前条瑞玄はあなたがキライ 11

 頭が真っ白になるとはまさにこういうことなのか。

 僕はその場から全く動けなくなってしまっていた。

 あれだけの時間を費やし、徹底してオペレーションMを遂行してきたというのに。

 まさか、最後の最後で自分の実力不足が原因で失敗に陥るとは。

 いくら賭けだったとはいえ、これはあまりに無様過ぎる――

 やはり僕如きでは、こんな作戦無謀だったのか……。


「……………………?」


 しかし。

 ふと周囲の歓声に顔を上げると、何かがおかしいことに気付く。

 僕が二位であることに変わりはない……だが……これは……。


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!」

「よくやったー!」

「見直したぞこの野郎!」

「やれるなら最初からやれっつーの!」

「やべ、ちょっとこの展開には目から塩が――」

「ばーか、でもこれで汚名返上だな!」


 そして、その盛り上がりに押されるようにして目線を右側へと送る――

 すると、そこには項垂れた表情でプールサイドを後にする一組の生徒が一人。

 掲げられたフラッグの数字は『3』


「そうか……優勝争いは三組と一組でも、百メートルのフリーそのものだけを見れば、それは関係ないんじゃないか……」


 水泳に限っては目に見えるデータを蒐集出来なかったので、僕の実力を信じるしか無かったのは他ならぬ事実ではある。

 そうなれば対抗馬は水泳部の連中だけということになるが、それもまたデータでは全国大会など夢のまた夢の地方敗退レベルの雑魚ばかり。

 加えて一組にエースと呼ばれる水泳選手は存在しないのは情報通の虎尾から入手していたので、それに慢心してしまっていたことは否定出来ない。

 要するに、僕による三組優勝というストーリーは完成していたのである。

 全く……要らぬ冷や汗を書いてしまったではないか…………。


「だがそうなると、僕を抜いて一位になったのは一体――」


「うん、やっぱり雅継君は速いね」


 そんな柔和な声に引っ張られるようにして再びを頭を上げると――

 そこにはなんと、全裸の女の子がいるではありませんか。

 ……は? 全裸の女の子?


「えっ!? ええ? え……あのちょっと……その……」

「? どうかしたの?」

「いやそれはあまりに扇情的過ぎ……って、うん?」


 唐突な展開に軽くパニックになっていたが、よくよく見るとちゃんと水着を履いているではないか、あれ、でも男用? え? やっぱり全然意味分かんないんですけど、本気で泳ぎすぎて頭おかしくなったのか、僕。


「大丈夫? 手貸すよ?」

「あ、うん……」


 完全に童貞感丸出しの状態で彼女? に手を引かれてプールから上がる。

 そうして改めて彼女? の姿を見る…………成る程、これは男ですな、一部のマニアが愛して止まない男の娘という奴ですな。

 髪型こそ男子にもいそうなサラサラショートという感じではあるが、その顔付きはどう見ても温和の女子という以外に表現のしようがなく、正直女子のスク水を着ないと完全にエロと化してしまっている、寸分違わずエロである。

 画像として表現出来るのならば謎の光処理は必須であろう。

 しかし男の娘が現実に存在しているとは……いかんドキがムネムネする。


「いやー雅継君に抜かれた時はどうしようかと思ったけど……なんとか後半で巻き返せてほっとしたよー、流石に現役の僕が負ける訳にはいかないからね」

「ん……? もしかして、一位はお前だったのか?」

「そうだよ、雅継君がまだこんなに速いなんてビックリしちゃった」

「まあ……つうかさっきから名前で呼んでるが……僕のこと知ってるのか?」

「え、あれ、もしかして……覚えてない……?」


 覚えてるも何も、こんな放送コードギリギリな知り合いなどいた覚えは微塵もないのだが……はて、一体何処で知り合ったのか……。


「入道山由衣(にゅうどうやまゆい)って言うんだけど――」


「お前だったのかよ……」


「え?」

「いや……なんでもない……」


 そうか、こいつがあの虎尾が散々僕をカップリングさせようとしていた奴だったのか……苗字からしてもっとゴリゴリな男を想像していただけに少し肩透かし(いや残念とかいう意味ではなく)を喰らってしまった。


