絶対好感度指数スキキライ

本田セカイ

一限目

前条朱雀はあなたがスキ 1

 突然だが、僕には特殊な力がある。


 そう言われると何だか物凄い異能を想像するかもしれないが、先に言っておくと実に大したことのない力である。

 超常的な魔法を駆使出来る訳でもなければ、超絶的に身体能力が向上する訳でもない、何なら頭脳明晰にでもなれば少しは慰めにもなるのだが生憎今回の実力テストの結果はお世辞にも良いとは言えない。

 だからといって全く以て使えない能力という話でもない、しかしそれを上手く使えば大金持ちになれるのかとでも言われれば、即答でイエスと言えるものでもないから困りものなのだ。

 まあ勿体ぶっても仕方がないのでそろそろ明かすとしよう。


 僕の特殊な力は『人の好感度が分かる』である。


 ……だから言ったではないか、大したものではないと。

 所詮分かると言えば人の自分に対する評価のみ、より多くの人間と関わる人であればもっと有意義に活用出来るのかもしれないが、悪いが僕のような青春を謳歌していないタイプの人間には殆ど無価値と言ってもいい。

 何せクラスメイトの九割は僕に対する好感度などゼロに等しい――つまり好感度を知る以前に好感度を計れる体勢にすら入れていない。

 だからと言って自分から好感度上げるような真似をするつもりもサラサラないので豚に真珠、宝の持ち腐れとはよく言ったものである。

 そう言っても僕から言わせれば高価なものという認識ですらないのだが。

 だが先程も述べたように全く無駄な能力というでもない、他人の好感度が分かるということは例えば危機回避においては大いに役立つ。

 同級生との間では無価値でも、教師となれば少なくとも僕という人間の価値を一定数推し量られてしまう、ならば上手く立ち回るに越したことはない。

 悪目立ちをしていない生徒であっても損をするような時代、この教師であればこうすれば良い、この教師なら――といった具合に行動すると多少テストが悪くとも赤点にはならない、どころかそこまで成績が変わらないことすらある。

 他には全くの赤の他人なのに何故か異様に好感度が低い場合だろうか。

 この場合は大概相手の機嫌が悪い時が多いので君子危うきに近寄らず、こうすれば理不尽な危機に巻き込まれることもまずない。

 他にも何かあった気がしないでもないが……いずれにせよどれもこれもこの力を持っていなくとも可能な芸当なのでやはり微妙と言わざるを得ないというのが正直な所ではある。

 因みにこの能力の使い方は実に簡単で、『目を凝らす』これだけで良い。

 そうすると相手の身体がサーモグラフィーを見た感じになり、色が赤や黄色といった明るい色になればなるほど好感度が高く、青や紫といった暗い色になればなるほど好感度が低いといった具合に映る。

 感覚的にだが大体どれぐらいの数値なのかも分かるので最大で百パーセント、最低でマイナス百パーセントと判断しているが。

 何にしても世界の秩序を乱すには到底及ばないチンケな能力。


「社交力の乏しいこの僕に宿って、何の意味があるんだか……」


 相も変わらず僕の世界は、平常運転なのであった。


「ははー、いやはや、この時期に転校生とは中々ドラマティックな香りがしてなりませぬな雅継(まさつぐ)氏よ」


 そう惚けていると西隣に座っていた女が嬉々とした表情で話しかけてくる。

 彼女の名は虎尾裕美(とらおゆみ)、好感度指数は七十パーセント。

 何故こんな高指数を出しているのかと言われると僕にもよく分からないのだが、一つだけ思い当たる節があるとすれば、彼女は僕の半端な能力を知る唯一の生徒であるということだろう。

 別に教えたつもりもなければ、そもそも知り合でもないのだが、何でも僕の行動のみで気付いたというのだから末恐ろしい女ではある。

 それでいて僕のような男に積極的に話しかけるのだから変人なのに間違いないが。

 外見は俗に言うゆるふわパーマに手の甲まで隠れたサイズの大きい黒のカーディガンを身に纏っており、意外に小奇麗な風貌をしているのだが、明らかに毎日徹夜続きだと言わんばかりの目の隈だけはメイクでも隠しきれてはいない。

