前条瑞玄はあなたがキライ 8

「しかし……雅継殿のような教室の隅で性欲を持て余しているだけの男がクラスの獲得ポイントをコントロールするなんて妄言としか思えないのですが」

「僕を発情期の猫みたいに言うのは止めろ、いいかよく聞け、まず大前提として僕達のクラスは学年の中ではトップクラスに強い」

「ほう……つまり脚力に自信のある連中の集まりといことですか」

「そういうことだな、まあこれを見れば一目瞭然だ」


 そう言って僕は虎尾に七枚のプリントを手渡す、と言ってもそれは元々虎尾本人が用意してくれていたものなのだが。


「これは私がくすねた五十メートル走の記録表ではありませぬか――はてさて、マーカーで色分けしたり、番号を振っていたりしておりますが」

「思考放棄して全部僕に言わせようとするな、まあいい……赤のマーカーは高タイムを叩き出している生徒、青のマーカーはのろまな奴、そして横に振ってある数字はそいつらが参加する種目の番号になっているんだよ」

「なるほど……そうしてみると確かに我が三組は高タイムを出している人数が他のクラスより多いですな」

「つまり僕達のクラスはあんな血反吐をはく思いで練習などしなくとも、最初から優勝筆頭の候補だったということになる」

「あれ、おかしいですな、雅継殿はどう見てもケツから数えた方が早いのに青のマーカーを引いておりませんが」

「今そこまで引っ張る必要ある?」

「ふーむ、ですが五十メートル走はスウェーデンリレーの第一走者以外走ることはありませんし、本当にこのデータだけで参考になるのですか?」

「そりゃアスリートレベルならあまり参考にはならんだろうが、所詮学生の、しかも陸上部の絶対数を鑑みればこれでも十分な資料となる、事実この実績は問題なく反映されているんだからな」

「反映……はて、二位という結果が反映されているとは言い難いと思いますが」

「だから、それが最初に言ったコントロールに繋がるって話だよ」

「ああ、つまりは下位を上位に底上げするのは無理でも、上位を下位にすることは可能ということですか、しかしそれですとやはり――」


「そこで私の出番よ」


「前条朱雀殿」

「さっきも言ったでしょう、私には人を惹きつける天賦の才がある、つまり私にかかれば一位になれる生徒を二位にするなんて造作も無いこと」

「無論、前条瑞玄のやり方に不満を持つ人間に絞っての話ではあるがな、当然僕自身が交渉の場に出れば一蹴され、最悪密告されるのは目に見えている、そこで既に学園のマドンナとなりつつある前条朱雀を通じて下らぬ連帯感にメスを入れた」


 まあ念には念を入れて僕に対する好感度がマイナスでない者をメインに選出してはいたのだが、今はその話をする必要はない。


「雅継殿……中々どうしてゲスの極み男でございまして」

「不倫する相手がいねえから、悪いがこれぐらいの報い相応の対価だろう」

「申し訳ないけれど実の姉とはいえ、愛する人を酷い目に合わされてしまってはその時点で関係は義理以下になっても仕方がないというものよ」

「…………あなおそろしや」


 人間なんてのは単純な生き物、前条瑞玄のパワハラに不満を感じている前に突如絶世の美女が現れ『あなたにしかお願い出来ないの』と縋るような目で見つめてやれば数分も持たずして陥落するのは必至。

