで一致団結みたいな行事は……。


「ねえ聞いてんの? そこにいるお前のことだよ、お、ま、え」


 晒し者にする所まで完璧な流れ過ぎて最早笑いさえ出てこない――いやまあ晒し者にされてるのは他ならぬ僕なんですが。


「何か不服そうな顔をしてるけど、何か文句でもあるの?」

「いや……何でもないっす、すいませんっした……」

「一人のせいで皆は迷惑するんだからね? 気持ちを一つにしないと応援合戦で上位なんか狙える筈もないよ! はいじゃあもう一回最初から!」


 ワンフォーオール・オールフォーワンってか、やかましいわ、O脚悪化して骨盤歪め。

「はあ……」

 ……それにしても、と僕は夏空目前の天を仰ぐ。

 前条朱雀がやって来てからというもの、前条瑞玄の僕に対する好感度というのは日を追う毎に下がっている気がする。

 ――――いや、下がって当然と言えば当然ではあるのか。


 何故なら前条朱雀の行動全てが憎くて仕方がないのだろうから。


       ◯


「姉さんと私は、外見は双子であっても、内面は双子ではないの」

 前条朱雀は相変わらず漫画から目を離さずにそう話始めた。

「いや、それはまあ……普通のことなんじゃないのか、中身まで一緒の双子なんていたら純粋に気持ち悪いだろ」

「性格の話ではなくて能力の話よ、私と姉さんは物心がついた時からあらゆる面で能力に大きな差がついていたの」

「しかし瑞玄殿も別に無能という訳ではないでしょう、対人関係が劣っているとか、勉強が全く出来ないという訳でもありませんし、運動センスも私が見る限りは至って平均的かと、それでしたら雅継殿の方がよっぽど酷いですぞ」

「あれおかしいな、何で僕が引き合いに出されているのだろう」

「誰かと、というよりは私と差があることが何よりも問題なの、双子なのに能力に差があるなんて、真っ当な神経なら屈辱だと思わない?」

「いや、あなたが好きな人がディスられているんですけどそこはスルーですか」

「心配しないで雅継君、私はあなたが重度のスカトロマニアだったとしても寧ろ興奮しながら愛してあげられる自信しかないから」

「ええ……そこは嫌いになってよお……」


 好感度がフルスロットルだから、といえばそれまでではあるが、こいつの場合それを通り越してただ変態と化してるのは間違いなく気のせいではない。

 まあそれはいいとして。


「それで、その有能な妹様を前にして、姉様は何処から歪み始めたんだよ」

「最初からよ」

「は?」

「これは両親にも問題があると言ってもいいのだけれど――いえ、違うわね、両親は当然なことをしたまでなのよ、だからこそそれが姉さんにとって多大なストレスを与えてしまったのかもしれない」

「まどろっこしい言い方だな、要するにあれか、お前は小さい頃から才能を発揮していたからより高度な学校へと行かせて貰えたが、平凡だった前条瑞玄は普通の学校へと通わされていた、そういうことか」


 幼い頃からそんな目に見えた結果を見せつけられたら、前条瑞玄が心中穏やかでないというのは頷けなくもない話ではある。


「学問に限らず、能力に関わる事は全て質の高い物を受けさせて貰えたわ、私の家庭ってそれなりに裕福ではあるから、それこそ不自由なく……ね」


 無論前条瑞玄も最初は妹に追いつけ追い越せで頑張りはしたんだろうが、圧倒的な力の差を前にあえなく屈してしまった、そんな所か。

 しかし……それだけの絶望を突きつけられた割には思った程グレていないのは気のせいなのか、いや虎尾が言うように一般的な学生と比べれば成績は平均的以上ではあるのだ、他者に嫉妬を抱く理由などさしてないのだろう。


