前条瑞玄はあなたがキライ 6
「ねえ、あんたマジでやる気あんの?」
自主練習という名の強制練習が雨の為中止となったつかの間の昼休み、部室へと向かおうとした矢先、僕の前に三人の男女が立ちはだかる。
えーっとこいつらは……前条瑞玄とよくつるんでいるメンバーの一部だっけか、全く名前を思い出せんから左から山田、鈴木、佐藤とでもしておこう。
「おら、人の話聞いてんのかよ」
すると中央にいた鈴木が威圧的な態度で僕をビビらせにかかる、いるよな~こういう奴、自分より下に見ている人間に対してはまともに話をする気もないタイプ? 大体リアル充実組でヘッド張ってるイケメンの右腕気取ってて嫌になるよね。
まあ、女子の責められるのは最高ですけど、男は無理ですよね、怖いし。
「いや……ちゃんと練習はしてるつもりだけどな、サボったことも一度もねえし、可能な限りクラスに迷惑かけないようにしていたんだが」
「はあ? じゃあ何で今どっか行こうとしてたわけ?」
「は……? いや今日は雨だから練習は休みってあいつが――」
そう言いかけてしまったと気付く、萎縮してしまった自分の隙を見事に突かれてしまったということに。
「みはっちが休みって言ったならそれこそ練習をするべきなんじゃないの? 雨だから練習は出来ないなんて理由があるとは思えないんだけど」
「外で出来なくても室内で十分トレーニング出来るよなぁ?」
ヒュー、鈴木と山田の見事なコンビネーションだなこりゃ、何だお前らファイナルスカイラブハリケーンでもすんのかよ。
だがこうなると僕としては全く身動きが取れなくなる、これで練習の成果でも出ているのであれば少しは反抗出来るのだが、何度もいうがたった数週間で足が速くなるのであれば今頃日本は金メダルラッシュである。
加えて前条瑞玄の側近ということもあってか、こいつらの好感度指数は彼女程ではないにせよ揃いも揃ってマイナス指数を叩き出している。
最早何を言っても屁理屈にしかならない状況……さて、どうしたものか。
「あ、そうだ、良い事思いついた、こいつが大事な時間を無駄にしようとしてるならさ、あたし達が手伝ってあげればいいじゃん?」
おやおや、佐藤さんへと送り込まれたボールは当てるだけでゴールなのにうっかりドライブシュートをぶち込んじゃったかな?
女の子に練習を手伝って頂けるというのは大変嬉しいことではございますが、その中央にいる鈴木とかいうオプションがハードSM過ぎて悪いが破壊されるのが精神だけでは済まない気しかしない。
つうかこいつ何部だよ、結構良いガタイなせいで虎尾が興奮気味なんですけど。
「いーねーそれ! 生明(あざみ)っちいい事言う~」
「んじゃ、早速秘密の特訓でも行うとでもしますか」
おいその言い方は止めろ、虎尾の妄想が暴走しちゃうだろうが。
つうか佐藤の苗字生明っていうのかよ、佐藤感ゼロじゃねーか。
いやいや……そんな場合ではなくて。
「えっ、いやちょっとま――――」
「あ? 俺らが協力してあげようっつってんのに不満なわけ?」
「ここまでやってあげてるのに拒否るとか流石に引くよね」
「ほんとそれ」
そう言いながらも薄ら笑いを見せ、僕の腕を掴む鈴木。
「ふえぇ……理不尽ここに極まりすぎるよぉ……」
おのれ……このままでは虎尾が得する一方ではないか……。
……って、そんな冗談はいいとして、マジでヤバ――
そんな。
本格的に恐怖を抱きかけた瞬間、激しく机を叩く音が耳に届く。
「あんまりそういうのは、感心しないかな」
そうして、彼らの行為を窘めたのは、他ならぬ阿古龍花であった。
「おお……」
これが産まれながらにして委員長、聖人君子、阿古龍花の本領か。
「は? いや何いってんの、私達は皆の為を思って――」
「皆の為を思うなら彼だってその一人な筈だよね、でもその割には彼に強いている負担後大き過ぎる気がするけどな」
「いやこいつの足おせーのは事実だし――」
「遅くて当たり前じゃないの? 他の陸上競技に参加する生徒は何かしらのスポーツをしてるけどさ、でも彼は全く何もしてないんだよ? 勿論出場する以上ある程度の練習はしないといけないと思うけど、本人だって連日の練習で身体が付いて来ていないのは誰が見たって明らかだし、それなのにまた無理にさせたら彼のモチベーションに関わるし何よりそのやり方でクラスの空気が悪くなるよ、だから初めからちゃんと全員が揃った時にしっかりメンバーを選出すべきだったと私は思ってたんだけど、あーうん、そこの責任は彼じゃなくて皆にもあると思うよ? まるで最初からあるかのように一致団結を大義名分のように掲げているけどさ、私からしたらよく碌にミーティングも重ねないでそんなことを言えるなって思うかな、悪いけどこんな最初から最後までずさん極まりない突貫工事を進めていったら、その先にあるのは失敗の二文字しかないよ? ま、それでもいいって言うなら私はこれ以上何も言わないけど」
「……………………」
一瞬にして辺りが静まり返る。
いや、それもそうだろう、誰かを虐めたり、悪い意味でイジったりする行為は、すべからく弱者が餌食となるものであり、原則としてそこから救ってくれるものは教師を含め誰一人していないのだ。
