虎尾裕美はあなたがスキ? 10
「さあ虎尾よ! 僕にそのあられもない姿を見せ給え!」
「わ、分かりましたよ……本当にどうしてしまったのですか急に……」
「何だ、まさか淫乱なコスプレをしようとしてたんじゃないだろうな……危なかったぜ、もしここで僕が見てなかったら今頃……」
「そんなの着たら追い出されてしまいますよ! もう……着替えますからちょっと待っていて下され……絶対覗かないで下さいよ?」
「鶴の恩返しかよ、心配しなくとも僕は覗くぐらいなら音だけを聞いて妄想を広げるタイプの男だ、つまり何の問題もない」
「完全に変態ではありませぬか……音を聞くのも無しでありますよ……」
「むう」
そう言うと虎尾は着替えを持ってバスルームへと入っていく。
「ふう……ここまで来ればもう大丈夫だろう……後は明日をどう行動するか考えていかねば……しかしまさかこんなにも世間が狭いとは……ん?」
あれ、そもそも僕は何でこんなことをしているんだ? いや連れてきたのは僕に違いはないが……そもそもコスプレさせる意味はないような……。
つうか泊まっている部屋のバスルームで着替えさせるってどういう状況だよ、どう考えてもこの後エロい展開にしかならない奴だろ。
「い、いかん、意識したら急にどうすればいいのか分からなくなってきた……」
こいつの変態トークは浴びるほど聞いてきたというのに、いざこうそれっぽい展開になると尋常じゃないぐらい緊張してくるとは……いや何もしないけども。
「と、とりあえず落ち着け……ここで動揺してしまっては変な空気になるのは必至、どんな姿で虎尾が出てこようともクールに対応する、そこが重要だ……」
とはいえこの状態から冷静になるなんて流石に無理が……だがここで童貞感を丸出しにしてしまうのも……うぐぐ……ど、どうすれば……。
「……ん? はっ! ……こ、これは……!」
◯
「ま、雅継殿……? き、着替え終わりましたぞ……」
「そうか、いいぞ、早く僕にその姿を見せてくれ」
「なぜゆえそんなにも強気なんですか……で、では……」
そう言うと虎尾は恥ずかしそうに僕の前へと現れる。
……ほう、マシュか、この夏のトレンドをよく抑えているじゃないか。
欲を言えばハロウィン仕様であれば言うことなしだったが、それをしてしまうと時間軸が歪んでしまうからな、そこは我慢してやろう。
「あの……何かコメントはありませぬか……黙って見ていられてはその……むず痒いと言いますか……」
「流石は一線で活躍するコスプレイヤーは素晴らしいな、凄く似合ってるよ」
「は、はひ……」
うむ、凄まじい効力だな、まさか虎尾が買い漁った薄い本に目を通すだけでここまで冷静になれるとは、そうか、これがリア充の見る景色だったのか。
……だがこの状況、一歩間違えればただの企画物だからな……ここまで己を制御出来ているだけでも正直褒めてあげたいぐらいである。
「そろそろいいでありますか……? ここまで見たらもう十分でありましょう?」
「そうだな……いや、とりあえず僕を『先輩』と呼んで貰おうか」
「へえっ!? そ、そこまでするのでありますか……?」
「ここまで来て何を言っている、やることはやらんとお前をわざわざここまで連れてきてコスプレをさせた意味がないではないか」
「雅継殿の変態度指数が分かるなら是非とも測りたいですな……」
「ふっ、残念ながら今分かるのはお前の好感度指数が存外悪くないってことぐらいだなあ……、何だ? 好感度だけに感度も良好ってか? ふふふ」
「どうやら測定しなくとも変態度指数は振り切っているようで……」
「いいから早く言うんだ、何なら言ってくれた暁にはお前の欲しがっている二日目以降の同人誌を並んで買ってやってもいいぞ?」
「ぐ、ぐぬぬ……し、仕方ありませぬな…………せ、せ、先輩……」
「駄目だ!」
「ええ……」
「もっと愛しさを舐め回すような声で言うんだ! 思い出せ! 水着姿で『せーんぱいっ(はぁと)』のシーンを! あれを見せてみろ!」
