龍田ひかりはあなたがスキ? 06
「不採用」
「…………はい?」
前条の家へお見舞いに行った次の日。
決して調子に乗っていたつもりはないのだが、逢花に頭をよしよしされて褒められた僕は、人生で初めて書いた履歴書を持って龍田がアルバイトをしているカラオケ店且つ秘密のストレス解消場所でもある『紺碧の歌家』に向かった。
連絡をした所面接をしてくれるという話だったので、オープン前の午前十時頃に到着した僕は挨拶も早々に女性の店長に履歴書を渡す。
初めての経験だったので少し緊張をしてしまっていたのだが……まあ、店長が僕に向かって放ったその言葉は、緊張を解すには十分過ぎる程のインパクトであったことは言うまでもないだろう。
「え、いや、あの……まだ質問すらされていないんですけど、ふ、不採用?」
「ああ、不採用だ」
「それは……短期での応募は終了したとか、そういう意味ですか?」
「いや、違うけど」
「……差し支えなければ、理由を教えて頂けますでしょうか」
「……ふっ、そんな無垢な表情をしたって無駄だぞ、私には貴様の真の目的が全て分かっているんだからな」
「は?」
いや……ちょっと待て、今まで一度もこの店長に受付をして貰ったことがなかったから知らなかったが、まあまあ良いパンチ持ってやがんな。
そんな店長の元で一生懸命働いている龍田が心配でならなくなってきてしまったが、しかしこのまますごすごと帰る訳にはいかない――
僕は目つきが悪くならない程度に目を凝らすと店長の好感度を計測する。
ふむ……大体20%といった感じか、低い数値ではあるがマイナスでなければこの程度、いくらでも挽回は出来る筈――
人の踊るときは踊れと言うしな、ここは相手のリズムにあえて乗っかることで好感度を上げていくことにしよう。
「……成る程、この僕の目的が分かっていると言うんですか? まさか他店のスパイとでも思っているんじゃないでしょうね」
「いや、別にウチの店舗そんな売上良くないし」
「……さいでございますか」
おお……死にてえ。
いやでも売上良くないのは普通に問題だろ……改善する気なしかこの店長。
ううむ……しかし商業的な面で好感度を下げられている訳でないと言うのであればやはり学生であることが問題なのか?
でもそれなら龍田が普通に働いているのはおかしい……同じ藤ヶ丘高校であるのだから尚更それは理由にならない……。
そうなると……あり得るとしたら僕が男であるということに限るが、人数は少ないとはいえ一応男性の従業員はいた筈だ。
――つまり、考えられる選択肢は――
「ま、まさか……!」
「ふっ、隠したって無駄だぞ、貴様の狙いはひかりなのだろう!」
「なっ……!」
や、やはりそういうことか……。
いや店長の言ってることは間違っていないというか、実際その通りではあるのだが、恐らく彼女の言いたいのはそういうことではないのだろう。
「図星か、全く……男というのは性欲の化物だな、ましてや学生ともなると発情期の猫並に飢えているから困ったものだ、この犬! 猿! 雉!」
「いかがわしい絵本になっちゃうから」
「残念ながら貴様の思うようにはいかんぞ、ひかり目的でバイトの面接に来た薄汚いオスはゆうに数十人を超えているが、全て私が排除してやったからな、それが藤高ともなれば尚更採用してやる訳にはいかん」
仕事もまともにしないでひかりちゃんにあわよくばを狙っているような輩はこの店にはいらん! と、目尻の上がった瞳をギラリと光らせ、前下りのショートへアをさらりとかき上げると、彼女はそう言い放つ。
弱ったな……これはかなり手強そうだな……、こうなると僕は彼女の好感度を上げるためにも話を盛らないといけなくなる……。
だが仕方あるまい、出来る所まではやってみるとしよう。
「…………店長さん、さっきから何を言っているんですか?」
「……どういう意味だ?」
「僕はそのひかりさん? でしたっけ、その方を狙っていると勘違いされているようですけど、正直全く存じ上げていません」
「……ふん、随分と馬鹿げたことを言う奴だな、同じ学校でありながらあのひかりをご存じないと本気で言っているのか?」
「ええ、誠に申し訳ありませんが、見た目の通りインドアな人間なものでして、恥ずかしながらあまり女性とのお付き合いは疎いんですよ」
「だがムッツリスケベという可能性は捨てられない」
「初対面の人間に何てこと言うんや」
だが今のでこの店長の好感度に若干の揺らぎが生まれた、つまり今までの龍田狙いだった人間は彼女の威圧に負けて正直に認めてしまったか、否定をしようにも動揺を隠しきれていなかったのだろう、よし……これなら――
