前条瑞玄はあなたがキライ 12

「…………またお前か」


 僕は後ろ振り向かないままそう応える。


「そうだけど、あれ? もしかしてご機嫌斜め?」

「……そりゃ、勝利の余韻に水を刺されたらな」


 いや、本当は余韻なんて大層なモノに浸れてなどいない。

 どころかこれ以上ない疲労感に襲われていると言った方が正しい。

 そんな状況で最も危険な女が来訪したとなれば、機嫌も悪くなる。


「それで? 僕のして来たことは全てお見通しってか? そうだろうな、じゃないとそんな軽快な口調で話しかけてきたりはしないしな」

「んー、流石に全部分かってないけどね、でも大まかな部分は大体」

「覗きなんて趣味の悪い女だ、彼氏の携帯を無断で見るような奴は嫌われるぞ」

「でも君は彼女いないよね?」

「…………ほっとけ」


 何でこう世の中は彼女がいれば勝ち組とかいなければ負け組とかいうレッテルを作りだしたのか、せめて子孫繁栄を成し遂げてから勝ち誇って欲しいものである。

 ……まあ今のは僕が自爆したんだが。


「でも君の様子をずっと見てた訳じゃないよ? 私だって色々手伝わないといけないこととか、何より競技に参加しないといけなかったし」

「……なら何処で気づいたって言うんだよ、実際僕はお前が後を付けていないか一応注意は払っていたんだ、重要な話を聞かれていない自信ぐらいはある、それこそ盗聴器でも付けて盗み聞きされない限りはな」


「そりゃあ、前条朱雀さんが三着でゴールした所以外にあり得ないよ」


 盗聴器でも付けていれば、もっと楽だったろうけどね、と飄々と応える彼女。

「…………やっぱりそうなるのか」

「私は水泳に詳しくもないし、前条瑞玄さんからそういう話を聞いていた訳でもないけど、仮にも全国大会に出場経験のある子が、低レベルな藤ヶ丘高校水泳部に、しかも二人に負けるっていうのは流石に有り得ないよね」


 ブランクがあったとしても、有り得ない。


「それで今まで疑問になっていた点が結びついたって感じかな、私達のクラスでここ最近不憫な扱いを受けていたのは君しかいないし、君しかいないかなって」


 流石にあれはやり過ぎだったかもね、と阿古龍花はそう言ってのける。


「……大した洞察力だよ、大概の奴は接戦に盛り上がってただけだってのに」

「そう思うのが普通だよ、ただ私達のクラスはそれなりにスポーツ堪能な生徒が多かったから、初めから接戦にはならないと私は踏んでたけど」

「……参ったな、その時点から異変を察知していたのか」


 大した奴だ、いやただ単に賢いだけでなく、クラスとのコミュニケーションを円滑に図れていた彼女だからこそ気づけたと言うべきなのか。

 くそ、綱渡りとも言うべき作戦であったのは事実だが、それでも高校生程度の思考力なら隠しきれると思っていたのに……やはりこいつは普通とは違う。


「……で?」

「で?」

「全てを知って、僕が体育大会を操作していた事実を知って、それからどうするつもりなんだ? 真実を白日の下に晒し、僕を断罪でもするか?」


「……ああ、そんなことを気にしていたんだ、別にするつもりはないよ?」


「…………何だって?」

「確かに私は正義感が強いとか、委員長になるべくして産まれたような子とか言われたりするけど、別にそんな人助けが趣味みたいな変態じゃないからね?」

「へ、変態って――」

「私が風紀を正そうとするのは、単純に乱れた空気が鬱陶しくてムカつくだけだから、そうなったら真面目キャラでいるのが一番手っ取り早いでしょう? 後はそれなりにフレンドリーにしておけばある程度制御は効くようになるもの」

「お前……」

「あ、こういことは他の生徒には言っちゃ駄目だよ? 勿論前条朱雀さんも、虎尾さんにもね?」

「……ならどうして僕にはその事実を――」


「やっと面白い人を見つけたから」


「は――何言って」


「自分を守るために異常なぐらい入念な作戦を練って、挙げ句の果てには自分に好意を寄せている人さえも平気で駒にするクズ人間が、しかも高校生にいるなんて面白い以外の何者でもないと、そう思わない?」


