前条瑞玄はあなたがキライ 7
「おーしっ、今日はお前ら何の日か分かってるなー!」
神奈川がえらく上機嫌な声で僕達の前へと現れる。
言うまでもない、今日は体育大会本番、脚力自慢を大いに見せつけることで女子から黄色い声援を頂ける面倒極まりない日である。
「うむ、いい顔をしているじゃないか、先生はお前達がどれだけの練習を積み重ねてきたのかよーく知っているからな、今日はそれを存分に発揮したまえ!」
ここまで平然と嘘をつかれるといっそ清々しいなこいつ、練習してる所に姿を見せたことなんざ一度もねえし、大体喫煙所で煙草吸ってたじゃねえかハゲろ。
「因みに我がクラスのオッズは4.5倍といったところだが、一組を軸に流して置いたから心配はない、間接的に一位になることを応援はしているからな、優勝した暁にはジュースぐらい奢ってやろうではないか」
おやおや、いつの間にこの学校は公営ギャンブル場と化したんですかね。
しかもこの女が勝手に一人で妄想しているだけならまだしも、この様子だと乗っている奴が確実に何人かいるので恐怖しか無い、藤ヶ丘高校は地下帝国か。
下手すれば胴元がこの女もとい班長という可能性まであるから恐ろしい。
「よーし、じゃあ椅子を持って所定の位置に集合――あっと、飲み物と出走表は忘れるなよ、熱中症になったり自分の番を忘れたりなんざしたら承知しねえからな」
うーんこの教師、最早ただのチンピラである。
……いずれにせよ、今日で上半期の一大イベントは終了するのだ、僕としてはようやくあの地獄練習から解放されるのだと思うとそれだけで気が楽になる。
だがその為には、何としてもオペレーションMを成功させねばならない――
「行くか……」
僕そう決意を固めると、椅子を持ち上げグラウンドへと向かったのだった。
「――――雅継よ」
「…………何ですか先生」
「お前のお陰でウチのクラスのオッズが大幅に下がった、万券になった際にはお前にだけハーゲンダッツをやろう」
「なんじゃいこいつ」
◯
『宣誓! 私達生徒一同は――』
「雅継殿、雅継殿」
「なんだよ」
「選手宣誓って、小学生の頃何で先生に言ってるんだろって思いませんでした?」
「ああ……あるあるだな、でも先生に対して宣言するのも別におかしなことじゃないから、結局それが当たり前だと思って聞いていたりしたよな」
「そうそう、日本語って中々難しいものですよなー」
スポーツの大会に幼いころから参加していればそうじゃないってことは分かりもしたんだろうが――口頭だけは全ては伝わらない良い例というものである。
「分かる分かる、キンタマーニ山とか漫湖とか、なんて人間という生き物は欲求から逃れらないんだろうって思ったわよね」
「それを絶対認めるわけにはいかないからな」
つうか性の目覚め早過ぎるだろ、天性の変態かよ。
「しかし……あれから私はあまり関わってはいないのですが、本当の順調に進んでいるのですか? オペレーションMとやらは」
「ん……どうだろうな、そもそも博打であることは事実だし、実際うまくいったかと言えば微妙な所ではある、成功は五分五分って所だな」
「それではあまり良いようには聞こえませぬが……」
「慌てるな、始まったら全てが分かることだ」
「虎尾さん、私はね自意識過剰でも有り余る女なの」
「え? まあ……それは知ってはおりますが」
「はっきり言ってどんな物事でもパーフェクトにこなせる自信しかないのよ、それが例え嘘であったとしても本当に変えることが出来るぐらいにね」
「それはカラスを白いと言わせるパワハラ上司の台詞な気もしますが」
「こんなことを言うのはあれだけれど、私って前の学校では女をはべらせていたと言っても過言ではなかったのよ、その気になれば学校を制圧出来たわね」
「何なの、お前女版ビーバップなの」
「つまり、私が本気を出せばどんな相手でも動かすことは容易という訳よ、それが雅継くんの願いであるというなら、一切の躊躇いはないわ」
「…………」
はっきり言ってこの女が自分の味方だと、いや好意を持ってくれていると良かったと心底思ったことはないだろう、それ程までに彼女は規格外である。
実際、僕の作戦はもっと確率が低いものだったからな……。
今でも確実に成功すると言えたわけではないが、それでも彼女の暗躍によって飛躍的に確率が上がったことは言うまでもないだろう。
五分に持ち込めただけでも、上出来というものだ。
