前条瑞玄はあなたがキライ 5
先に申し上げておこう、死にそうである。
前条瑞玄の体育大会に対する尋常ではない熱意(正確には前条朱雀への対抗心)は留まる所を知らず、彼女の連日に及ぶ地獄のスパルタ特訓は僕の幼気なボディをじわじわと追い込んでいくのであった。
予行練習は授業の一環なので当然だとしても昼休みや放課後に及ぶまで自主練習を強いられるというのはいくら何でも負担がかかるというもの。
始めこそ前条瑞玄を支持する、または静観する層もいたものの、各々遊ぶ予定もあれば部活動もあるのだ、こんなものが毎日続けば流石に否定的になる者も増えていくのは致し方無い。
だがそこら辺は彼女も馬鹿ではないと言うべきなのか、遊ぶ予定があるぐらいでは下校を許しはしなかったが、大会が近いなどの部活動におけるやむを得ない理由に関しては練習への不参加を許可していた。
前条瑞玄のやり方に不満を覚えるものが増えてきているのはいい傾向とはいえ、それでも現状は上手く回していると褒めるしか無いだろう。
故に、現状最も多大なる被害を受けているのはこの僕以外に他ならない。
「ぎぎぎ……」
いやこれマジでお亡くなりになるんですけど、ここ最近筋肉痛まみれで前条朱雀に亀甲縛りされて鞭で打たれる夢まで見てるんですけど、いやまあそれは全面的に嬉しいことではあるんですけども。
「はい、じゃあ後十秒したら百メートルダッシュね」
「え、嘘だろ、え? なにこれタバタ式トレーニング?」
「当たり前でしょ、あんたが一番足を引っ張ってるんだから、優勝を目標にしてるのに一人だけ何もしないで達成出来ると思ってんの?」
ええ……マジでタバタ式なの……。
「あのさ……短期間でスポーツやってる生徒と渡り合って勝てる訳ないんだからよ……今からでも人を変えた方がいいんじゃねえのか、時間の無駄だぞこんなの」
「は? なにそれ、責任転嫁?」
「いやそうじゃなくって……優勝を目指すならまともな人選にした方がよかったんじゃないかって話だよ、いくら人手が足りないからって僕を選出する必要なんかなかっただろ……こんなの明らかに効果的じゃあない」
「あんたが最初から種目決めに参加していれば済んでいた話じゃないの? クラスと仲良くしようって気持ちが無いからこうなってるって自覚すらないの?」
「別に……そんなのは個人の自由だろ……」
「一年間同じ教室で過ごす仲間でしょ? そうやってスレた感じ出してることがクラスの和を乱してるって、何で分かんないかな」
うわあすっげえウゼえ、マジで何なのこいつパーティピーポーなの、巷で噂のファミリー(笑)とかいう奴なの、何で社会人でもねえのにこんな連帯感みたいなのを押し付けられにゃならんのだ、お前は世話焼きのオカンか。
「こうやってクラスの皆に迷惑かけないようにしてあげてるだけ感謝して欲しいぐらいだけどね、何で文句言われないといけないのか意味分かんないんだけど」
「……お前はただ自己満足したいだけだろ」
「あ? 今なんか言った?」
「え? 何も言ってませんけど? 空耳アワーじゃないですか?」
「はあ? なにこいつ気持ち悪……」
はっきり言ってこんな数週間で体育会系の部活をやっている連中と同等に走れるようになるなど、いくら何でもこいつも無理だと分かっている筈。
ならばこれはやはり僕を追い詰めるための嫌がらせであることは事実なのだろうが……何だろうこの腑に落ちない感じは。
「つーかあんたが無駄口叩くせいで休憩時間がかなり伸びちゃってるんですけど、罰として今から二百メートル本気でダッシュね」
「え、やだ、死んじゃう、主に死んじゃうんですけど」
「うだうだ言ってねーでさっさと走れよ、もやしからスーパースプラウトになりたくねーのかよ」
「どっちもヒョロガリじゃねーか」
「うるさい! 本番で情けない結果だったらマジでハブらすからな」
「元からハブられてるようなもんだけどな――――なあ」
この際だと思い、僕は彼女に一つの質問を投げかけて見る。
「…………何? いつまでもあんたと話してる暇なんかないんだけど」
「お前と前条朱雀って仲いいのか?」
「……何でそんなことあんたに言わなきゃいけないわけ? それをあんたが知った所で得することなんて何もないと思うんだけど」
「……いや、それはそうかもしれないけど……」
「人のプライベートに簡単に踏み込む奴って、嫌われるから気をつけた方がいいよ」
「へー、リアル充実してねえからそういうの全然分かんねーわ」
「…………チッ、いいからさっさと走れよ」
これ以上は危険だと思い、僕はその言葉に促されて最早全速とは到底言えない速度で、逃げるように走りだす。
……ま、その一言で実質的にお前と前条朱雀の仲は良くはないと証明しているようなものだけどな。
実際クラスで話している姿など殆ど見ないのだから今更取り立てて訊くまでもなく、僕に限らずクラス全体の周知の事実であるのだが。
……しかしこうして彼女と対峙すると、やはり群を抜いて僕への対応だけが粗い、それこそ日々のストレスを僕にぶつけている感じさえある。
体育大会本番まで残り一週間、果たして何処まで当て付けはエスカレートするか。