 クラスでも前条姉妹が決して仲良くはないというのも周知の事実だしな、それこそ瑞玄派と朱雀派で対立構造を作ってやるぐらいが丁度いいとさえ言える。

 後は嘘を織り交ぜながら影で操り、華麗にトドメを刺す――ふっ、ここまで思い通りに事が運んでしまうとやはり怖くなってしまうな。


「ん……? そうなりますと、我が三組の優勝阻止が雅継殿にとって前条瑞玄に対する復讐ということになるのですかな?」


「そう言いたい所だが、僅差で二位じゃ前条瑞玄も頑張ったけど惜しくも、みたいな満足をし兼ねないからな、それじゃあ全く以てつまらない」


「…………?」


       ◯


「まだまだ優勝の可能性はあるから、皆頑張っていくよ!!」


「「「オーーーー!!!!」」」


 最早無意味に等しい円陣と共に、午後の競技が開始される。

 余興として部活対抗リレーが行われた後、応援合戦が行われ、そこから残りの競技が消化されていく流れとなっている。

 残りまだ十数競技あるが、油断しなければ順調に二位は確保されるだろう。

 応援合戦に関しては劇科集団の独壇場になるのだからそもそも報復としての旨味は薄い、それに他クラスと比べてもクオリティはお世辞にも高いとは言えない。

 ……良くて三位が関の山、それでは前条瑞玄の評価は上がるまい。


「ねえ――――君」


 そうして上辺の円陣から座席に戻ろうとすると、背後から声を掛けられる。


「……阿古龍花か」

「うん、そうだけど、いやさあれから全然話もなく本番を迎えちゃったからさ、このままで大丈夫だったのかなって思ってたんだけど」

「あー……そうだったな、まあ全然大丈夫ではないんが、それもこれも今日が過ぎれば終わりだしな、色々考えもしたがここを我慢すれば終わりだと思って、今は穏やかな気持ちで過ごしているよ」

「ふうん……何だか潔いというか、大人な対応をするんだね」

「体育大会が終わっても仕打ちが続くなら流石に考えもするけどな、だがそれは終わってからじゃないと分からないし、今はベスト尽くすだけだ」

「うーん……何か私が思っていた展開と随分違う気がするけど」

「教室の隅を主戦場にする人間なんてのは思っていても行動に移す人間は殆どいないんだよ、だからターゲットにされるんだと言われればそこまでだが」


 阿古龍花……、やはりそこら辺にいる下らない生徒とはわけが違うな……洞察力があるというか、周囲の異様を察知する能力が明らかに高い。

 天性なのかそれとも生徒会という経験を通して培われたものなのか、いずれにしても彼女にオペレーションMの話をしなかったのは幸いだった。

 彼女ならこんな学級崩壊を企むような作戦、是が非でも止めていたに違いない。


「……ま、何にしても今二位だっけか? 点差もそこまでないようだしあと少しで優勝も目前じゃないか、優勝でもすれば少しは前条瑞玄の気も和らぐだろ、元はといえば前条朱雀への対抗心が元凶なんだし」

「あーうん、そういう捉え方も出来るのかな――んーでもなー」

「…………?」


「何かそんな綺麗に終わる気がしないんだよね、口では説明し難いんだけど、何だかあまりに前条瑞玄さんの予定通りに事が運び過ぎている気がする」


「…………そ、その何処がおかしいんだよ」


 あまりに確信に近づいた発言に、僕は動揺した声を出してしまう。

 待て、慌てるな、別に僕の作戦に気づいた訳ではない、それに前条朱雀の懐柔作戦においては細心の注意を払っていた筈、決して目では視認不能な対立構造を煽ってきたんだ、いくら洞察力のある阿古龍花でも、そこまでは――


「うんそうなんだよね、ただの学生が頑張っているだけなのに穿った見方をするなんておかしいのは分かっているんだけど、でもなんていうか……」


 そう言ってスコアボードへと視線を送る阿古龍花。

「…………」

 一体何処まで気づいているのか分からないが、こうなるとバレるのは時間の問題かもしれない、せめて僕が主犯だという事実だけは絶対隠さなければ……。


「うーんなんだろう、何がおかしいんだろう……ねえ何がおかしいんだと思う?」

「いや……僕にはそもそも何がおかしいのか分からないし、お前が何を言いたいのかすら僕には検討もつかないんだが」

「え? そう? 君なら気づくと思ったんだけど」

「いやいや……お前は僕の何を買い被っているんだ――」


「卑下するフリして、根深い矜持がありそうな所とか、かな?」


「……ははは、何だそれ、僕はまだ本気を出してない的な奴かよ」

「違うかな? そういう人なら高い洞察力を備えていそうと思ったんだけど」

「影で文句を言うぐらいの性根はあるけどな、でもそれが限界だよ」

「んー――ま、いっか、現時点で異常があるって話でもないし、このまま順調に体育大会が終わるのがベターなのかもしれない」

「ベターどころか、それがベストだろ」

「そうだね、何か変なこと訊いちゃってごめんね、それじゃあまた」


 そう言うと彼女は僕から離れ、部活対抗リレーの集合場所へと向かっていったのだった。


「…………ちっ」

 阿古龍花とは下手に関わるべきじゃなかったな。

 まあ初めから引き込もうと思って出会ったつもりはないんだが、会話を重ねる毎の彼女の危険性がどんどんと増してくるのがはっきりと分かる。


「…………とはいえ」


 慎重に慎重を期する必要はありそうだな、前条朱雀にも念を押しておくか。

 ここまで来たんだ、絶対邪魔などさせるものか。

 必ずやオペレーションMを成功させ、前条瑞玄に下らないチームワークなど糞の役にも立たないということを証明してやる。


「その為にも――まずは障害物競走を始末しなければな」

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