「あ、あう……せ、せーんぱい……」
「もっと笑顔で慈しむように!」
「せ、せーんぱいっ」
「もう一声!」
「せーんぱいっ!」
「グッド!」
いい……最高だ……思った以上にこう……胸に来るものがあるな、入道山の件といい初めて生きていて良かったとさえ思えてくる。
最早思い残すことはない……いやしかし膝枕をせずに死ぬ訳には――
「だがそこまでするのは……待て、でも今なら……」
「あな恐ろしや……雅継殿がただの性欲の権化に……ん?」
そうやって、妄想をこの後どう具現化させるか入念な脳内リハーサルを行っていると――突如扉からノック音が二度聞こえてくる。
「誰だこんな大事な時に……ルームサービスなんて頼んだ覚えはないぞ」
「はて……もしかして少し煩かったのでありましょうか」
「ううむ……それだと流石にこちらに非があるな……あまりに名残惜しいがそろそろ引き際ということか……」
「ほっ……それなら私は着替えてまいりますね」
「仕方ない……ここは素直に土下座をかましてやるとするか……はいはい、今出ますから少し待って下さいよ……っと――」
「お兄様、私来てしまいま――」
反射的に扉を閉める。
「お兄様!? どうなされたのですか! お腹が痛いのですか!?」
あれか、幸も不幸も等価交換という奴なのか。
いやおかしいだろ、だとしてもおかしいだろ、何で緋浮美がここに……あれか、柄にも無くテンションが上がり過ぎて頭がおかしくなってしまったのか。
だとしてもその幻覚で妹が見えるのはおかしいな、つまりドア越しにいるのは紛うことなき緋浮美ということになるのか、うける。
「妹よ、一つ教えてくれ……どうして家にいるはずの緋浮美がここにいるんだい」
「それは勿論お兄様が心配でしたから……お母様を騙く――にお願いして東京に旅行に来たのです、お父様にも会える丁度いい機会でしたから」
今この子どう考えても騙くらかしてって言ったよね、実の母親騙くらかしてお兄ちゃんに会いに来るってどういうことなの……。
というか何でこのホテルのこの部屋にいるって分かったんですかね、怖過ぎるんですけど。
「そうか……実にお兄ちゃん想いな妹だな、嬉しい限りだよ」
「お兄様……所でどうしてこの扉を開けてくださらないのですか?」
「」
随分とあっさり核心を突いて来る我が妹ではないか、ふ~お兄ちゃんを困らせるなんて悪い妹だな~全くも~ぷんぷんだゾ!
「……雅継殿? 何か問題でも起きましたか――」
「あー! あー! あー!」
「雅継殿!?」
「お兄様!?」
「あー! いやあ僕は幸せ者だあ! あはは! あはは! あはははは!」
そう言いながら僕は鬼気迫る表情で虎尾をバスルームに戻るように指示する。
流石に事の重大さに気づいたのか、はたまた頭がおかしくなったことに畏怖したのか虎尾はすごすごと戻ってくれたが問題は全く解決などしていない。
「お兄様! やはり具合が良くないのではありませんか……! 早くここ開けて下さい! 私が今診てあげますから!」
すまぬ妹よ、悪いが今お前をここに入れたら僕は診断を待たずして危篤状態となるのだ、だから悪いがここを通してあげる訳にはいかない。
くそ……まさか一日でこうも何度も修羅場に巻き込まれるとは……ラノベの主人公でもここまではないだろう……悪いが全く乗り切れる気がしない。
だがいつまでも扉を閉めていてはその内緋浮美に救急車を呼ばれかねんし……だからといってこのまま中に入れてしまえば腹部を開帳される恐れも……。
ふふ……まさに次回雅継殿死すってか、いや全く笑えんけど。
こうなったら……己を捨てでも最後の手段に出るしかあるまい……。
「緋浮美よ……今から言うことをよく聞いてくれないか」
「はい、どうしたのですかお兄様……」
「お兄ちゃんな、今全裸なんだ」
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