纐纈・ソフィア・雪音はあなたがキライ? 2

 意外にも、最初にその不満を口にしたのは前条朱雀であった。


 無論、神奈川の発言に誰もが不平不満を抱いていたことに違いはないのだが、よもやクラスではおしとやかなお嬢様を気取っている彼女が真っ先に反論をするとは誰も思っていなかっただろう。

 まあ、僕もまた動揺した人間の一人なのだが。


「……ほう、理由を聞かせてもらおうか、前条妹よ」


「理由を訊きたいのは私の方です神奈川先生、何故校外学習の班決めを全生徒を引っ括めて無作為に班割りする必要があるのですか」


 確かに、校外学習という実質遊ぶためのイベントで何故全生徒をバラバラにして班決めをする必要があるのか、あまりに突然と言えば突然ではある。

 とは言えそれを提案したのは他ならぬ國崎会長なのだが……まさか教師経由でこんな大胆な正面突破を仕掛けるとは。


「ふむ、例年通りであれば各クラスで自由に班を決めるからな、不服に思う気持ちは分からんでもない、だがどうだろう前条妹、果たしてこのやり方に不都合は生じているだろうか?」

「教師としては大変でしょう、生徒の管理は他クラスの生徒が絡むより自分のクラスだけを見ている方が緊急時の対処も早い筈です」

「成る程、間違ってはいないな、しかし前条妹、それはあくまで教師の立場で生じる問題に過ぎない、グループ別に班の管理を行い、しっかり生徒の顔も認知させておけばさしたる問題ではないよ」

「ですが計画を立てる際にクラスが違っては色々と面倒が増えるのでは」

「校外学習までには三回ホームルームの時間を取って班ごとで計画を立てる機会を与えるつもりだ、問題は介在しない」

「そ、それはそうですが……」

「考えても見給えよ、校外学習は遊びではないんだ。読んで字の如く『校外』で『学習』をする機会でしかない、ならば同じクラスメイトである必要が何処にある?」

「……それなら普段の授業も同じクラスである必要はないのでは」

「それは屁理屈だ、集団生活も一つの目的である学校という場において毎回生徒をバラバラにするメリットがない、それこそ管理体制が崩壊するよ」

「ならどうして校外学習のみ生徒をバラバラにする必要があるのですか」

「……前条妹、君は馬鹿じゃないんだから分かっている筈だろ、私達は形骸化したこの校外学習のあり方に危機感を覚えているんだよ」

「ただ郊外で学習をするだけの行為に危機感など微塵もないと思いますが」

「あるんだなこれが、一番の問題は学習と言う名目を忘れ馴れ合い、遊び呆ける生徒共の多さだ、それもそうだろう、仲の良い者同士で班を組めばそんな結果になるのは自明の理だからな、寧ろ今までが放任し過ぎたとも言える」

