虎尾裕美はあなたがスキ? 13
さて、現状整理といこうか。
はっきり言って現状は非常に芳しくない、いや最悪とも言える。
無論どちらが先に仕掛けてきたのか、それは見当もつかない。
だが大方陶器美空の仕業と見て問題ないだろう。
何が目的なのか、それも彼女を見れば明快ではある。
つまり問題はそこではない、三日目をどう乗り切るか、その一点に限る。
しかし現状は奴の思惑通り……どうやって食い止めれば……。
「――――さま、お兄様、大丈夫ですか?」
「……え? あ、ああすまん、ちょっと考え事してて」
「やはり体調が宜しくないのでは……それもそうですよね……こんな究極完全体公然猥褻物と一緒にいたら気分も優れなくなるものです……」
「は? ウケる、その溢れんばかりの薄い本を片手によく言えたものね」
「わ、私はあくまで一つのジャンルのみを一途に愛していますから、仮に私が変態だとしても変態淑女なのです、あなたとは違うんです」
「要するに変態じゃねーか」
「違いますお兄様! 私はどんなことがあろうとも決して一線は超えない、節度は明確に守っている変態なのです!」
「でもまーくんが全裸で物憂げにしていたら果たして我慢出来るのかしら?」
「そ、そんなの当然…………ハァハァ……」
「まずシチュエーションが分からん」
というか今はそんことはどうでもいいのだ、早く対策を講じなければ……。
「というかどうでもいいのだけれど、か弱い女の子を連れて来るのが大衆向けのファミレスというのは流石に如何なものだと思うのだけれど」
「は? か弱いって苦笑、屈強の間違いなんじゃないですか」
「中々滑りの良い口じゃない、四回転サルコウでも決まりそうね」
「お兄様とお食事が出来るなら何処であろうとも幸福感しか得られないのですけど、逆によくそんな台詞が吐けておいて彼女面出来たものですね、やはりお兄様の近くにいる資格はないので即刻離れて下さいそれか死んで下さい」
「あら、薄い本でもシチュエーションが大事だというのは緋浮美ちゃんが一番理解していると思っていたのだけれど、どうやら気持ち良くさえなれれば何でもいいただの淫乱みたいね、買い被ってごめんなさい」
「こうなると笑えすらしませんね、誰かを愛するのに時間や場所は関係ないという話をしているのに何故エロに直結するのでしょうか理解に苦しみます、あまりに公衆猥褻過ぎるのでファミレスから出ていって下さい、刺してもいいですか」
「あら、ナイフとフォークを両手にその発言は穏やかじゃないわね、けれどいいのかしら、私を刺すということはこの本も一緒に貫かれる意味なのだけれど」
「そ、それは私が買った……! この女何処までも……!」
「ちょっと静かにしてくれませんかね」
色んな意味で息が合いすぎだろこの二人、お陰で全く集中出来ない。
そういえば虎尾の奴は今どうしてるんだっけ……昨日の事件もあってか一切僕とは顔を合わせずコミクラに向かったみたいだが。
まあ多分コスプレエリアだろう、今頃マシュの格好で視姦プレイを受けていると考えるのが妥当といった所か。
つうか今更思い出したが虎尾の代わりに薄い本を買う約束をすっかり忘れてしまっいた……まあ具体的な要求はされてないから本人も忘れているかもしれんが。
最悪緋浮美のを買い上げてしまえばいいしな……というか買い上げないと家族会議で緋浮美の清楚系腐女子という超矛盾少女が爆誕してしまう。
「ふう……緋浮美ちゃんもまだまだ青いわね、結局の所一番可愛いのは自分なのよ、自分さえ良ければそれで良い、少なくとも私はそうだわ」
「はあ? 急に何を言い出すのかと思えば――」
「いえ、あなたもそうなのでしょう、お兄さんへの想いは私の引けを取っていない、けれど、こうやって私の相手をしている時点であなたはまだまだ温いのよ」
「全く以って意味不明ですね、そんな宣告に何の意味が?」
「要するに今まーくんは私の生足攻撃でもっこりということよ」
「……………………不覚、次は私の番ですお兄様」
「ウェイトウェイト、お兄ちゃんそんなことされたらもうちょっと顔に出てるから、そんな真顔で我慢出来るほど遅漏でもないから」
そして本当に足を持ってくるな。
何で妹にこんな発言をしなければ……お兄ちゃん恥辱で汚れ過ぎなんですけど。
それにしても……。
この前条朱雀の横暴な行為、やはり相当ご立腹みたいだな……確かに元々デートをするという約束だったのだから仕方のない話ではあるが……。
「はあ……」
一番可愛いのは自分……か。
考えてもみれば、何を僕はこんなに悩む必要があるんだ……?
