纐纈・ソフィア・雪音はあなたがキライ? 5
「……………………」
「……………………」
とは言うものの、何から話せばいいのか分からない。
数々の女と話してきたエセ陰キャラが舐めてんのかとお思いだろうが、今まで話してきた人間は案外お喋りな奴が多かったのだ。
要するに自分から話さなくとも相手から自然に話しかけてくる、それがどれだけ幸福なことだったか、今になって思い知らされるとは。
しかし話さないことには始まらない、何か話題を振らなければ……。
「國崎会長とはその……前から知り合いだったのか?」
「いえ……殆ど面識はないと言ってもいいですね……」
「……? ならどういう経緯で知り合うことになったんだ?」
「前触れもなく突然國崎会長から話しかけて来たんです……『君の悩みを解決してくれる人間がいる』って……」
「それだけで信用して近づいたのか……? こんなこと言っちゃなんだが、僕を用心するより彼女の方がもっと用心すべきだと思うんだが」
「その……彼女を信用していた訳ではありません……ただ、まるで全てを見透かすかのように私のことを言い当てて来たので……」
「なるほど……」
確かに彼女の洞察力は異常ではある、それこそ本当に人の心を読めるのかと錯覚してするまでに巧みに言葉を操ってくる。
だがそれはまやかしなのだ、恐らく生徒会を利用しターゲットの情報をかき集め、そしてコールドリーディングを駆使し相手を誘導させているだけ。
後は持ち前の話術で不思議な魅力のある人間を演じれば勝手に堕ちる。
纐纈のような人を信用しない人間でも動揺させ、こうして僕の前にまで連れてこさせたのだから、その才能は本物と言わざる得ないだろう。
「……僕が言えた義理じゃあないが、あの女の言葉にあまり耳を傾けない方がいいぞ? あいつの思い通りなるのは嫌な予感しかないしな――」
「そんなことは、分かっているんです……ただ――」
「ただ……?」
「もしこれで終わるなら、全て終わらせたいから――」
そう言って彼女は遠くに目をやる。
……は? 急に何を言っているんだこいつは。
何やら想像以上に重荷になりそうな発言をされた気がしたので僕はその真意を探る為に思考を張り巡らそうとする――
と。
その瞬間、背後の扉が鈍く音を立てて開く音が聞こえ始める。
「は――何で扉が……?」
「雅継殿、こ、こっちです!」
想定外の来訪者に動揺し、身体が動かなくなってしまっていると纐纈が僕の手を引きそのまま受水槽の裏へと引っ張られる。
た、助かった……確かにここならすぐに僕達の存在がバレることはない。
ここまで即座に機転を利かせるとは……恐らくこの事態を想定した上で初めからこの位置取りをしていたのだろう、流石の用心深さと言うべきか。
「助かったよ……ありがとう」
「い、いえ、私もこんな所、誰かに見られる訳にはいきませんから……」
直球でそう言われると傷つくんですけど。
まあ単純に歪曲して校内で話題になりたくないというだけの話だろう、うんそうに違いない。
「しかし……僕達以外の一体誰がこんな所に来るっていうんだ……?」
そう小声で口にしながらこっそりと扉の方を除いてみると――
「櫻井俊輔……? 何でアイツがこんな所に……」
それも服装を見る限り明らかに部活を終えて飛んできたという感じ。
彼女と待ち合わせして屋上でちんちんかもかもするつもりか? だとしたら最高の青姦をこのスマホに納めることが出来るが……。
「……もしかしてお前があいつを呼んだのか?」
「そ、そんな訳ないじゃないですか! 國崎さんからちゃんと雅継殿のことを教えて貰っていましたから、間違えるなんて……」
「そりゃそうだよな……」
だがあの周囲をキョロキョロと見渡す動作はどう見ても待ち合わせではなく誰かを探しているという様子。
このまま諦めて帰ってくれると有り難いのだが、どうしたものか……。
「ん? 何だろう、これ……」