「……好感度指数、マイナス五十八パーセント……か」
◯
「ふゥ~! 朱雀殿すごくえっちですぞ~! 男はおっぱい強調しとけば大体堕ちるチョロい生物ですからな! さあもっと寄せて寄せて!」
「この写真をツイッターにアップすることで、リツイートが拡散され、雅継くんがそれを見てムラムラしダイレクトメールを送る……そこからオフパコの流れに持ち込めるだなんて……虎尾さんも中々の策士ね」
「ふっ、私こう見えても中学の頃は腐隠れの里の上忍と呼ばれておりまして」
「……何してんのお前ら」
「あ、雅継殿、ブラックトレーニングからの帰還お疲れ様であります」
「雅継くんお疲れ様、私のお手製の蜂蜜レモン食べる? 隠し味は私の鮮血」
「隠せてないからねそれ」
しかもこいつの場合だと本当に入れてそうだから怖い、絶対食わねえからな。
「いや、それはいいとしてこれはどういう状況なのか説明して頂けませんでしょうか、いつの間にこの現代歴史文学研究会はコスプレ研究会になったんですかね」
「そう言われましても私同人即売会の際はいつもコスプレしておりますしなあ」
「だとしても前条朱雀がそれをする必要性は皆無なんですけど」
「え? コスプレイヤーになっておっぱい強調したら雅継くんと結婚出来てしかもベイビーを授かることが出来るって聞いたのだけれど?」
「はははこらこら、滅多なことを言うもんじゃないぞ」
ほんとこいつら恐れってもんを知らんな、全方位に敵作ってどうするんだ。
因みに当の前条朱雀のコスプレは絶賛話題沸騰中の異世界に主人公と一緒に道連れにされた女神様である。
正直顔や体型のスペックが諸々違うので違和感甚だしいのだが、合ってないけど無理してやってみました感が逆にそそられてしまうのでちょっと悔しい。
しかし現実を突きつけなければ前条朱雀に訪れるのは不幸だけなので、名残惜しいがここは僕からしっかりと言ってやることにしよう。
「いいか、前条朱雀、お前に似合っているのは赤セイバーだ」
「雅継殿も隅に置けませぬなあ、あのフィギュア買っちゃったんでしょ、ん?」
「くそっ! 欲望に忠実な僕の馬鹿!」
「成る程……雅継くんはコスプレに弱い……と」
「おのれ……僕の弱点がまた一つ彼女の手に……」
って、何やってんだよ僕、完全に乗せられちゃってるじゃねえか。
「つうか虎尾さんよ、お前ツイッターのフォロワー数増やすために前条朱雀を利用してんじゃねえよ、今だって十分フォロワーいるだろうが」
「ギクッ……いやはやバレてしまいましたか、ですが数を増やすチャンスがあるなら是が非でも増やしたいものではありませぬか、人気者になりたいというのは我々のような人間には果てのない欲望なのですよ」
「まあ……気持ちは分からんでもないけどよ……」
余談だが虎尾は『虎尾とら』という今流行の感じの名義でネット上で活動しているコスプレイヤー兼ゲーム実況者でもある。
前にも言ったが常に徹夜明けの顔をしていると言っても容姿は決して悪くないので、実はイベントなどでは高い人気を誇っているのである。
加えてこの歯に衣着せぬ物言い、ゲーム実況において存外悪く無いアクセントを生んでおり開始数ヶ月で鰻登りにリスナーが増加中。
フォロワー数も五万を超えており、空前の人気を迎えているのであった。
……あれ、そう思うと僕って本当に人からの好感度を知れる以外に何も持ってねえな……ツイッターとかよくよく考えたら虎尾にすらフォローされてないし……あらやだ、目から塩化ナトリウムが。
「そういえば前条瑞玄のブラックトレーニングから無事帰還した訳ですが、何か情報を入手することでも出来たのですか?」
「え? ああ……どうだろうな、過酷な練習を課せられすぎてそれどころじゃないってのが本音だが……」
「しかしあれだけ無茶苦茶な練習をさせられたら少しは足も速くなるでしょう」
「馬鹿いうな、ロクに運動してなかった奴に訪れるのは筋肉痛の輪廻じゃい」
「…………姉さんは本当に何も言ってこなかったのかしら?」
この件に関して前条朱雀が珍しく首を突っ込んだので、僕は返答する。
「まあ……終始威圧されてたって感じだな、責められるのは嫌いじゃあないがもうあんなのを何日も続けられてるんだから心身共にかなり辛いのは事実だよ」
「ふーん……そうなの……」
あれ、もっと色々聞いてくるのかと思っていたが意外にあっさり引いてきたな、一応ボケも入れているのにこれじゃあ僕がただのマゾじゃないか。
「いや、マゾなんですけどね」
「そこ、すぐ地の文を読まない」
「しかし残り一週間、より一層厳しさが増すでしょうし、このままだと前条瑞玄殿の思い通りで終わってしまいますが、このままで宜しいのですか?」
確かにこのまま彼女の言いなりになってしまっていれば全面的に僕の敗北は確定してしまうだろう、恐らくカノッサの屈辱以上の屈辱を味わうこととなる。
だが。
「……なに、いくら絶賛不利な状況とはいえ、全く無策な訳じゃあない」
「…………え? それはどういう――」
「前条朱雀、僕に協力してくれないか」
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