龍田ひかりはあなたがスキ? 16

 それから数日が経って。


 僕、前条、明音、そして蒼依さんという少し異色な感じが漂うメンバーが現代歴史文学研究会にいた。

 余談だが明音に関しては既に前条に説明済みである、というより蒼依さんがその日の内に調べ上げ報告していたらしい、流石は優秀なメイドである。


 蒼依さんについては完全に無断で敷地内に入っているのだが……まあ彼女のくノ一スキルであればそう簡単に見つかることはないだろう。


 ともあれ。

 あれだけいつも重い空気が漂っていたこの部室が、いつになく人数が多いお陰か、心なし呼吸がしやすい環境に変わっているのは事実だった。


「まずは皆に感謝するよ――それと後はごめん、我儘に付き合わせてしまって」

「まーくんのお願いだというのに断る理由なんてある筈もないじゃない、それに元よりこれは私が言い出したことなのだから」

「朱雀様そして雅継様、そして逢花さんのお願いですから当然ですね」

「逢花さん……?」

「あ、いえ、朱雀様」

「まあまあ、私達は雅継くんの気持ちに賛同して集まっているんだから、何も気にすることはないって」

「悪いな、そう言ってくれると助かるよ」


 同じ轍は二度と踏まない、ここ最近は徹底して情報の収集を行ってきた。

 僕と前条で龍田を守りつつ、彼女から直接話を聞き、蒼依さんには僕達がいない間の龍田の周囲の監視、更にその詳細を明音が調べる。


 一切の見落としをしない為の情報収集、お陰で少しずつ分かってきたこともあった。


「まず最近気づいたことではあるんだが、龍田はどうして自分が今の状況に陥っているのかを多分理解していない」

「それは私も思ったわ、でもそれは今までと変わらない生活を送ってきたのに突然そうなったからだと思うの」

「おまけにその根源となる人は上級生ですからね、事態はあくまで間接的に起きているので余計に理解が出来ないでしょう」

「でも常套手段なんだよね、人を使って対象をいたぶる、あくまで自分は部外者なフリをして、力はあるけど保身を考える人にありがちなタイプだよ」


 有識者である明音がつまらない顔をして答える、山のように人の闇を見てきた彼女からすればとてもありふれた風景なのかもしれない。


 上級生は大学受験を目前に控えてもいるからな、これが要因で内申が下がるようなことはしたくないのだろう。


「だが、直近の問題としてはそれが要因で龍田は、被害者であるにも関わらず決して億面に出さず、笑顔を崩さず生活していることなんだ」

「……? それは問題ないんじゃないかしら? 心苦しくはあるけれど」


「加害者っていうのはさ、分かりたくもないが相手が苦しむ姿を上から見下ろして楽しむもんだろ、でもそれだと龍田はまるで気にしてないように見えるんだ、さすればどんな気分になると思う?」


「成る程……火に油という訳ですね」


 僕はこくりと頷く。

 効いていないなんてこと程相手からすれば腹の立つことはない、寧ろ屈辱感は増すばかりと言っても過言ではないだろう。


 つまり必然的に行動はヒートアップしていく、今はまだギリギリ大丈夫だが、いずれ到底許されない悲劇となる瞬間が訪れてもおかしくはない。


 だからこそその前に……と思っていると前に座っていた明音が口を開く。


「――でもさ、それが必ずしも悪い方向に流れている訳でもないんだよね」

「……どういう意味だ?」


「集団心理とは言うけど元はさ、私が調べた限り同級生の子達とは仲が良いんだよ、龍田さんは私の目から見ても容姿を超えた素晴らしい人柄を持っているから――つまり本音を言えば同級生達は加害者側になんてなりたくはないんだよ」


「でもその気持ちがあっても被害者にはなりたくない……だろ?」

「うん。でもさ、龍田さんが被害者らしくしてくれればいっそ楽なのに、それでもいつもと変わらず接して来てくれるんだよ、同級生の立場だったらどう思う?」


「……徐々に、罪悪感に苛まれる」


「そういうことだね、つまり龍田さんの周りにいる子達は何かきっかけさえあれば龍田さんの方に付きたいと思っているハズだよ」


 ……言われてみればそうだ。自然に物事を終える為には全員の意識をまるで魔法のように変えないといけないと思っていた。


 けれど彼女達の中に共通意識があるとするならば、実はもっと簡単に解決出来るんじゃないのか……?