「そっか……やっぱり覚えてないか……そうだよね、あんまり話もしなかったし、雅継君が選手コースにいたのも、ほんの三ヶ月の話だもんね」

「選手コース……? ってことはお前、スクール出身なのか?」

「そうだよ? と言っても僕もあんまり成績が伸びなかったから中学卒業と同時に辞めちゃって、今は藤ヶ丘高校の水泳部にいるんだけどね」

「そう……だったのか、覚えてなくて、なんかごめんな」

「いやいや! 僕が一方的に知ってただけの話だから! 僕の方こそ親しげに話すような真似しちゃってごめんね……」

「いやそんなことはないが……」

「ま、またね雅継君! 良かったらいつでも水泳部に遊びに来てよ! 雅継君の実力ならきっと歓迎されると思うからさ!」


 そう言って慌てて僕の前から去っていく入道山。

 仕草といい反応とかそこら辺の女より女子力高いんじゃないのか。

 後ろ姿に至ってはもう完全に女だし、思わず禁忌の扉が開くかと思ったぞ。

 ……それにしても。

 彼の容姿にも驚きを隠せなかったのは事実だが、まさか僕のあの時代を共にしていた人間が、よもやこの学校にいたとはな……。


 ……全く以てこの学校は、僕には生辛い場所だ……。


「お疲れ様、雅継くん、凄く――素敵だったわ」

「……前条朱雀か」

「今日はあのシーンをオカズに三発はイケそうよ」

「それは僕の泳ぎっぷりを見てなのか、入道山との絡みを見てなのかどっちだ、いやどっちだとしてもその報告絶対要らないよね?」

「その気になれば二十時間耐久も夢ではないわね」

「お前は何を目指しているんだ」


 何だろう、別に今日もこんなやり取りは飽きるほどした筈だというのに、このやり取りが出来て安心してしまっている自分がいる。

 それだけこの作戦にプレッシャーを感じていたとでも言うのだろうか。


「さあ雅継くん、胸を張って、勇者としてクラスメイトの前へ現れましょう」

「……ああ、そうだな、オペレーションMを成し遂げた者として」


 偽りの勇者として、な。


「……なあ、前条朱雀、一つだけ聞いてもいいか?」

「……? 何かしら?」


「お前、まさか僕が泳げることを知った上で、この作戦に乗ったのか?」


「…………さあ、ただ――」

「ただ?」

「仮に雅継くんが目を覆いたくなるようなカナヅチだったとしても私はこの作戦に乗っていた、それだけは確かでしょうね」

「……そう、か、なら向かうとしようか」

「ええ、そうしましょう」


 そうだ、今は過去のことなどどうでもいい。

 それによって起こったことが変わる訳でもない、何も変わりはしないのだ。

 ならば傷を作る必要など何処にもない、知らぬが仏、それが一番である。


       ◯


 そうして閉会式を迎え、僕らは見事優勝トロフィーを手にする。

 クラスメイトは歓喜に湧き、僕は皆に持て囃される。

 応援合戦は四位だったが、僕からすればあまりに完璧過ぎる終わり方だし、クラスとしても優勝さえ手にすれば最早応援合戦の結果など無に等しい。

 見事見事な有終の美、誰も僕に疑いを持たぬまま、幕が下りてゆく。

 そうやって神奈川が奢ったジュースを片手に、皆が悦に浸っている中。


 僕は階段の踊場で、前条瑞玄に逆壁ドンをされていた。


「てめえ! やりやがったな……!」


 よもや僕からの告白でもなければ、相手からの告白でもない形で壁ドンをされる日が来ようとは夢にも思っていなかったが、現実とは非常なものである。


「何の話だよ……」


 だが余裕を見せている場合でもないので僕は冷静なフリでそれに応じる。


「しらばっくれんな……お前朱雀をわざと三位にさせただろ……」

「知らねえよ、大体そんなことして何の意味があるんだ」

「意味があるとかないとかじゃねえんだよ、朱雀はどんな物事でも絶対に手を抜かないんだ、あいつは……そういう子なんだぞ、それなのに――」

「そうかもしれないが、それが僕と何の関係が――」

「お前が朱雀と仲がいいってことは知ってんだよ、朱雀は好んで友達を作らないから余計にな、だからお前以外にこんなこと出来る奴はいない」

「……そうか、なら僕も胸を張って友達と言える人間はいない、必然的に僕が前条朱雀をわざと三位にさせる理由は無くなるってことだな」

「いい加減にしろよ……」


 ついに僕は逆壁ドン所か胸ぐらまで掴まれてしまうが、それでも続ける。


「だったら最初から……前条朱雀を個人自由形に出場させなけりゃ良かっただろ……どう見ても乗り気じゃなかったのを無理矢理やらせたのはお前じゃねえか……」

「! そ、それは……」

「何でもかんでもお前の勝手で物事が進むと思うなよ……お前の横暴さに迷惑するやつもいるってことを少しは理解するんだな……くっ……ゴホッ! ゴホッ!」


 そう言いのけてやると、前条瑞玄の手が僕の襟元から離れ、苦しさから開放された僕は少し咳き込んでしまう。

 しかし僕のような奴からここまで言われれば流石に少しは堪えただろうと、してやったりな気分で再度彼女へと目をやる――

 が。

 彼女はあれだけ爆発させていた怒りを何処にやってしまったのかと言わんばかりに覚めた眼つきで僕を見ており――

 ただ一言。


「私はお前がキライだ」


 一点の曇りもない目で、はっきりとそう言うのだった。

 そして僕に一瞥することもなくその場を後にする。


「…………」


 これでいい、これで何の問題もない。

 前条朱雀を三位にさせたのに気づかれたのは予想外だったが、証拠を掴んでいないのであれば、奴は何も糾弾することは出来ない。

 それに、前条瑞玄に嫌われた所で今は何の問題もない、僕のクラスにおける安寧は確実に手にしているのだ、そしてお前を批判する人間の集団も作らせた。

どう足掻いても生き辛くなるのは僕じゃない、お前なんだよ。

好感度指数など、犬でも喰わせておけ。


 これがお前がしてきた事の代償だ、よく胸に刻んで少しは反省するんだな。


「ふー……流石に……疲れたな……」


「うん、本当に、お疲れ様だったね」

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