虎尾と前条朱雀と予定を被らせてしまったのは僕の責任だからそこは分かる。
だが陶器美空の問題に関しては一切関係がない、それこそ当人同士で解決すればいいものを、僕が首を突っ込む理由がどこにあるというのか。
人の揉め事に介入して痛い目を見るなど馬鹿がすること、ならば僕は傍観者となり、ただ黙々と売り子に徹すればいい、それでいいじゃないか。
「そうだ……虎穴に入っても虎児を得る保証など何処にもない……」
「? お兄様?」
「よし! そうと決まれば今日は僕の奢りだ! ミラノ風ドリアでもペペロンチーノでもプチフォッカチオでも何でも頼むがいいぞ!」
「あら、そういうことなら私はリブステーキのライスセット、ドリンクバー付きでお願いしようかしら、全く、人のお金で食べる肉は最高ね」
「わ、私はトマトクリームスパゲッティにデザートフォッカチオで……ごめんなさいお兄様、朝から何も食べていなくてお腹が空いてしまって……」
「…………ポテトのグリルを一つで」
◯
三日目、コミクラ最終日。
いつもと違う道を抜け、これから人がゴミのように溢れかえる、まさに嵐の前の静けさというべき空間へと辿り着く。
特別何かをする訳でもない、僕は積まれた本が少なくなってくればダンボールから本を取り出し並べる、実にシンプルな単純作業。
陶器美空は随分と忙しなく動いており、その目には薄っすらとクマも見える。
壁サークルとして参加する以上彼女も生半可ではない気持ちの表れなのだろう。
……だとすれば尚更、腑に落ちないが。
「…………」
「ままままま雅継殿、ままままさか緊張しているのではありませんでしょうな?」
「その震え方でよくその台詞が言えたもんだな、凍えてんのかよ」
「わわわわ私は小刻みに揺れているだけでありますから、そそそそういう雅継殿こそおおおおお漏らしをししししているのではありませぬか?」
「残念ながらウンコはしっかりと捻り出してきたから漏らす可能性は皆無だ、そんなことより準備はいいのかよ、あんまり迷惑かけんなよ」
「ああ、ごめんな二人共、もうちょいしたらそっちも手伝うから、取り敢えず本を積んでもらって、ポップがあるなら貼ってくれてかまへんよ」
「すいません……ほらそれがお前のダンボールだよ、さっさと開けろ」
「一番楽しみな瞬間ですのにそう急かさないで下されよ……どれどれ…………おお……これが……完成した……私の……」
そう噛みしめきれずに溢れた声の先には虎の処女作が、お世辞にも多い部数ではないがしっかりと入っている、喜びもひとしおなのは当然だろう。
だが、その姿に僕は余計に思ってしまう。
コミクラで無くとも、もっと言えば小さい即売会でも、単独でやっていればよかったと、そうすれば、きっと虎尾は――――
「……あれ、あ、あれ? あれ? あれ!? あれ!? な、何で!?」
そんな風に思っていると、虎尾が突如困惑した声を上げる。
「何だよ藪から棒に、嬉しいのは分かるがさっさと並べて――――」
「ま……雅継殿……」
「うっ――」
今まで見たことのない、今にも泣き出しそうな彼女の困惑した瞳に、僕は不覚にも声を詰まらせてしまう。
だが。
虎尾の声押されるようにして見えた視線の先にある。
その絶望的な光景に。
僕もまた、声を上げざるを得ないのであった。
「おい……何でラフ画なんだよ……」
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