「そうなると……やはり主犯の上級生を叩くしかないのかしら、そうすれば流れは瞬時に変わるのでしょう」

「主犯格と言っても彼女はあくまで部外者を決め込んでいるから、そう簡単にはいかないよ、それに全員が全員龍田さんを――ではないしね」


「龍田さんに付きたいと思っているのでしたら対立構造を煽ればいいのではないですか? 大人数であれば標的になる心配もないですし、主犯格も手を出せないですから諦めるのでは」

「いや、それだと万が一双方の誰かが傷つくような事態になった時、龍田がそれを望まない、第一龍田の性格からして対立なんて嫌だろうからな、それに対立出来るだけの力が彼女にあればこんなことには――」


 いや、待てよ――

 対立、力、部外者……。

 だれも傷つかず問題を解決する……と言えるかどうかまだ怪しいが、これならやり方次第では出来ないこともないんじゃないのか……?


「藤ヶ丘厄神――」


「待って、それは――」

 思わず僕がこぼした言葉に、前条が心配そうな声をあげる。

 分かっている、これは一つ間違えると状況を悪化させる恐れがある、だから慎重過ぎる程に慎重にやらなければいけないことだ、でも――


 僕はそっと明音の方へと顔を向ける、彼女はまるで全てを悟ったかのような表情で僕の顔をじっと見ていた。


 だから、僕は彼女に問い掛ける。


「明音は……どう思う?」

「雅継くん」


 彼女は目を細めて優しい顔をみせると、続けてこう言うのだった。


「厄神っていうのはねさ、災厄を齎す神様というよりも厄を払ってくれる神様っていう印象が強いよね、だから人はお参りに行くわけだし」

「……それは、そうだろうな」


「だから、もし雅継くんが災厄を与える神様ではなく、彼女達に降りかかる災厄を払う神様になろうと言うなら、私は構わないよ」


「いや神様って……大袈裟だな」

「でもそれが正しいことではなかったけど、雪音はあの時本当に神様になっていたと思うよ? 藤ヶ丘厄神を使うって、そういうことだと思うから」


 明音はそう言っていたずらっぽく笑うのであった。


 明音の言葉が、ずしりと重くのしかかる。

 確かに……彼女の言うことは間違っていないのかもしれない。

 それ程までに藤ヶ丘厄神というのは絶大な影響力を誇っているのである、人一人の人生を容易に変えることのできる、神器とも言える存在。


 全知全能とまでは言わないが、少なくとも藤ヶ丘高校の中だけで言えば、それを扱うことは神に等しい行為と言えるのだろう。

 雪音がしたのはそういうことだ。ならば僕は、その自覚もなくただ問題を解決するだけの為に藤ヶ丘厄神を使ってもいいのか……?


「…………」


 途端、脳が萎縮するような感覚に襲われる。


 藤ヶ丘厄神さえあれば介在する問題は一瞬にして殆ど解決出来る。

 一分一秒を争う状況の中で、使えるものは何でも使うべきだ、一日でも早く龍田の負担が減ってくれるならそれに越したことはない。


 それは違いないが、僕が本来無くなるべきもの、忌むべきものとして終えさせたものを、僕自身で利用するなんて、あっていいとは思えない。


 覚悟なく使えば最後、僕はさらなる深みへと堕ちるかもしれない、そんな気分が前条の不安な顔を見る度に思えてしまうのだった。


 やっぱり、止めたほうがいいかもしれない、あまりにも危険だ。


「……す、少し早計だったな、別の方法を考えよう、きっとまだ何か――」


「待って下さい――――二つ、何かが」


 取り繕った無理矢理の微笑で、不穏になった空気を戻そうとした瞬間、急に険しい表情になった青依さんが妙なことを言い出す。


 まさか、と思い僕と前条はその場から立ち上がり、周囲を見渡すのだったが――あろうことかそいつは、僕の目の前に忽然と。


 何の前触れもなく、現れたのであった。




「ああ、全く以て下らないです、綺麗事掲げて首突っ込んで物事を解決させようなんて、それなら時間が解決させた方がマシですよ、吐き気がする」

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