彼女はお正月がスキ?

「いや~新年明けちゃったな」


「は?」

「え?」

「お兄様……? 本日はもう一月三十一日ですが……」

「……は? い、いや何言ってんだよ、冗談キツいぜ緋浮美ちゃんよ~」

「兄ちゃん……何ならもうコンテストも最終日だよ」

「は? おいおいまだ物語も終わってないのに最終日って意味分かんねえだろ、夏休みの宿題終わらず泣きながらやってる小学生じゃあるまいし」

「まさに昔の兄ちゃんそのものじゃん」

「おいやめろ」

「お兄様……どうして私の出番がないのですか……いえ、いいんです私の出番などお兄様が幸せであることに比べれば糞塵屑以下の些細なこと……」

「卑下の仕方がマントル砕きそう」

「ですが私のいない所でお兄様が理不尽に苛み続けるのは我慢なりません! 私ならお兄様の迷惑にならぬよう一人一人排除して差し上げますのに……」

「緋浮美が殺しにやってくる」

「何にしても時間が経つのはホント早いよ、何事も後悔のないように頑張らないと気づいたらあっという間にお婆ちゃんになっちゃうな」


「だから言ってるだろ、今日はまだ一月三日だって、そんな焦らなくても年始ぐらいゆっくりしようぜ我が愛しき妹よ」


「完全に兄ちゃんが現実逃避をしている……しっかりしろ! どれだけ嘆いても失った時間は戻ってこないんだぞ!」

「それじゃあまずは数の子を食べた後に味噌汁を飲むとどうしてあんなにゲロになるのかについて小一時間議論するとしようか」

「駄目だこいつ……早くなんとかしないと」

「こうなったら仕方ありませんね……」

「緋浮美……? 何か策があるのか……?」


「今日の夕食はおせちにしましょう!」

「トゥットゥルー!」


「しまった……緋浮美はどう足掻いても兄ちゃんの味方だった……」

「じゃあお兄ちゃんは白味噌にお餅三つな!」

「お兄様ってば……ではおせちには数の子をふんだんにいれておきますね、数の子には子宝、子孫繁栄という意味がありますから……グフフ」

「わーい! 格付けチェック今年もガクト全問正解するかなー?」

「最早幼児退行の域まで入ってやがる……こうなったら私が目を覚まさせるしか……兄ちゃんゴメン!――――――――な……!」


「ふっ……お年玉のつもりか知らんが随分と温いタイキックだな、こんなので僕のケツ穴からジャックポットを狙おうなど十万年早いわ!」


「くそ……! これならどうだ!」

「ぬぅん!! 蝿が止まったのかと思ったぞ! もっと去年のバレンタインの時ぐらいの本気を見せてみろ!」

「くそっ! くそっ! くそっ!」

「笑止! 笑止! 笑止ィ!! 浮ついた心があるからその程度の力しか出んのだ! もっと大腿骨をへし折るつもりでこんかい!」

「母さん……私もうゴールしてもいいよね……」

「ふっ、所詮はこの程度か、我が妹ながら情けないことだな……緋浮美」

「はいお兄様、この通りおせちの食材は準備出来ました」

「うむ、無事迎えられたこの新年を、盛大に祝おうではないか」


「いや……ま、まだ……まだだ……!」


「ん……? な……そ、それは……! 僕がコミクラの時に入道山から譲り受けたエルフたんのコス衣装……!」


「兄ちゃんが戻ってくると言うのなら……これを着てやってもいい……」

「ぐっ……こ、小癪な……」

「お兄様! そんなの言って下されば私が着て差し上げ――」

「甘いぜ緋浮美!」

「あ、逢花……」

「人間性格、表情に合ったキャラに扮することこそが何よりも現実を忘れさせる至高となるんだ、故に緋浮美じゃこのキャラにはなりきれない」

「う……で、ですが……」

「それを理解していなきゃ、兄ちゃんがこんなに葛藤する筈がないだろ」

「そんな、お、お兄様……」


「…………分かった、今日は一月三十一日だ、お兄ちゃんの負けだよ」


「お兄様!」

「でも! 緋浮美に罪はない……僕は現実に戻る。だがせめて! 今日……今日だけは! 皆でコスプレしながら――おせちを食べないか……?」

「お、お兄様……申し訳……ありません……」

「……分かったよ、兄ちゃんがそこまで言うなら、今日だけは皆でコスプレして、楽しくおせちを食べよう」

「ありがとう逢花……緋浮美、不甲斐ない兄ちゃんで、ごめんな……」

「いいんです……こうやって三人で楽しくご飯が食べられるなら……それが私の一番の幸せです……」

「よーし! そうと決まったらお兄ちゃんはスバルのコスでもしちゃうぞー!」

「では私は加藤さんのコスプレをしますね!」

「ふふっ……今日は楽しい晩御飯になりそうだな!」




 この後無茶苦茶母さんに怒られた。

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