先手必勝エイリアンセントーA
司弐紘
異世界では無く改造
「――目覚めたか、我が息子よ!」
と、鬱陶しく騒ぎ立てるおっさんがいる。
禿げ頭で白衣を着た、それっぽい出で立ちではあるがここで重大なネタバレをしよう。
このおっさん。名前は「七津角しげる」。
博士号は持っていない。
つまり、慎重に言葉を選んでも博士風のコスプレをしているおっさんという事になる。多少、言論の自由が許されるなら“イタい”おっさん、という事になるだろう。
だが、このおっさんがいる場所、あるいは背負っている空間は確かに博士号の趣があった。
「空間」というのは、見渡す限りに壁のようなものは見当たらず、ただ天井があるだけなので「空間」と表現するのが、最も適していると思われるからである。
この大きさには、それだけでなかなか雰囲気があるのだ。
この空間には、いかなる役割を持って配置されているのかわからない電子機器の数々。それらが空間内に無秩序に積み重ねられている。
さらには薄暗闇の中で燐光のように、淡く灯るモニターの数々。表示されている言語は果たして英語なのだろうか。見慣れぬ記号が表示されているモニターもあった。
そしてそれらを繋ぐ、血管のようなケーブル。
もちろんそれが一本や二本で済むはずもなく、床を埋め尽くすようにしてのたうち回っていた。確かに雰囲気はあると言っても良いだろう。
だが古い。その雰囲気が。
まるで、しげるの年齢を示すような古さを感じる空間でもあった。
「おい」
そして、そんなおっさんに、あるいは空間にツッコミを入れるべきだと感じたのだろうか。
先ほど、しげるに「息子」と呼びかけられた若者が声を上げた。
「何をやってやがる、クソ親父」
その若者の名は「七津角昭」。
不憫なことに七津角しげるの実の息子であり、現在高校生。
身長は百八十を越え、なかなかの体格だが、吊り上がった意志の強そうな目の影響だろう。
整ってはいるが、まず凶相と言われるような面構えだ。だが、その眉が訝し気に歪む。
「……いやその前に、俺はどうなってる? そもそもここは何処だ?」
そういった基本的なところから、昭は自分を見失っていた。
そのまま周囲を見渡して気付く。
自分がベッドの上に横たわっていることを。
いや、それは優しい表現と言えるだろう。昭が横たわっている台は、手術台と言い表すしかない物々しさがあるのだから。
「――昭」
自分の状況がかなりおかしなものであることを理解しつつあった昭に、しげるが呼びかける。
「お前が一番最後に覚えていることはなんだ?」
「あぁ!? 最後ってなんだ? 俺はえっと……」
「お前は意識が無かったのだ。その意識を手放す直前に覚えてることは何だ?」
と、重ねて、そして丁寧に尋ねられたことで、昭は素直に自分の記憶を探り始めた。
そして――。
「……ああそうだ! 車が突っ込んできたんだ! あ、そうかそれで俺はこんなになってるわけだ!」
と、ようやく自分の状況に納得し始める昭。
確かに事故に遭って、病院に運ばれて、手術受けたと考えれば、それらしい説明ができそうな環境は整っているように思えるからだ。
大きな違和感は、ここに父親のしげるがいる事だろう。
肉親が病院にいることはおかしなことでは無いのかもしれないが、少なくとも手術室に立ち会う事は絶対にないと断言できるのだから。
いや、それよりも医者の一人もいないことが……。
ようやく体が動くことに気付いた昭が、上半身を起こすと同時に、しげるは「ハァ~~~」とこれ見よがしにため息をついた。
「……息子よ。お前は本当に教養がない」
「な、何ぉお!?」
「最近では、そういう『車に轢かれる』という状況がはっきりしたら異世界に行ったかどうかを確認するものなのだ」
率直に言ってこれはキレて良い、呆れた指摘である。
しかし昭の方にも、大切な常識というものが不足していた。さすがは親子というべきか。
「そ、そうなのか? ああ、そうだな。言われてみればクソ親父はいつもより変だな」
こんな風に受け止めてしまう昭。
確かにしげるは変だし、この空間は昭をもってしても何やらおかしいという事も確実なところではあるのだが……。
「息子よ。だから異世界では無いんだ、ここは。しかし残念ながら、とつける必要は無い!」
「いや、かなりクソ親父が残念だ」
「ここから先は、現実も十分面白くなる!」
「聞けよ」
「――何しろお前の身体はすでに改造済みだらだ!!」
その瞬間の昭の表情。
果たして、どのような表情が適切であったのか。
身体が改造されているというなら、自動で表情も作り出す機能も実装すべきであるのかもしれない。だが、この時の昭は顔色と表情を失くしただけ。
端的に言うと昭はただただ呆気に取られていた。
そして、しげるはそんな昭にかまわずに話を続ける。
「事故からお前を復活させるにはそうするしかなかったのだ。だが安心しろ! お前は今や超人と変わりない身体能力の持ち主であり、しかもその使い道までも決まっている!」
「お、おい……」
何とか昭が声を挟み込んだが、それ以上に意味のある言葉を紡ぐことは出来なかった。何とか自分の中でかみ砕いて、父親の言う事を理解しようと試みるが、どこから齧れば良いのかすら見当もつかない。
そして昭が戸惑いの中で揺蕩っている中で、しげるはマイペースに話し続ける。
それで何かがわかればいいのだが、そもそも入り口が間違っているのに、理解のしようもない。
結局、長々とした茂の言葉で理解できたのは、
「あ、もう帰っていいぞ」
という、この状況にそぐわない、人の心の存在を疑う言葉だけだったのである。
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