彼女はバレンタインがスキ? 02

●入道山由衣の場合


「ま、雅継君……きょ、今日が何の日か、し、知ってる……?」

「はて……何の日だったかな?」

「え? 知らないの……?」

「ふっ、なんたってクリスマスの日付すら僕は知らないからな」

「それは流石に知っておいた方がいいと思うけど……」

「それで、今日は一体何の記念日なんだ?」

「じ、実は今日はバレンタインデーって言って――」

「ふむ、聖ウァレンティヌスが殉教した日だな、巷では菓子屋の陰謀に踊らされてメスがオスに求愛行動をする日などと言われているが、実に不快な事だよ」

「そ、そうだよね……でもね、最近は告白するよりも日頃の感謝みたいな感じであげる友チョコの方が主流になってきてるんだって」

「なる程な、でもそんなこと言ってちゃっかり本命には特別なチョコを上げちゃったりするんだろ、まあ友も本命もない僕には無縁の話ではあるが」

「う……も、もういいよ……はあ、折角作ってきたのになあ……」

「……なんだと? それは幾らで購入出来るんだ」

「え?」

「一万か、五万か、十万までなら親に土下座をしてでもお金を借りて購入するぞ」

「え、いや、あの……べ、別にお金を取ろうだなんて思ってないんだけど……」

「なん……だと……? そんな恐ろしいことがこの世にあっていいのか……?」

「恐ろしいも何もチョコをあげるのがバレンタインデーだし……」

「タダより怖いものはないというのに……まして入道山たそ――入道山から貰えるチョコがタダであって良い筈がない! 詐欺か!? 黒詐欺なのか!?」

「ええ……?」

「もしこれが本当だとしたらバレンタイデーとは神が許した人間への至高の日と言わざるを得んな……」

「さっきと言っていることが百八十度変わっているんだけど……」

「して、その入道山の生手で生成されたチョコとやらは一体何処に……」

「表現が生々しすぎるよ……え、えっと、ほら、これ……」

「おうふ……ほ、本当に良いのか!? 僕如きがこれを頂いてしまっても良いのか!?」

「う、うん……雅継君が喜んでくれたら良いんだけど――」

「ヒャッホー! 今日ほど神に感謝した日はないぜ! 真空パックで僕が命を落とすその間際まで保管させて貰うからな! これで向こう十年は戦えるぞ! サンキュー入道山! ホワイトデーは絶対お返しするからな!」

「う、うん」

「さーて、取り敢えずは虎尾を煽りに行くとでもするかな~――」


「……ふう、良かった渡せて……」


●緋浮美の場合


「お兄様、お兄様のような素晴らしいお方では、穢らわしいメスからウンコ同然のチョコを沢山貰っていることでしょう、私は非常に心苦しいです」

「緋浮美、流石にチョコをウンコ呼ばわりするのはどうかと思う」

「ああ……どうして神様はお兄様を私のお兄様に選ばれてしまったのでしょう、お兄様がお兄様でなければ、私は毎年こんな辛い想いをしなくて済みますのに」

「おかしいな、お兄ちゃんがチョコ貰ってる姿なんて世界線を跨いでいたとしても目にすることのない光景だというのに」

「でもいいのです。私はお兄様がメスからチョコを貰って喜んでいるのなら、それは私にとっても幸せなこと、ぐぎぎ……」

「本音を制御しきれてないんですけど」

「ということでお兄様、今年も愛するお兄様の為に本命チョコを作りました」

「ミス情緒不安定」

「お兄様のことを想うとどうしても血液を隠し味にしようか迷ったのですが……一週間寝かせた唾液で我慢しておきました……申し訳ありません……」

「え? やだ、何でそれが普通になってるの、怖い」

「え? 取れたての唾液の方がお好みでしたか?」

「うーん、お兄ちゃんどっちにしてもお腹壊すと思うなー」

「ではお兄様、このチョコを口移しで食べて頂けますか」

「唾液オン唾液」

「安心して下さい、DNAは同じですよ」

「履いてますよみたいに言われて食べる奴おる?」

「お兄様……そんなに私が作ったチョコを食べたくありませんか……?」

「身の安全を確保出来ていませんからねえ」

「でもいいんです……私はお兄様がいつも傍にいてくれるだけで、それだけで幸せなのですから……チョコなんて飾りに過ぎません」

「急に謎にポジティブになるからお兄ちゃん不安になる」

「さあお兄様、そろそろ夕飯にでもしましょうか」

「ん? 確かにもうそんな時間だが……いやでも本当にいいのか?」

「? 何がですか?」

「ああは言ったが緋浮美が折角作ってくれたチョコを食べないなんて真似、お兄ちゃんしないぞ? 尻から生チョコを錬成する覚悟ぐらいはあるぞ?」

「いいのです、私も少し度が過ぎました、お兄様を想うあまり自分の気持ちが先行してしまったと言いますか……その、申し訳ありませんでした」

「いや……僕も何かごめんな、お兄ちゃんも少し言い過ぎたよ」

「お食事は楽しくないといけませんから、これぐらいにしてそろそろ食べましょうお兄様、今日はお兄様の好物を沢山作ったんですよ」

「ふふ、全く緋浮美は、毎日お兄ちゃんの好きな料理ばっかり作って――」


「見てください、チョコレートご飯にチョコレートスープ、チョコインハンバーグにサラダのチョコドレッシングがけ、秋刀魚のチョコ焼きにチョコの――」


「ジーザス」

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