虎尾裕美はあなたがスキ? 9

「どうなってんだこれは……い、いやそれよりも――」


 何で前条瑞玄がこんな所に……? いや前条朱雀が実家に帰っているのだからそりゃいてもおかしくないかもしれないが……。

 だとしてもコミクラにいるのはどう考えてもおかしいし……何より犬猿の仲である筈の前条朱雀とあろうことかコスプレなど、一体何がどうなれば……。

 想定外過ぎる頭が真っ白になってしまっていると、噂を聞きつけたのか更に続々と人が集まりだし、初参加とは到底思えない程の人集りが形成される。


「とりあえず見つかったらまずい……離れて観察するとしよう……」


 それにしても随分とこなれているな……虎尾と出会う前はこういう世界は知りもしなかった筈なのだが……。

 カメコとの対応もきっちりしているし、これだけ人数が増えているのに全く慌てた様子がない、前条瑞玄は流石に困惑した表情ではあるが。

 ……そういえば前条朱雀は中学の頃はモテまくってたとか言ってたな……いやそれは今でも変わってはないが、扱いには慣れてるってことなのか。


「……そういえばあいつのこと、何処まで知っているんだろう……」


 前条朱雀が自分を語っているようで語っていないのも要因ではあるが――


「いや、それよりもやっぱり前条瑞玄がいるのが奇妙だ……一体どうして――」


「……あれ? もしかしてそこにいるのって……雅継君?」


 そんな風にして、双子の動向を監視していると、背後から突然僕を呼ぶ声が聞こえたので、焦った僕は口元を隠し声色を変え、必死になって誤魔化しを試みる。


「雅継……? はて存じ上げませぬな……一体何処の徳川家と勘違いを――って」

「やっぱり雅継君だ! 僕だよ、僕! 入道山由衣!」


 そこには、レムのコスプレをしたレムが立っていた。

 何を言っているのか分からないだろう、僕もよく分からない。

 だがはっきりと言えるのは、そこには嫁がいたということである。


「えへへ……コスプレしてるからちょっと分からないかな……? 人気アニメのヒロインらしいんだけど、僕アニメは疎くて……あれ? 雅継君?」

「主に好きです……結婚を前提にお付き合いして下さい」

「え?」

「じゃなくて! え? お前マジで入道山なの? 二次元から飛び出して来た天使とかじゃなくて? いやはやまた~冗談も程々にしろよこのやろ~」

「普通は逆だと思うんだけど……本当だよ? 学生証もあるしほら」


 そう言って見せられた学生証にははっきりと入道山由衣という文字が入っている……うむ、紛うことなき天使な顔写真だ、だが男? そんなことは知らん。


「お前が入道山だということはよく分かった、だが大事なのはそこではない、問題は何故パーフェクトにコスプレが似合っているのか、その一点だけだ」


 欲を言えばバストが欲しくはあるが、あのコスプレが映える虎尾や前条姉妹を差し置いてここまでのクオリティを叩き出す入道山は最早規格外でしかない。

 これぞまさに鬼がかり……おい大丈夫だろうな、この後イケメンの歌い手に連れ去られたりしないだろうな、そんなの僕が許さんぞ。


「雅継君大丈夫……? 顔色が悪いような気がするけど……」

「心配するな……僕が命を賭けてでも不貞な輩から守ってやるからな……」

「全然話が噛み合ってないんだけど……」

「はっ! あ、いや今のはあれだ、アニメでそういう台詞があった気がするからつい口走っただけだ、要するにそれぐらいそっくりって意味だ」


 いや多分言ってないけど。

 それにしても何と恐るべき魅力……美魔女が尻尾を巻いて逃げる程の魔女具合……まさにワルプルギスの夜という奴か……何いってんだこいつ。


「へーそうなんだ、これ友達が絶対似合うからって言われて着たんだけど自分じゃどれだけ合ってるのかよく分からなくて……雅継君がそう言うならやっぱり似合ってるってことなのかな? ふふっ……」