「それは……そうですが……」

「本来の目的を忘れられては困る、勉学を教える立場である教師としてそう思うのは当たり前のことだ、だからこそ対策を講じた、何か異論はあるか?」

「…………いえ、何もありません、すいませんでした」

「前条妹にしてはらしくない発言だったな――さて、他に今回の方針について異論がある奴はいるか? あるならいつでも受け付けるぞ?」


 そう神奈川は高らかに言うが誰一人として手を挙げる生徒はいない。

 当たり前だ、学年トップクラスの前条朱雀がこうもあっさりと言いくるめられて次は自分が! と出てくる間抜けなどいる筈もない。

 それに……本当は前条朱雀の考えは神奈川と一致していた筈、だからこそ思うように言葉が出てこなかった。

 感情的に振る舞えれば暴論で押し切ることも出来ただろうが……そもそも神奈川と対立したこと自体彼女にとってはかなりの無謀だったに違いない。

 そうまでしてクラス単位での班分け拘った理由は――


      ◯


「あのクソアマ」

「絶望的に口が悪い」


 授業が終わり、部室で相変わらず薄い本をめくり続ける前条朱雀だったが、乱読せん勢いで机に放り出された同人誌の数を見ると大分ご機嫌はななめのようだ。


「まあそうは言っても神奈川の言っていることは間違ってはいないからな、黙認してきた誤ちを正すというのであれば反論の余地はねえよ」

「……そうね、そこは認めざるを得ないわ、ただ――」

「ただ?」


「どうにも私には、何か別の力が働いている気がしてならないのよね」


 唐突な核心を突いた発言に、変な声が出そうになるのを必死に抑える。

 まさかあのやり取りだけでそこまで勘付いたのか……? いや、流石は前条朱雀と言うべきなのかしれないが……。

 彼女がどこまで気づいているかは分からない、僕はもう少し探りを入れることにする。


「……別の力と言ってもこういうのは教師が決めるのが当然の話だろ、それとも保護者がクレームを入れたとか、そういう話か?」

「保護者……現実的に考えればそれが一番可能性が高いのだけれど、私としてはそんな単純な話でもない気がするのよね……」


 そう言いながら机の上に足を乗せて、薄い本を読み続ける前条朱雀。

 こいつ元から言葉の節操はないけど、機嫌が悪くなると意外に態度も節操がないんだな…………その癖にパンツ見えないし。


「私がそんなにパンツを安売りする女だと思ったら大間違いよ」

「おやおや確信犯でございましたか」

「因みに今日のパンツの色はピンクよ」

「そこはバーゲンセールなのね」

「お腹が空いたらいつでも言って頂戴ね、口移しで食べさせてあげる」

「頭おかしいのかな?」


 まあこれこそ前条朱雀ではあるのだが、何処か遠くを見ている目を見ると内心は色々考えを張り巡らせているのだろう。

 まさか國崎会長が裏で手を引いていることまではたどり着いていないと思うが……この様子だといずれそこまで気づきそうだから油断ならない。

 これ以上詮索されない為にも、僕は話題を転換させる。


「それにしても、何でお前はクラス単位での自由な班決めに拘ったんだ? 正直に言ってらしくないと言えばそう思われても仕方ない気がするんだが」

「そんなのまーくんと一緒に行きたいからに決まっている、それが一番の理由に違いなはないけれど――」

「けど?」

「虎尾さんとの仲を取り戻せる貴重な機会だと思ったから」

「それは――――」

「彼女を心の底から許す気持ちにはなれないけれど、それでも彼女に非がある訳でもない、だからちゃんと話をしたいの、私にとっても大事な、大事な数少ない友達であるのに、違いはないもの」

「…………」

 陶器美空に対しても放ったその言葉、その言葉に嘘偽りはない。

 確かにこのままズルズルと行けば、距離はどんどんと離れてしまう。

 そんな状況に恐怖がないと言えば、それは嘘になる。

 それなのに、それなのに僕は。


「――ああ、僕も同じ気持ちだよ」


 逢花に、國崎会長に、前条朱雀にこんなにも背中を押されているのに。

 記憶が、過去が僕を強引に引き寄せて、こう囁くのだ。

『逃げてしまえば、楽になるのに』と。


       ◯


 それから数日して虎尾は学校に姿を現した。


 特別変わった様子もなく、至って元気そうな姿に、僕も前条朱雀も一安心はしたのだったが――


 彼女はまるでそこに僕達がいないかのように振る舞いを見せたのだった。


 このクラスに僕と前条朱雀など初めから存在しない、そんな態度。

 事情を知らない友人とは楽しそうに話すが、僕達には目線すら向けられない。


 これが彼女の意思表示。


そう思うと楽になれという誘惑がより一層強くなってしまい、それでも必死になって否定しようとするが。

 もう僕の心は、完全に折れかかってしまっていた。



 そんな先の見えない日々の中、國崎会長の提案によって決められた、全クラスをアトランダムに割り振られた班の顔合わせが初めて行われた。

 僕が所属する班はCグループということで、神奈川の説明で指示された多目的ホールへと向かうと――


 そこには、到底アトランダムとは言えない面子が顔を揃えているのだった。

國崎会長……学園の全てを支配しようとせん女、誇張ではなくやはり彼女は油断ならない――


 そして僕は思い知ることとなる。

纐纈・ソフィア・雪音(こうけつ・そふぃあ・ゆきね)との出会いが、彼女の思惑の足掛かりになるという事実を。

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