虎尾裕美はあなたがスキ? 2
「まさかとは思うが國崎……か?」
その声に僕は後ろを振り向かずそう応える。
「なるほど、君は警戒している人とは目を合わせないタイプなんだね、しかしどうだろう、顔も合わせないというのは些か無礼な気もするが」
「僕に話し掛けるような奴は変人か苛めっ子のどちらかだと相場で決まっていてな、可能なら一度も振り向かずこの場を去りたいというのが本音だよ」
「そりゃ随分と難儀な体質を持ち合わせているんだね、さぞかし苦労を味わってきただろう、だが心配無用だ、僕はその部類に属していない」
いやいや、一人称が僕の女が普通と言える保証がまずねえよ。
大体それ以前に虎尾や阿古龍花と強い接点がある人間に大丈夫と言われて、はいそうですかと言う阿呆が一体何処にいるというのか。
「……取り敢えず要件を先に教えてくれ、悪いが厄介事はお断りだからな」
「まさか生徒会に入って欲しいとでも言うと思ったかい? それは有り得ないから大丈夫だよ、僕はただ君とお話がしたいだけなのさ」
「…………」
「か弱い乙女を焦らさせるものじゃないよ、さあ早くその顔を見せてごらん」
はあ、何故最近の僕はこんなに面倒な相手とばかり出会ってしまうのか……。
まあこの手の人間を相手にしてあっさり帰れる筈もないので、僕は大きく溜息をついてから、観念して後ろを振り向く――
すると。
「ああ、ようやく君の顔を近くで見れた、人生に悲観した実に良い顔だ」
そこには車椅子に座った、一人の少女がいた。
これが、藤ヶ丘高校生徒会のトップである國崎会長……?
想像していたのと全く違う……というのはアレだが、本音を言えばもっと快活さがあり、自身に満ち溢れた顔をしているのかと、そう思っていた。
前髪を楕円状に切り揃え、腰の近くまで伸びた黒髪はシャンプーのCMに出れそうなぐらい美しく、顔のパーツも寸分違わず整っている。
……人と話す時の癖なのだろうか、車椅子に深く腰を掛ける様子が全く見られない凛とした姿勢の座り方は、上品な香りが漂って来そうな程。
一言で表現するなら人形という言葉が一番しっくり来るかもしれない。
同じ人間とは思えないぐらい、生気のないその目を含めて、だが。
「当ててあげよう、今君は『こいつちっぱいかよ』と思ったね?」
「何でそうなる」
「これでもバストアップエクササイズは頑張っているのだけれどね……思うように膨らんでいないのが現実だ、遺伝というのは残酷だよ」
「それを今口頭で伝える必要ある?」
「女の子たるもの胸部が膨らんで悪いことは一つもないという話さ、貧乳はステータスなどという言葉があるが、あれ程悲しい男の妄言もない」
「そうか、やっぱりそれ今伝える必要性皆無だよね」
やはりこの女有りにして、虎尾有りだな……まあ同じ腐り申してる者同士なのだから予想通り過ぎて何の新鮮味もないが。
…………ん?
「…………あれ?」
「? どうかしたのかい?」
「え? い、いや別に……」
僕はその光景に、どうしたらいいのか分からなかった。
何故ならそれは普通ではありえない、その一点において不変だったから。
いや、あの曇しかない目を見れば分かってはいたこと……しかしこれは――
「――ああ、もしかして僕の好感度指数が分からないのかい?」
「……何の話だ?」
「すっとぼけ無くても大凡の察しはついているから別に隠す必要はないよ」
「まさか……虎尾の奴……喋ったんじゃ……」
「ん? そうか裕美も気づいていたのか、まああの子は人一倍人間の行動に敏感だからね、雅継殿もよく見ていただろうし、気付くのも当然か」
「どういう……? まさか本当に虎尾から何も聞いてないのか?」
「あの子は好きな人の話をよくするから、君の話もよく聞いるのは事実だ、だが彼女は好きだからこそ秘密は絶対に守る主義でね、だから本当に何も聞いていない、あくまで君が人の好感度が分かるというのは推測で言ったまでだよ」
「す、すす好きって――」
「ライクに決まってるだろう、童貞みたいな反応をするんだね君は」
「童貞みたいじゃなくて童貞ですからね、ええ」
「心配しないでくれ給え、僕もこんなナリだから中々貰い手がいなくてね、この調子なら君と一緒に魔法使いの夢を叶えられそうで嬉しいよ」
「返答に困ること言うな――にしても、お前らどいつもこいつも洞察力がずば抜け過ぎだろ、ただでさチンケな僕の能力が無価値に思えてくるじゃねえか」
「そんな力是非とも譲って欲しいぐらいだけどね、実際世渡り上手であることほど有益な能力はない、故に僕は洞察力を鍛え上げた訳だが……裕美も龍花もその点が欠けていてね、僕が指導して上げたのは事実だよ」
「だとしても僕の能力まで見抜かれるのはおかし過ぎる、使い勝手が悪すぎて悪用も出来なくて持て余しているぐらいなんだぞ?」
「同類である僕らからすれば君が普通に生活が出来ているだけで不自然なんだよ、加えてあの危機的状況の体育大会さえも君であるにも関わらず乗り切った、何かあると思わない方が不自然と思うべきさ」
何だか馬鹿にされている気がしてならないが実際一般的な学園生活に溶け込めてはいないので不服だが受け入れることにする。
「だが同類と言われるならお前が生徒会長なのはどうにも違和感しかないんだが? 普通はクラスで真面目且つ人気者が着くポジションだろ」
「つまり龍花がベストということかな? 確かに僕が人の上に立つのは向いていないと自覚はしていたからね、だからこそ中学の時は彼女にそのポジションを任せていたのだが……ものは考えようでね」
「……? どういう意味だ?」