 そう言って微笑む入道山、アカンそろそろ理性が保てなくなる、ここ最近変人、変態としか会話してなかったせいか、この純朴さが胸に突き刺さりまくる。

 おお神よ、何故こんな罪な存在を生み出してしまったのか、七日間で世界を創る真似をするからこんなことに…………グッジョブやで。


「ところで雅継君はどうしてコミクラにいるの?」

「え? ああ……ちょっと知り合いに売り子を頼まれてな、お金も無いし嫌だといったんだが聞いてくれなくて、仕方なく来たって感じだよ」

「へ~、売り子だなんて凄いね、僕じゃ出来そうもないや」


 いや、その美貌を駆使して売りに行ったら一瞬で完売だけどな、寧ろそれで買わない奴は僕が許さないけどな。


「僕としては入道山がいる方が不思議でならんのだが、アニメも詳しくないみたいだし、はっきり言ってあれだが場違いというか……」

「ああうん、実は僕も友達に頼まれてきたんだけど、実家が千葉にあって丁度帰省の時期と被ってたからお願いされて来たんだよ」

「ふ~ん、千葉は名作の宝庫なのに詳しくないなんて勿体無いな」

「そういうもなの? まあ千葉に住んでる友達がアニメとか漫画に詳しくて、それで誘われていつの間にかって感じなんだけど……」


 随分と先見の明があるご友人であることだ、確かにこんな逸材放っておくのはあまりに勿体無い、実際虎尾も機会があればとは言っていたし。


「あっ……ごめんね、友達から連絡が来たからそろそろ行かなきゃ――でもまさか雅継君と会えるなんて、今日はラッキーだなあ……」

「ふっ、ふひ、それは僕も同じだよ……」

「そうだ! もしよかったら雅継君が売り子をするブースに遊びに行きたいんだけど……だ、駄目かな……?」

「えっ、あっ、いや、その……」


 おいやめろ、こんな純朴な少女を風紀が乱れまくっている世界へ誘うなんて言語道断ではないか、性の乱れが蔓延した世界に誘うなど畜生の所業だぞ! やめろ僕よ! 畜生に堕ちるな! 今ならまだ間に合うぞ!


「やっぱり……迷惑かな……?」

「い、いや……ぜ、全然迷惑ではないけども……」

「ホント!? じゃあ連絡先交換しよう!」

「え!? マジ? するする~! 何なら今すぐにでも連絡しちゃうわ」

「よかった~、じゃあまた行く時になったら連絡するからね!」


 そうして僕は入道山と連絡先を交換すると、別れを告げたのであった。

 画面に映るは、入道山たそのメルアド、電話番号、そしてSNSのID。

 そして一人呆然と立ち尽くす僕。


「…………ふっ、我が決断に一片の悔いなし」


「何を言っておられるのですか雅継殿」

「フォアッイ!!!! な、なんだ虎尾か……脅かすなよ……」

「別に普通に声をかけただけでありますが……」

「そ、それもそうだな……ところで欲しいのは買えたのか?」

「勿論。まあ流石に一人では買えなかったものもありましたが……夢中になり過ぎて雅継殿に頼むのをすっかり忘れておりました」

「頼まれても嫌ですけども」

「まあ最悪通販で買えばいいので構いませんが……その割に雅継殿は何も買われていませんが何をしておられたのですか? 自慰ですか?」

「性欲持て余し過ぎだろ、いや……ちょっと色々あってな、気づいたらこんな時間で買う余裕がなかったんだよ……」

「レイヤーをオカズしたいの分かりますが関心しませぬな……はて? それにしても、ここは随分と人の集まりが凄いですな、有名な方でもいるのでしょうか」

「えっ……そうかな……? 見てないからよく分からないが」

「またまた~プロスケベムッツリ階級の雅継殿が見てない訳があり得ませぬよ~隠さずともどうせ拡散されるのですから吐いてスッキリしなされよ~」


 いつから僕がそんな訳の分からんプロ選手になったのかは知らんが、ここで二人が鉢合わせになるのだけは絶対にまずい……。

 虎尾は気づかなくとも、前条姉妹から見たらこいつはそのままの姿なのだ……つまり邂逅した時点で僕の作戦が全てバレてしまうことになる……。

 何としても引き離さねば……こうなったら――――


「さあさあ! 観念して雅継殿のお気に入りのレイヤーを見に行きましょうぞ!」


「いや、僕はここにいるどのレイヤーよりも、虎尾のコスプレが見たい」


「……は? いやいや私はいつもしておりますし、何なら二日目は参戦予定ですからどうせ後で見れますし、必要性が皆無でありますよそれは」

「それは違う、僕は誰よりも先に見たいんだ、虎尾の……晴れ姿を」

「え……雅継殿だけが……ですか……?」

「ああ、駄目か?」

「あ、いや、その……駄目では……ありませぬが……」

「そうか、なら早速ホテルに戻ろう」

「え、ちょっと、雅継殿! そ、そんな急に引っ張らないで下さい……その台詞はどう考えても卑猥さしかありませぬよ……」


 よし、何だかよく分からんが危機的状況は脱した気がするぞ!

 何故か虎尾がしおらしい気もするが、今はここから逃げるのが先決……!


「お前のコスプレ……楽しみにしてるからな!」

「は、はい……」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る