果てはまだ

 体当たりでの攻撃となると、一般的な印象ではあまり評価は高くは無い。

 格下の者が、破れかぶれで身体ごとぶつかると言ったような……とにかく、あまり格好良くはないと思われがちである。


 だが中国武術の多くの宗派では体当たりを有効な攻撃として、その体系に取り込んでおり、西洋が起源のレスリングにおいてもタックル、即ち体当たりは基本でもある。


 体当たりは攻撃方法として、むしろ王道中の王道と考えても間違いないだろう。

 昭はそれを本能だけで察したのだ。昭が今までいた環境の中では、体当たりはいまいち、という評価があったにも関わらずである。


 ナックルウォークで意表を突き、今度こそセントーAの攻撃――体当たりと言っても良いショルダータックルは侵略ロボの正中線を貫こうとしていた。


 正中線とは人体の中心を縦に貫く線である。その線を基準に考えれば、自然と急所――頭の天辺である「天倒」、眉と眉の間の「眉間」、それに喉。さらには「水月」と呼ばれる鳩尾などが浮かび上がるのだ。


 正中線には一撃必倒の急所が揃っており、ロボット相手にはどこまで有効かは未知数ではあるが、人体を模した構造上、全く効果がないとは言い切れないだろう。


 そして――。


 グゥオオォォォーーンッッ……。


 今までとは違う音が、周囲に響き渡った。

 何か――今までの激突とは違う「何か」が行われたのだろう。


 しかしそれでも――侵略ロボは攻撃をまともに食らってはいなかった。

 間一髪、なのかどうかはわからないが侵略ロボは腕を交差させて、迫りくるセントーAの右肩を受け止めていたのである。


 圧倒的な防御力を誇ると言われる十字受け。

 それを侵略ロボはとっさに行ったのである。


 しかし、ショルダータックルの威力を全部受け止め切ることは出来なかったようで、侵略ロボの右膝がガクンと折れた。これが響き渡った異音の正体であるのか。


 セントーA――昭はそう判断したようでショルダータックルのままさらにグイグイと押し込んでゆく。そのまま侵略ロボを倒してしまえば、その瞬間勝ちが決することは間違いないだろう。


「む」


 しげるもそれを予想したのか、短く唸ると前屈みになって戦闘の行く末を確認しようとした。白衣の一人が自発的に双眼鏡をしげるに届けると、そのまま双眼鏡を戦場へと向ける。


 元々持っていた南も、つぶさにその様子を確認しようとしていた。

 そういった視線を浴びながら、侵略ロボは自分の膝が崩れたことさえも利用して、セントーAの攻撃をいなそうとしているように見える。


 だが、ダメージを受けた直後ではそう上手くはいかなかったようで、セントーAの左手ががっちりと侵略ロボの右腕を掴んでいた。

 逃げ出すことも、間合いを取らせることも許さないと言わんばかりのセントーAの拘束。さらに体重をかければ――。


 ガチン!!


 再び、異音が響いた。

 いや単純に何かが破損した音の様に聞こえる。


 そして次にに現れた、はっきりとした変化は――。


 侵略ロボが、セントーAの左手を振り払っていた。今までのような洗練した動きでは無くかなり強引に。

 これまでの戦闘で、侵略ロボもセントーAに匹敵するパワーがあることは何となく伝わってきていたわけであるが、これで確定だ。


 そしてこの瞬間、侵略ロボはセントーAの拘束から逃れることも確定した。

 左手を振り払われ、身体を伸ばされたセントーAはそれ以上機敏な動きは出来ない。少なくとも、態勢を立て直すまでは。


 侵略ロボはこういった状況であっても今までの方針は変更しないらしく、間合いを取ると再びセントーAの観測に従事するつもりのようだ。

 先ほど受けた奇襲についても、しっかりデータ取りをしているだろうから、もう通じない可能性が高い。


 これでは元の木阿弥、あるいはふりだしに戻る、と変わらない。

 何よりも昭がそう感じたのだろう。拳を天に掲げ、この理不尽を天に訴えよとするかのようなジェスチャーを見せた瞬間――


 ――さらなる理不尽が宇宙てんから齎せられた。


 一般的な空気を震わせる「音」ではないが、その「音」のように聞こえる何かを地球は知悉した。同時にこの音は「ゴング」であると同時に強制的に理解させられる。


「……これでこの戦闘は終わりだ。制限時間――なるほどこうなるのか」


 と、訳知り顔のしげるがそう呟いた。

 どうやら「汎宇宙公明正大共存法」はそういった、謂わばレギュレーションもしっかり定められていたらしい。


「え、ええと、おっちゃん。終わりなの?」


 やはり、どこか蚊帳の外状態であった篁がしげるに尋ねる。


「この場での戦闘については終わりだな。――見たまえ!」


 そのしげるの言葉が合図だったかのように、侵略ロボは上空に吸い込まれるように宇宙へと還ってゆく。しげるの言うように、これ以上戦闘する意図はないらしい。


 もちろん、昭がそれに納得するはずはないのだが――


「クソッ! 空なんか飛びやがって! 降りてきやがれ、こん畜生!!」


 操縦室で吼えることしかできなかった。

 どうやらセントーAには「空を飛ぶ」に類似した機能は実装されていないようだ。


 つまり侵略ロボ相手がいなくなることを阻むことが出来ないわけで……。


 ――しげるの宣言通り、戦いは終わったのである。

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