そうやって様子を見守っていると、屋上を捜索していた櫻井がふと足を止め、地面に落ちていた紙切れを拾おうとする。
「……ちょっと待て、あれってもしかして僕の名前が書いてある紙じゃ……」
「折りたたんであるので中身はよく見えませんが……私が仕掛けで使った用紙と似ているような気も……」
やってしまった……なんて凡ミスをしているんだ僕は。
あの紙を見られてしまったら纐纈の存在には辿り着かないにしても僕という人間を根掘り葉掘り聞かれてしまうじゃないか。
いや、それだけならまだいいが、あることないことを吹聴されてしまった日には今後の人生に支障をきたしてしまう……こうなったら――
「纐纈、僕が出て行って気を逸らすからその間に裏から回って逃げろ、あいつにこの場で見つかってしまうのは不味いだろ」
「は、はい……分かりました……あの、でも――」
「何だよ、早くしないとあいつに読まれて――」
「その――! これだけ……後で見て貰っても……いいですか……」
「……え?」
ついにこの僕にもラブレターを渡される日が来たのかと思い振り返ると、纐纈は白く綺麗な肌が焼けてしまいそうな程赤い顔しながら――
USBメモリーを取り出し、それを僕に差し出した。
……なるほど、これが最先端のラブレターか、じゃなくて。
「……時間があればでいいので、それではまたホームルームで――」
「お、おう……」
こんなヤバい時に何てベタなことをしてくるんだという感情に脳みそがショートしそうになるが、それを必死に片隅へと追いやると僕は櫻井の前に飛び出す。
今は僕という存在を歪曲して周知されることの方が絶対にヤバのだ、今はそれを防ぐことだけを考えていろ――――
ラブレターかなあ、あれ。
「……ん? あれ? もしかして雅継君? すごい奇遇だね」
「……ホント嫌になるぐらい奇遇なことってあるんだな」
何とか寸前の所で読まれるのを防いだのはいいが、櫻井は僕の名前が書かれた用紙を折りたたみ直すと、そのままポケットに入れてしまったではないか。
この野郎……何処までも空気の読めない奴だ……。
「……うん? 雅継君がここにいるってことは、もしかして君もあのメールを受け取ったということかな?」
「……メール? 『おめでとうございます! あなたは見事一等が当たりました! 一億円を屋上に置きましたので取りに来て下さい』とかそういう奴か?」
「それは迷惑メールというよりデスゲームの予兆でしかない気がするけど……そうじゃなくてさ、ほら、変な暗号が書かれたメールが届かなかった?」
「さあ……? 僕はただ夕景を眺めながら『今日は厭に猩々緋が濃いな……不吉な予感がする……』って言っていただけなんだが」
「こんなこと言いたくないけど痛すぎるにも程があるよ」
僕の状況を明るみにされるぐらいなら厨二キャラで押し切ろうと思ったが、わざわざこんな解説してしまったらただのアホじゃねえか。
しかし暗号と言ったな……やはり櫻井にも似たメールが届いたと考えていいのか……? だとしてもそれを纐纈がするメリットは何処に――
考えられるとすれば國崎会長の線もあるが――だが何故こんな真似を。
「うーんそっかー、雅継君が関係ないとしたら悪戯だったのかな、タイムリミットが十七時までって書いていたから部活が終わってすぐ来たんだけど」
「そりゃあまた難儀なことだな、心中お察しするよ」
「まー久し振りにこういう謎解きみたいな遊びが出来て楽しかったし、まあいっか、タイミングのいいことに雅継君にお願いしたいこともあったしね」
「なんだ、ダッシュでパンでも買ってこればいいのか?」
「違う違う、そんな下賤な真似する筈ないじゃないか。実はさ……突然で申し訳ないんだけど、雅継君に紹介して欲しい人がいるんだ」
「紹介……? 悪いが僕の妹はお前のような輩に渡す訳には――」
「前条朱雀さん」
「は?」
「前条朱雀さんを、紹介して欲しいんだ」
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