 余談だが彼女は腐っている。


「転校生……な、今時そんなシチュエーションで受けるなら誰も苦労はしないがな、開幕二行目でヒロインを全裸にしてようやく及第点の時代だぜ」


 僕は彼女の方を振り向くことなくそう応える。


「ふむ、まあ今の時代流行ジャンルに乗っかっているのが一番安牌ではありますからな、奇抜さを求めてもその殆どは駄作か出落ちとして処理されるのが運命……売れなきゃ飯は食えませぬから仕方ない話ではありますが」

「まあそのスタートラインにすら立てないのが生々しい現実だがな」

「こーら! もうすぐ転校生が来るんだから静かに!」


 そんな身も蓋も無い他愛もない話に興じていると僕の東隣に座っていた女が少し険しい顔をして注意をしてくる。

 そんな彼女の名は阿古龍花(あこりゅうか)、好感度指数は五十パーセント。

 ロングの髪の毛をおさげで結んでおり、柔和な顔と優しい目は眼鏡にマッチしており、まさによくある委員長タイプと言うに相応しい。

 だからと言ってそんな真面目キャラでも高い社交性を持っているのが今時の女の子というところなのか、まあ寡黙な委員長というのは聞いたことがないが。


「はーい、いやはや阿古氏はいつも厳しいですのう」


虎尾が気怠そうな体勢でそう答える、そういえばこいつもキャラの割に意外とコミュニケーション力の高い奴だな。


「厳しいんじゃなくてあんまり教室がざわざわしちゃってたら転校生だって入りにくくなるでしょ? 唯でさえ高校生になって転校なんて珍しいんだから……本人だって緊張しているかもしれないし」

「どうだかね、注目されてる方が案外嬉しいとか思う気もするが――あ」


 そう言ってしまってから思わず口を紡ぐ、虎尾との流れでつい口を挟んでしまったが別に彼女と大して親しい間柄ではないのだった。

 好感度指数が見える弊害とでも言うべきかか、下手にそういう部分が見えるせいでつい馴れ馴れしい態度を取ってしまうのは悪い癖である。

 だが、当の彼女はそんなことなどは意にも介さない顔で僕の方を向き口を開く。


「そうかな? 実は私何度か転校した経験があるんだけど、やっぱり強い注目を浴びると緊張するんだよね、大なり小なりそういうものはあると思ったんだけど」

「ん……まあ、僕は転校したことがないから分からんが」


 あまりに自然な会話が成立してしまったことに思わずどもってしまう、畜生、虎尾となら素の感覚で会話出来るのに、面識が薄い、又は女が相手となると急激にどもってしまう……。