「店長……そう言えばまだ、志望動機を言っていませんでしたね」
「……今更聞くに値しないが、まあいい、話してみろ」
「僕はですね、愛する双子の妹に、プレゼントがしたいんです」
「……なに?」
「両親が共働きでして、普段から家にあまりいないものですから僕がよく面倒を見ているんです、優しい妹達なので気丈に振る舞っていますがやはり親が不在なことが多いのは思春期の二人とって寂しいものなのですよ」
「……まあ、想像のつくことではあるな」
「はっきり言ってもうすぐ訪れるクリスマスも家族で過ごせるか怪しい所です、だから――だからせめて僕がプレゼントを買ってやりたいんです!」
「――――!」
「でも長期のバイトをしては余計に妹達を悲しませてしまうことになります、ですがここは短期の応募もOKですし、時給も他と比べて高いので、それで志望をさせて頂きました……これが不純と言うのであれば、僕は潔く諦めます」
「…………」
ふっ、勝ったな。
我ながら迫真の演技だった褒めてやりたい、だが脚色こそあれ言っていることは何一つ嘘は介在していない、まあ実の所妹に世話されている立場だが。
どうせアルバイトでお金を手にしても持て余すしな、それなら逢花と緋浮美に欲しいものを買ってやって喜ばせる方が僕も嬉しいというもの。
そして案の定僕の愛する双子へ捧げる言葉が響いたのか、店長は一瞬悩んでいる素振りを見せたが、諦めたように溜息をつくとこう言った。
「――分かった、そういうことなら採用だ、まあ元から12月だけの希望だったしな、丁度忙しくなる時期でもあったからこちらとしても正直助かるよ」
「――あ、ありがとうございます! これから宜しくお願いしま――」
「店長おはようございまーす! ……あれ? ま、雅継くん!?」
「――せん」
「おおひかり、今日は早かったな――ん? ちょっと待て、貴様」
店長の眼力だけで殺せそうな鋭い睨みを僕は寸前の所で躱す。
いや躱したから何だという話ではあるのだが……何ということだ……まさかこんな日に限って龍田の出勤日だったとは……。
折角45%まで引き上げた店長の好感度が5%まで落ち込んでいるではないか……か、完全に終わった……。
だがそんな攻防があったことを知ってか知らずか、状況の飲み込めていない龍田は困惑した表情で僕の近くまで駆け寄ってくる。
「え、え? も、もしかして雅継くん本当に来てくれたの……? で、でもでも、私大丈夫って言ったのにどうして……」
「ま、まあ……約束だからな、やっぱりあのままで終わらせてしまうのは後味が悪かったし……それにお金が欲しかったのは嘘じゃないしな……」
「雅継くん……」
「……? 何だひかり、お前この男と顔見知りなのか?」
「あ、えっと……――――そう、私が雅継くんに紹介したんです、クリスマスが近いからプレゼントの為にアルバイトがしたいって言っていたので、それで」
え?
「む? 何だそういう話だったのか、おいおい何でもっと早く言わなかったんだ」
「あ、す、すみません……」
「きっともし私の紹介で不採用になったら私に悪いと思って言わなかったんだと思います、雅継くんってそういう人なので――だから店長、私からもお願いしていいですか? 雅継くんを採用してあげて下さい!」
そう言って龍田は店長に対して深々と頭を下げたので、僕もそれにつられて少し頭を下げてしまう。
「……しょうがないな、ひかりがそこまで言うのも珍しいからな、誤魔化そうとしたり気に食わん所はあるが、良しとしよう」
「やった! 店長ありがとうございます! 良かったね! 雅継くん!」
「お……おう、でもどうして――」
そう言いかけると龍田は僕に対して軽くウインクをしてみせ、店長に見えない角度で口元に人差し指を置くと「しーっ」というポーズを取る。
……彼女なりの恩返し、ということなのだろうか、
何だか申し訳ない気持ちになってしまったが、ともあれこれで彼女も受け入れてくれたということでもあるから、取り敢えず良しとしよう。
「一緒に頑張ろーね! 雅継くん!」
そう言って純粋無垢な笑顔を見せた龍田は妙に可愛くて、思わずドキっとしてしまったが、何故か脳裏に前条朱雀の不服そうな顔がよぎってしまったので、なんともぎこちない笑顔で応えてしまう僕であった。
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