「馬鹿と鋏は使いようと言うだろう? 僕が向かない事柄は人にやらせてしまえばいいのさ、そして僕はブレインに徹する、これで思い通りさ」
「つまりその洞察力を以って人間を選別し、巧みに動かすことでその地位に登りつめたってことか――でもそれなら黒子で良かった気もするが」
「傀儡政権かい? だがそれだと僕の評価が上がらないだろう? 事実龍花は良き委員長像として学園内で評価を得ていたが、僕はそうではなかった」
「……意外に欲の皮が厚いんだな」
「厚いさ、こんな身体じゃ人間として当たり前のことが出来ないからね、必然的に生まれるのは欲、欲、欲、欲のオンパレードさ」
「…………その怪我はいつから?」
「中学二年生だよ、これでも昔はバスケット部でそこそこ活躍していてね、しかし前方不注意と思われるバイクに背中から突っ込まれてこのザマだ」
「……随分と含みのある言い方だな」
「そんな時代もあった、それだけさ。振り返っても悔やんでも致し方ないしね」
僕が気になったのはそこではないのだが、と言いそうになるが口を紡ぐ。
「それよりも僕は君をもっと知りたいのだけれど」
「何も話せることなんざねえよ、好感度が分かるだけの普通の高校生だ」
「普通の高校生が体育大会を操作してまで自己保身に入る真似はしないよ、だから僕は君の思考回路が気になって仕方がないというのに」
「その割にはずっと好感度がゼロパーセントのままだけどな、ゼロってのは僕に無関心な人間が示す数値だ、それなのに僕が気になるだって?」
「その力も絶対ではないのではないかい? 異能なんてものは欠陥があって然るべきものさ、無敵じゃつまらない、そうだろう?」
「ただでさえ欠陥だらけで更に欠陥を増やされたらただの塵屑じゃねえか」
――と、言いたい所だが、恐らくそうではない。
数千に及ぶ好感度指数を、僕はこの目で見てきたのだ。
その結果はほぼ数値通りだったのだ、数千にも及ぶサンプリングが、たった一人の少女に看破されるなど、簡単に起こり得てしまってはたまったものではない。
……多分、彼女が僕に対して示している数値は、本当にゼロだ。
そして僕の想定では、それは僕に限った話ではなく、誰に対しても一つの好感度を持ち合わせていない。
その理由は怪我が原因なのか、それは定かではないが――
だが。
そんな明らかに異質な彼女に、多少なりとも興味を惹かれてしまっていた自分がいるのも事実、僕はそれが何より恐怖だった。
これが彼女の魔力だとでも言うのだろうか、だとしたら生徒会を自分の都合の良いように支配しているというのも頷けないでもない。
前条朱雀とは似て非なるカリスマ性とでも言うべきか。
「――ん? おや、もうこんな時間なのか、もっと君には色々訊きたいことが掃いて捨てるほどあったのだが」
掃いて捨てられるならもうそれ質問じゃないから。
「残念ながら病院に行かないといけない時間でね……何なら僕と一緒に病院まで来てくれたら嬉しい限りなのだが」
「生憎僕もそろそろ家に帰ってプリパラを見ないといけない時間でな、悪いがそこまで付き合っている暇は無さそうだ」
「成る程、それは大忙しだ、僕も昔は学校が終われば走って帰ってデジモンが始まるのをワクワクしながら待っていたものだったよ」
「残念ながらそれは全国共通のあるあるじゃないんだけどな」
「そうか地域格差か、だがネットがまだ普及していなかったあの時代だからこそネタバレに苦しむ子供はいなかった、そこは幸いだったね」
「今は子供がネットをするのは当たり前だからな、恐ろしいものだ」
「名残惜しいがこうして君と顔見知りになれたのだし、また話をする機会もあるだろう、その時まで楽しみにしておくことにするよ――と、そうだった、君と話す以外に一つお願いしたいことがあってね――」
「?」
「裕美のコミクラに一緒に行って欲しいという話、どうか承諾してくれないだろうか? 僕からもお願いしたい」
「……お前には何でも情報が筒抜けなのか」
「筒抜け以前に僕と裕美は友達だからね、彼女のコスプレ趣味も当然知っているし、それに付随して参加オファーが来ていることぐらい知らない筈ないだろう」
「知っているならお前が行ってやればいいじゃないか、友達なんだろ」
「馬鹿言わないでくれ給え、この身体じゃ裕美に迷惑をかけてしまうだけだ」
「そもそも知り合いからオファーが来てるなら、別に僕が一緒に行く必要なんてないんじゃないのか、大体僕だって足手まといになるだけなんだが」
「そう言わないでくれ、彼女はあれでも極度の人見知りでね、僕の指導で大分マシにはなったが、それでも無理をしているのは違いないよ」
「いや僕の方が人見知り――」
「そんな中でも君だけにはその感情を抱いていない、つまり裕美は心を開いているという何よりの証、彼女にとってそれは非常に珍しいことなんだよ」
「…………」
「君まで参加しろとは言わない、傍にいてあげるだけでいいんだ、まあそうなると交通費等は支給されないかもしれないが……その時は彼女が払ってくれるだろう、それぐらい君を頼りにしているんだよ」
「随分とまあ……拒否権の無い台詞を言ってくれるじゃないか」
「友達想いだからね僕は、困っている友人をそのままにはしておけないのさ」
……どうやら面倒事に巻き込まれるのは、必然でしかないみたいだな。
「……仕方ない、行ってやるよ、だが交換条件だ」
「ほう、いいだろう、聞いてあげようじゃないか」
「阿古龍花という人間について全て教えろ」
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