纐纈・ソフィア・雪音はあなたがキライ? 3

 机を七つ囲んで設えられたスペースの角で彼女は身を小さくして座っていた。


 まるで話しかけないで下さいとでもアピールしているかのように。

 俯き加減のその姿勢からは表情を伺うことが出来ず、シルバーにも見える髪質に編み込みの入ったロングヘアーがより一層素顔を隠してしまう。

 纐纈・ソフィア・雪音……か、エヴァにいてもおかしくない名前だなホント。

 目立ちたくないという方が無理のある話な気がするが、それでもここまで空気に徹していられるのはある意味才能とも言える。


「あ、君が雅継君だね」


 そんな彼女の様子に意識がいってしまっていると、一人の男子生徒が馴れ馴れしく下の名前で呼びかけてくる。


「初めまして、俺は櫻井 俊輔(さくらい しゅんすけ)、体育祭での君の活躍は他のクラスでも有名になっているよ、宜しくね」

「あ、え、こ、こちらこそ……」


 な、何だこのジュノンボーイにいそうなイケメンは……。

 襟元まで伸びたサラサラヘアーに不潔感は一切なく、日本人離れしたくっきりとしたその目は雰囲気イケメンなど眼力だけ殺せそうな美しさ。

 女子の股間を濡らす為だけに産まれてきたみたいな顔だぜこりゃあ……。

 そういえばいつしか虎尾の奴が言ってたな……二年一組にはサッカー部のエースで全ての男子の希望を打ち砕く生徒がいるって……。

 性格も非の打ち所がなく成績も優秀、僕とは住む世界が違うと馬鹿にされていたが……この顔は確実に前世で世界を救っている。


「しかもあいつは……」


 櫻井の奥でいぶし銀のオーラを放つ、短髪ヘアーに鋭い眼光が似合うあの男は黄金世代の野球部の中でも異彩を放っているというエースピッチャー(虎尾談)……。


「おいおい、ちゃんと挨拶してやれよ、雅継君が怖がってるだろ」


「…………煙草 篤志(えんぐさ あつし)だ、宜しく」


 櫻井とは違いザ・男という雰囲気を漂わせているがその出で立ちは百八十センチある身長からも女子から包容力がありそう、とかなり人気が高い……。

 一部の男子から『俺、禁断の扉を開きそう』とまで言わしめた男の中の男。

 まさか学園の二大アイドルを同じ班に集わせるとは……國崎会長の奴……まさか僕に総受け展開でも期待してるんじゃねえだろうな……。


「いやーごめんね雅継君、こいつ前の体育祭で君に負けたこと結構悔しいみたいでさ、得意な水泳で三位だったのが納得いってないみたい」

「俊輔、余計なこと言うな」

「あはは、ごめんごめん――ま、篤志の奴いつも怖い顔してるけど悪い奴じゃないからさ、折角同じ班になったんだし仲良くしてあげてね?」

「お、おういえ……」


 あまりの聖人オーラに立ち眩みしてしまいそうだ……これがスクールカースト上位の人間か……。

 学園生活に命を賭けているとしか思えないレベルの綺羅びやかさに、僕はセルにエネルギーを吸われて消える寸前の人間みたいな顔になっていた。


「纐纈さんも入れてこれで四人か、ウチの班は七人だから後三人来る筈みたいだけど――っと、来たかな、おーいこっちこっち」


「あっ、ごめんごめん遅れちゃってー、準備してたら時間が――って、げっ」

「ごめんなさい、先生の説明が長くなっちゃって――って、雅継君?」

「…………」


「なんでやん」

 何で前条瑞玄と入道山たそと、功刀が一同に介しているねん……。

 い、いや入道山たそはいい……この暗黒の大地に一輪咲く花のようなものなのだから……これを僥倖と言わずして何と言うのか。


 だが残りの二人がヤバい。


 どちらもオペレーションMの犠牲となった二人じゃないか……、僕が最も会いたくない人間トップ二とトップ五を用意するなど正気かあの女は。

 纐纈をどうかする前に僕がどうかしてしまいそうである。

 しかしそんな僕を余所に前条瑞玄は僕を一度睨むとすぐ櫻井へと笑顔を向け楽しそうにお喋りを始め出す。


「櫻井君久し振りー、この前のカラオケ以来だったっけ?」

「瑞玄も久し振り――と言ってもカラオケも二週間前ぐらいでしょ? それに普段はグループラインで会話してるじゃん」

「いやそうだけどさー、櫻井君最近付き合い悪い所あったしねー」

「大会が近くてね、二年生で十番を背負わせて貰っている以上先輩に迷惑かける訳にもいかないからさ、また大会が終わったら遊びに行こうよ」

「ほんと? じゃあ今度三宮に遊びに行く予定があるんだけど櫻井君も一緒に行こうよ――あ、もしかしてあっちゃんも同じ班? 相変わらず堅物だね~」

「うるせえ」

「あっちゃんも時間あったら三宮行こうよ、野球部の子も行きたいって言ってるし、野球馬鹿なのもいいけどたまには息抜きしなきゃ」