「つまり前条瑞玄さんが躍起になって委員長の仕事をしているのも、積極的に体育大会に関わっているのも、全ては前条朱雀さんに見せつける為ってこと?」

「いくら何でも今やっていること如きで才能を魅せつけられているなんて姉さんも思っちゃいないわよ――多分、姉さんは危惧しているんじゃないかしら」

「はて……能力の差以外で覚える危機感などありますでしょうか?」


「簡単なことだ、前条瑞玄は居場所を奪われることに怯えてるんだよ」


「……あ、そっか、前条瑞玄さんからすれば前条朱雀さん、あなたは自分から何もかもを奪っていく人、そういう風に映ってしまっているんだ」

「……私はそんなことをするつもりは毛頭ないのだけれど――」

「お前がそう思っていなくてもあいつはそう思っているんだよ、特別な人間っていうのは本人が望んでいなくとも周りに人を集めてしまうからな、それこそ前条瑞玄の周りにあったものでさえ一つ残らず」


 言うまでもないがこれは推論でしかない、だがそう考えるのが妥当というのが着地点だろう、前条瑞玄からすれば前条朱雀は双子でありながら自分からモノを奪っていく悪魔にしか見えていない可能性は大いにある。


「けれど、中学生以降は同じ学校には通ってはいないわ、私は県外の中学校だったし、今だって殆ど会話をしたりすることはないのよ?」

「頭がいいのにそういうのは無頓着なんだな、いや頭が良いからこそなのか、小学生で味わった苦い経験、トラウマってのは大きくなっても引きずるものなんだよ、僕を見てみろ、お陰でこんなコンプレックスの塊になってしまった」

「流石授業中にウンコを漏らしてしまって以来本格的ぶりぶりざえもんと呼ばれ続けていた雅継殿の言葉は重みがありますな」

「えー何で知ってるの、ねえ何で?」

「心配しないで雅継君、私は――」

「その流れさっきやったから、あと今僕の黒歴史暴露大会じゃねえから」


 こいつらちょっとでも気を抜くとすぐに暴走機関車になるな、こいつらには自制心という名のブレーキは何回修理したら直るんだよ。


「でもそうなると、前条瑞玄さんの行き過ぎた行動っていうのは、前条朱雀さんがいる限りは今後も発生してしまうってことになるのかな?」


 すると良い意味で空気の読めない阿古龍花が話を元へと戻してくれる、まあ結構無茶苦茶な発言を繰り返しているのにほぼ無関心ってのはある意味凄いが。


「しかしそれは同時に僕への無慈悲な行為は今後も行われていくことになるのだからどうにかして欲しいんだけどな……つうか、前条瑞玄はお前が僕のことを好きっていうのは分かっているのか?」

「さあ……さっきも言ったけれど、会話なんてここ数年ロクにしていないから姉さんがどう思っているかなんてよく分からないの」

「そもそも冷静に考えてみると直接的な被害を受けているのは前条朱雀じゃなくて何故か僕なんだよな……あいつは一体何がしたいんだ……?」

「やはり朱雀殿に脅威を感じているのではありませぬか? 本丸を叩いても上手く行かない、なら外堀から埋めていこう、それならば合点がいきますが」

「前条朱雀が僕を好きというのを彼女が知っているというのが前提であれば、その理屈は分からないでもないが……」


 だがそうなると僕が前条瑞玄を認知する以前に彼女はその事を知っていたということになる、好感度指数を鑑みればそれは火を見るより明らかなのだ。

 無論これは僕だけが知り得る情報だから下手に口には出せないが……、やはりこの女まだ僕に何か隠しているのは間違いなさそうだな……。


 つまりそれは、僕もまた何かを忘れている可能性が大いあるということ。


「いや……でもな……」

 果たしてそんなことがあり得るのか? こんな幸のない人生を送る僕に、二人の美女が関わっていたなんて……夢でもそんな物語、見ることはなかったぞ。


「……いずれにしても、即座に答えが出るような状況でも無さそうですな、現状は瑞玄殿の同行を監視しつつ、対策を練っていくしかありませんでしょう」

「こんな状況が続いてしまうのはクラスとしては悪い傾向だから、何かあったら私も協力するね、事情が分かっただけでも行動はしやすくなったと思うし」

「……それもそうだな」


 こうして阿古龍花という新たなコネクションは手にしたものの、現状の回復に至ることは全くなく、尻切れトンボのような形でその場はお開きになってしまったのだった。


 だが、前条瑞玄の本領はこれからだということを、僕は思い知ることとなる。

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