 まあまともなコミュニケーションを図ってこなかった人間なのだからこれぐらい当然と言えば当然なのだが……やはり気恥ずかしいものは気恥ずかしい。


「そんな固っ苦しくなくてもいいと思うけど? 和気藹々とした雰囲気で迎えてあげた方が転校生も溶け込みやすいじゃん」


 そう言って話に割って入って来たのは僕の前に座っていた女。

 名前は前条瑞玄(ぜんじょうみはる)、好感度指数はマイナス五十パーセント。

 ここに来てようやくマイナス指数の人間が登場したが、実は僕に対してマイナスを示す人間は何も彼女に限った話ではないのである。

 差異はあれど何となく好きではないという理由で好感度が低いというのは誰にでもあるというもの、僕にだってそれぐらいの好き嫌いはある。

 だが彼女場合、疑問点を上げるとするならば僕に対して決して邪険な態度は取らないということにあるだろう。

 そういう点では阿古と似ているのだが――実際前条も社交力が高く、クラスの人気者という点で言えば阿古よりも断然高いと言えるぐらいだしな。

 ショートヘアに茶髪という快活そうな見た目に沿うようにして、誰にでも別け隔てなく接する性格、これを嫌いという人間はまずいまい。

 だからこそ、彼女が僕に示すマイナス指数は圧倒的不気味さを醸しだしており、彼女が話の輪に入ってこようものなら僕はその時点で言葉を失ってしまう。

 現に僕は既にスリープモードである。


「うーん、そう言われるとって気もするけど、でもあんまり騒ぎ立てたらやっぱり転校生も困惑しちゃうよ、ましてや女の子なんだし」

「ほー、転校してくるのはおなごなのですか阿古殿」

「私も詳しく聞いてる訳じゃないんだけどね、でも結構おしとやかなで綺麗な人らしいよ、だから男の子は騒ぎそうでそれが心配かな」

「おやおや、それはまた雅継殿には縁のない話ですなあ」


 うるせえほっとけ。


「そういう子ならより一層楽しく迎えてあげるべきだと思うけどね、変にかしこまった迎え方なんかしたら逆に相手が恐縮しちゃうよ」

「何もそこまでしろなんて言ってないけど――って、先生が来たみたいだから雑談は

ここまで! あんまり囃し立てるようなことしちゃ駄目だからね?」


 そう阿古は釘を刺すと即座に顔を前に向ける、何とも真面目な奴だ。

まあ当の僕は最初から前を向いているのである意味彼女に勝ったとも言えるが。


「おーっすお前らおはよう、今日もちゃんと青春してるか?」


 そんなぶっきら棒な態度で教室に入ってきたのは我らが担任神奈川(かながわ)。

 随分と雑な身なりと口調をしており、隙があれば青春だの何だのと若者を煽るのが特徴、酒と煙草と合コンが好きなどうしようもない女である。

 こんな女が国語担当で作者の気持ちを考えさようとするのだから世も末だ。


「さーて、既に情報も筒抜けでお前らハイエナ共も気持ちが昂ぶってしょうがないだみたいだが、ふふ何も勿体ぶるような真似はしない、我がクラスに中々の美人が入ることになった、とりあえず今から紹介するが好きになった奴は先生に報告しろ、私が身の丈に合っているか判断してやる、いいな?」


 相変わらず無茶苦茶な物言いをする女だが、今に始まった話でもないのでクラスメイトは示し合わせたかのようにスルーを決め込むと、今か今かとその時を待つ。


「ふう全く……お前ら興奮が抑えきれないといった感じだな、だが気持ちは分かるぞ? これでも私も若い時はだな――」

「あ、先生そういうのはいいので早く転校生を入れてあげて下さい」


 そう言って容赦無く進行を促す阿古、もしかしたら彼女がここまで生真面目になってしまったのは文字通り反面教師がいるからなのかもしれない。


「おっと与太話に付き合わせている場合ではなかったな、おい入り給え」


 その言葉に促され扉が開くと、廊下から情報通りの清楚感漂う女が入ってくる。

 前下りに少し長めのボブカットは絹のような黒髪に見事にマッチングしており、目尻の上がったその顔付きは確かに美人というに相応しい風貌。

 これは神奈川が煽るのも頷ける、絵に描いたクールビューティという奴だ。

 当然ながらクラスの男子共は大いにざわつき、もっと言えば一部の女子さえも感嘆の声を上げてしまい、最早阿古の忠告など意味を成していなかった。


「はいはいベタな歓声を上げない、ほら挨拶して」

「初めまして、私は前条朱雀(ぜんじょうあやり)と言います、高校生で転校ということで少し戸惑いもありますが、皆さん仲良くして頂けたら幸いです」


 そう言って彼女は深々と頭を下げる。

 ここで大多数の人間はこう思ったことだろう。

 あれ、苗字が一緒じゃね? ということに。

 言うまでもなく歓声が上がるはずだったクラス一変してどよめきに変わる、それもそうだろう、何せそんな珍しい苗字が二人も同じクラスに介するなど普通は有り得ないのだから。

 つまり、必然的にその目は一斉に前条瑞玄へと向けられる。

 当の本人は一体どんな顔していたのだろうか、してやったりといった感じか、それとも動揺を隠せないといった感じなのか、それは定かではない。


 何故なら僕はそんなこと以上に完全にフリーズする事態に直面したのだから。


「まさか……故障なんじゃないのか……?」


 初対面の人間で好感度指数が百二十パーセントの示すなど、聞いたことがない。

それはある種前条のマイナス指数など気にもならなくなる程に、異様な数値。


 だが、これは紛れも無く本当であり、そして僕の他愛もない青春群像劇を粉々にする序章に過ぎないことを、まだ知る由もないのであった。

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