「……気が向いたらな」

「バレー部とかテニス部の女の子も誘ってるから、絶対楽しいよ!」

「…………」


 お、お、怖気が走る……。

 これが青春謳歌組の人間の会話なのか、あまりに自然過ぎて言葉が出てこない。

 いつも口を開けば下ネタしか言っていない我々とは会話すら許されない雰囲気さえある……というか前条姉妹はよく姉妹が成り立ってるな。


「そういえば瑞玄と雅継君は知り合いなの? さっき会った時瑞玄が驚いたビックリした反応してたけど――」

「……は? いやないないない! ないに決まってるじゃーん、逆にどうやったらこんな男と知り合うのか教えて欲しいぐらいなんですけど」

「歩くセックスみたいなコスプレしてた奴がよく言う――んぎいいっ!?」

「ま、雅継君、どうしたの……?」

「えーやだー、椅子の角に足ぶつけちゃったの? 大丈夫ー?」

「ギギギ……」


 こ、こいつ……一ミリも容赦のない蹴りを脛に入れやがって……蹴っていいのは蹴られる覚悟ある奴だけって親から習わなかったのか……。

 まあ逢花の蹴りなら蹴られる覚悟しかないけどな。


「てめえ何でそれを知ってんだよ、殺すぞ」

「ふ、ふふふ……お前の思い通りにはならないという意思表示だよ……」

「朱雀の奴……いいか、朱雀がお前を許しても、私は絶対に許さないからな」


 そう言い残すと前条瑞玄は櫻井へと向き直り会話を再開する。

 ふっ……どれだけ威圧しようがお前は一度僕に屈しているんだ。

 その恐怖は簡単には拭えまい、下手をすれば今度は何をされるか分からない、そのブレーキがある以上易々と手出しは出来ない筈……。


「陶器美空に比べればお前なんて雑魚なんだよ……」

「ま、雅継君大丈夫……? 瑞玄さんに脛を蹴られてたけど……」

「な、なあにちょっとした戯れさ、寧ろ気持ちいいまである」

「ええ……な、何かあったらいつでも言ってね! 僕は雅継君の味方だから!」

「にゅ、入道山……そなたは聖母マリアの産まれ変わりか」

「いや僕男なんだけど……」


 しかし実際入道山が一緒なのは幸運でしかない、彼女がいなかったら僕は完全にアウェーだったからな……ここまで心強い味方もそうそういない。

 無論、何も起こらないのが一番ではあるのだが……。


       ◯


 さて、現状を整理しよう。

 教壇ではCグループの引率である担任が京都での校外学習の説明をしているがそんなことは僕にとってどうでもいい。


 まずここには七人の生徒がいる。


 僕、入道山、前条瑞玄、功刀、纐纈、櫻井、煙草の七人だ。

 好感度指数で言えば75%、-70%、-30%、20%、40%、0%。

 櫻井の好感度指数が高いことに多少の驚きはあったが、恐らく誰に対しても無関心という姿勢は持たず、興味を持って接する性格だからだろう。

 そういう意味では煙草は真逆、野球以外は興味もないといった感じか。


 そして、功刀の好感度が低いことに関して予想通り。


 あれだけ前条朱雀に固執している女だ、多少なりとも僕と前条朱雀の関係性を見抜いていると見て間違いはない。

 その上で敢えて素知らぬ振りをしているのであれば今後功刀側から何か仕掛けけてくる可能性は高い……用心はした方がいいだろうな。

 入道山、前条瑞玄は言うまでもないので割愛。


 ……さて、問題は纐纈だが……。


 好感度で言えば必ずしも低い訳ではない、つまり國崎会長から僕のことは紹介されていると見ていい。

 だが……だとしても顔すら合わせてくれないのでは彼女に近づく手段が思いつかない、何かきっかけさえあればいいのだが……。

 少女漫画の主人公並のスペックを持つ櫻井でさえあの手この手で話しかけてはいるが、最早シカトのレベルの返事しかしていない。

 櫻井であぐねているというのに、前条朱雀みたいな清純派公然猥褻ぐらいとしかまともに会話が出来ない僕に方法なんて――


「――――っと?」


 そうやって頭を悩ませていると、ポケットからバイブ音が鳴り響いたので、電話かと思った僕はこっそりスマホを取り出す。

 可能性としては前条朱雀か緋浮美の二択しかないが、はて……。

 そう思いながら内容を確認すると――



 件名:めせたがづぬぢさけ? ↓↓


 KRXNDJR RNXMR QL NLWHNXGDVDL


 3301


 TME LMT 20XX/09/13 17:00 愛+



「……え、何これ怖っ」

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