「……ま、あまり褒められた方法ではないがな」
◯
こうして何事も無く体育大会は開催された。
とは言っても体育大会に取り立てて言うべきことが内容があるのかと言われれば無いというのが正直な所ではある。
徒競走をメインとしながら上位を争い、一位に三十ポイント、二位に二十ポイント、三位に十ポイント、それ以下は五ポイントという実にシンプルな作り。
団体競技でまたポイント数は変わってくるが、まあそこはいいだろう。
基本的には自分の番になれば走り、クラスメイトが出走する時になれば応援し、そうでない時は椅子に座って話し込むだけ、寧ろこれ以外にすることが他にあるのかという程説明することは何もないのである。
故に特筆すべきことは何もないのだが、唯一上げるとすれば虎尾が大玉ころがしで奮闘し、三位に食い込んだということぐらいだろうか。
奇妙な薄ら笑いを浮かべながら走る姿は正直異様以外の何者でもなかったが。
つまるところ午前の部は淡々と過ぎていったのだった。
そして時間はお昼の休憩へ流れていく。
「ふふ、虎尾さん流石ね、やはり玉を相手にしたら右に出る者はいないわ」
「いやはや、妄想で玉を転がし続けた甲斐がありましたな」
「この調子で玉入れも頑張りましょうね、何なら玉運びもすればよかったのに」
「玉運びは難易度が高いですからなあ、玉転がしや玉入れは多少乱暴でも問題ありませぬが、玉運びは優しく撫ぜるような気持ちでいなければいけませんから」
「そうね、突くのやら入れるのやらとでは話が違うものね」
「僕は人生でこんなに玉が入った会話を聞いたことがないよ」
どうでもいいけどプログラムにはちゃんとスプーンリレーって書いてるからね、いや表現として間違っている訳ではないけども。
こいつらの下ネタ談義に付き合っていてはいくら時間があっても足りないので、僕は一気に話を本題へと戻していく。
「それで、現状僕らのクラスの順位はどうなっている?」
「学年別ですか? 確か二位だと思いますが」
「得点差はどんな感じだ?」
「十競技が終わった段階で一位が赤組(一組)で百八十ポイント、二位が私達青組(三組)で百六十ポイント、三位が黄色組(六組)で一〇五ポイントって所ね、それ以下は有象無象の争いって感じかしら」
「思ったより上手くいっていると考えていいのか……六組の突き上げが少し怖い所ではあるが、この調子ならそれを無視しても問題はないだろう」
「他のクラスが粘りを見せなかったのは幸いというべきなのかしら」
「とは言ってもこのまま素直に行ってくれるとはどうにも思えないが……」
「私が相手をした生徒はちゃんと指示通りにしてくれてはいるけれど」
「順調過ぎるぐらいが逆に良くないんだよ、予定外であるぐらいが現実味があるし、修正が効く段階でトラブって欲しいものなんだが――」
「雅継殿、つかぬことをお訊きしますが」
僕達が現状把握の為に会話をしていると、虎尾が不思議そうな顔をして話に割って入ってくる。
「どうかしたか?」
「正直情報を提供した私が今更こんなことを訊くのもなんですが、もしかして雅継殿はこの体育大会をコントロールしているのですが?」
「? それ以外になにがあるっていうんだよ?」
「えっ? 嘘でしょう? いつの間に雅継殿は全知全能の神になられたのですか? というか雅継殿如きでは神とかなれませんでしょう? いや神様に失礼でしょう?
三跪九叩頭の礼とかちゃんとしました?」
「神様盾にして僕を貶めるのはやめよ?」
最近分かってきたが虎尾が僕に対する好感度を下げずにこうも平然と暴言が吐けるのは、こいつにとってそれが自然体だからなのだろう。
そう思うとこいつの将来が不安でならないが、それはいいとして。
「別に体育大会そのものを全て掌握している訳じゃねえよ、それが出来るなら今頃こんなに不安要素を抱えてなんざいない」
「しかし、さっきの言い方ですと本当に操っているとしか思えませんが……」
「確かにコントロールしていることは事実だが、その範囲はもっと限定的だ」
「と、いいますと?」
明らかにもう真意を分かっていそうな反応(何だかんだ言って弁当を食いながら聞いているし)だが、僕は続けてこう言う。
「自分のクラスをコントロールする、それがオペレーションMの第一段階だ」
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