「…………」

「だからそんな貴重な人材を糾弾するよりは、野放ししている方が絶対に面白いと思ってね、私的には自己犠牲を信条にする主人公よりはずっと好きだよ?」


 そう言って彼女は屈託の無い笑顔を見せる。

 ……好感度指数に下降傾向はない、どころか少し上がっているのか、これは。


 つまり彼女は嘘偽りなく、この状況を楽しんでいやがる――


 ……見誤った、いや、完全に騙された。

 こいつにとって真面目キャラは人間観察をする為の必要条件でしかなかった、そして僕を注視していたのは警戒ではなく純粋な興味、ただそれだけ。

 目に見える退屈な世界を、あくまで自分の手から壊しはしない。

 普通じゃない……好感度を変動させずにこんなことが何故言える。


「お前……狂ってるな」

「そうかな? 寧ろ誰にでもある普通のことだと思うよ? 例えば近所で事件が起こったらそこには野次馬が集まるでしょう? それは人が潜在的に普通じゃない出来事を求めている生き物である裏返しだと思うの」

「要するに非日常が欲しいってか? 異世界にでも行きたいのかよ」

「傍観者であれるならそれもいいかもしれないけどね、でもやっぱり現実の中で壊れ行く世界をぼんやり眺めている方が、私は良いかな」

「はっ……笑えない冗談だな」

「ま、何にしても言いふらす真似はしないから心配しないで、寧ろそれで君が萎縮しちゃって、当たり前の日常を壊さなくなったら、つまんないしね」

「あの部室にいなくてもお前は口の悪い女だよ」

「現代歴史文学研究会のせいじゃなくて、君のせいだったみたい」

「悪いが僕は自分の身を案じて保身に走った結果がこうなっただけの話だからな、だからお前にクズ呼ばわりされる筋合いはない」

「それがクズだって世間一般では言うんだけどね、普通ならまず友人か、親や先生に相談するものだし……まあだから私は君に期待しているんだけど」

「何を言われようが僕はお前の思い通りにはならないからな」

「するつもりもないから大丈夫だよ、私だって君を敵には回したくはないし――何ならその証拠に盗聴をしていないか調べてみてもいいよ?」

「……いいよ、お前が何もしないってんなら僕はそれでいい」

「せっかく身体をまさぐれるチャンスだったのに勿体無い」

「僕の周りには変態しかいないのか」


 いやまあ揉みたいけども……見栄を張った以上訂正出来んだろくそったれ。


「ま、君がいいならいいけど――さてと、面白い話を聞けたことだし、そろそろ私も歓喜の輪に戻らないとね、君が作った偽りの輪に」

「――ああ、さっさとそうしてくれ」

「じゃあまたね――――あ、そうだ一つ言い忘れていたんだけど」

「何だよ、まだ何かあるのか」


「もしね、前条瑞玄から受けていた嫌がらせが、嫌がらせじゃなかったのだとしたら、君は今までしてきたことを肯定出来る?」


「…………お前が何を知っているのか微塵も興味がないが、仮にあの女がしてきたことが善意だろうが、未来に不安を覚えるほど不快な思いをした時点で、僕の行為は無条件で肯定される、それだけだ」

「うん、それなら問題ないかな、余計な心配だったね」

「ああ、全く以て余計なお世話だ」

「それじゃあ今度こそ私は先に戻るね、皆ヒーローの帰還を心待ちにしてるよ」


 そうして阿古龍花はようやく僕の前から姿を消したのだった。


「……くそったれ、何だこの気分は」


 多少のトラブルはあったとしても、僕はオペレーションMを完遂した。

 危機から脱する為に最善を尽くし、安寧をこの手にした筈。

 だというのに――

 は……クズか、だったら最初から僕にこんなことを仕掛けなければ良かったんだ、そうすれば今頃三組は圧倒的優勝で誰も不幸になんてなりはしなかった。

 誰が何と言おうと僕はただ逆境に抗っただけ、そこに以上も以下もない。

僕の意思に変わりはない、だが気分が一向に晴れる様子もない。


 ――弱いな僕は、正義になるにも悪になるにも、あまりに器が小さすぎる。



「これじゃあ、一生物語の主人公にはなれそうにないな」

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