何故か、理由は簡単だ、あんな風にはなりたくないから首は突っ込まない。
寧ろ自分より下の人間が出来て安心する者さえいるだろう、それ程までにスクールカーストというのは如実に上下関係を浮き彫りにさせる。
だからこそ、誰もが自分の居場所を守ろうと必死になるのだ。
だが、そんな枠組みに囚われない人間が突如現れてしまえば、動揺する人間が多数というのは言うまでもない話だろう。
「な、何だよこいつ……」
「ベラベラと御託並べて何のつもりなの、この女」
「いや、いいよいいよ、悪かったね阿古龍花さん」
そう言いながら現れたのは前条瑞玄、まさに親玉登場と言わんばかりの出方には如何にも私は関係ありませんよと言わんばかりの態度であり、少し腹が立ちもしたが、ここで僕が文句を言っても仕方がないので黙っておく。
「みはっち……」
「彼女の言う通り練習も大事だけど、何より雰囲気を重んじないと本番で上手く行かないし、偶にはしっかりと休息を取らないといけないってのは事実だから――よーっし、じゃあ今日は放課後練習も無しで完全オフにしよっか」
「まあ瑞玄がそう言うなら……」
「…………くそっ」
「それじゃあまた、何か迷惑かけてごめんね」
そう言って退散していく前条瑞玄と愉快な仲間たち、まあ僕に関して謝られていないどころか、普通に睨まれているんですけどね。
「……ふう、ここまで予想通りの展開になるなんて、ちょっと残念かな」
「いや、でも助かったよ、あのままだとどうなっていたことか……」
「流石にあんな露骨に嫌がらせをしてきたら私も黙って見過ごす訳にはいかないからね、皆見て見ぬ振りだったし……ただ――」
「ただ?」
「その割には君、随分と余裕があったというか、少し笑ってた気さえするんだけど……あれは私の気のせいだったのかな?」
「……ははは、馬鹿なこと言うなよいくらマゾっ気のある僕でもあそこまで無茶苦茶されて穏やかな筈ないだろ、女子に踏まれるオプションがあるならまだしも」
「うん、そういうことが言える時点でやっぱり余裕がある気がしてならないんだけど、まあいいか、これをきっかけに少しは嫌な流れも落ち着くといいんだけど、やっぱり難しいかな、もしかしたら私まで狙われちゃうかも」
「はは、お前ぐらい気が強いんじゃそれはないと思うけどな」
「そうかな? あ、私今日お弁当作ってないから食堂だったんだ、また後でね」
「お、おう」
それなりに面倒な事の中心にいたというのに、まるで何事もなかったかのように、随分と軽い感じで彼女は教室を後にするのだった。
「……阿古龍花、やっぱりあの女、油断ならんな……」
◯
あれから時間が流れ、放課後の部室へと場面は変化する。
「いや~もう雅継殿~、あのまま臂曲(ひじまがり)氏に連れて行かれておけばよかったものを~、これでは激しい特訓を妄想出来ないではありませぬか~」
「そうか……何いってんだお前」
つうかあいつ臂曲って言うのかよ、もう鈴木でいいだろ苗字特殊過ぎるわ。
そしてお前はもう少し僕を心配しろ、腐り過ぎてついに縁も切れたか。
「でも…………本当に心配したわ」
「前条朱雀……」
「雅継くんは私の想い人だもの、あんな状況を間近で見せられたら否が応でも不安に駆られちゃって……どうにかなりそうだったわ」
「朱雀殿は堪らず立ち上がってしまっていましたからなあ……しかしあの場に貴殿が介入してしまっては余計にややこしくなっておりました故、口が達者な阿古氏に助けられたと考えるのが妥当でありましょう」
「それは……そうかもしれないけれど……」
「いや、そう言ってくれるだけでも僕は嬉しいよ、何だかんだ言っても冷静ではいられなかったしな、怖くなかったといえば嘘になる、ありがとう前条朱雀」
「雅継くん…………しゅき……」
やだ、そんな眼差しで愛の告白とかしないで、そんな大したこと言ってないのに自分が少女漫画の主人公張りにイケてる男に思えてきちゃうから。
「……しかし本当にアレを決行するのですか、雅継殿」
すると虎尾が珍しく緊張した表情で話題を変えてくるので、僕は応える。
「ああ、このまま舐められっぱなしじゃ僕の立場が危うい一方だからな――そういえば虎尾、例のモノは用意してくれたのか?」
「ええまあ……しかし本当にこれでうまくいくのですかな、確かに上手く行けばこれ以上ない効果は発揮出来るでしょうが、リスクが高過ぎでは?」
「最早リスクを取らなければ僕に残るのは悪い印象だけだよ、そうなれば残り半年の学校生活は言うまでもない、引きこもり上等だぜ」
「そこに見栄を張られましても……」
「心配しなくとも私は完璧にやってみせるわ、雅継くんの為だもの、これぐらい何一つとして惜しいとは思っていないわ」
「まあ私に直接的な被害はありませぬから、あまりとやかく言う理由も無いのですが……仕方ありません、最後まで付き合って差し上げましょう」
「ふっ、そうと決まれば打倒前条瑞玄を掲げて動き出すとしようか――」
そうして僕はドヤ顔でポーズを決めると、こう言葉を発した。
「オペレーションM、始動だ――――」
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