異常が重なる
ただはっきりしている事は、昭が暴力をふるうべき対象として、これらを目標にしたという事だ。
つまり人間か、車か。
どちらに暴力ふるっても、昭の明るい未来が無くなることは事は間違いないだろう。ただし昭が改造されており、バカ力が本当だった場合は自由業の方々は即決で未来が無くなり、車は廃車コースに乗る可能性がある。
相討ちを良しとするなら、昭はこの未来図を描いている可能性はあるのかもしれない。
そうなると昭は自分が改造されている――それはでたらめとしても、マーマレードの瓶を粉砕した力については確信しているのか? という疑問が生じるわけだが、もちろん昭はそこまで考えていない。
殴るのに“ちょうどいい”相手が現れた。
昭は本当にそれしか考えていないのである。
殴って昨晩の力を確かめる、という目的があったはずだが「何かしら殴ってみよう」となったところで「殴る」の優先度が高くなってしまったわけだ。
そもそも人でも車でも、いきなり殴りかかってはいけない。
それが法治国家というものだ。
その点、昭が目標に定めた相手は簡単に警察に駆け込むことは難しい職種を選択している。つまりいきなり殴りかかる相手としては、ある意味では最適ではあるのだが、果たしてこれは“ちょうどいい”と言っても良いものかどうか。
何しろ警察に頼れない分、この職種に従事しているものはすべからく自衛に余念がない。自衛を意識過ぎて攻撃的なのがデフォルトになるぐらいに。
だからこそ拳と拳を胸の前でかち合わせながら、昭が完全に「ケンカを売る」態勢で近付いてゆけば、この職種の職業意識を発揮して、男たちは肩を怒らせながら迎撃しなければならない。
それがこの状況の常識であると言っても良い。
ところが――である。
自由業の男たちにはそういった様子が見られない。
むしろ、この場の常識に逆らうように昭から逃げ出すような動きを見せている。
「何だ!? お前ら逃げるんじゃねぇ!!」
そしてどっちが自由業かわからなくなるセリフを吐く昭。
それはそれで問題があるのだが、それより問題なのはやはり自由業の男たちの態度であろう。
そのうちの一人。一見、堅気のサラリーマンほどには見える中年の男が、止まっているベンツの後部席のシールドをノックした。
「頭代行。来ました」
その台詞はきっぱりと堅気ではないわけだが、逃げ惑っていない分、多少は常識を弁えているらしい。やはり、それなりの地位に就いているようだ。
そんな男が恭しい言葉遣いで呼びかける相手。
それは当然、組織における上位者という事になるわけだが、ドアを開いて姿を現したのは――。
「女ぁ?」
と、昭が驚いて口にしてしまったように、現れたのは確かに女性だった。
白いワンピース姿で、長い髪を二つに分けて胸元に流している。その胸元は限りなく頼りない。
いや胸だけではなく、体つきが全体的に華奢だ。
それであるのに、吊り上がった切れ長の目が実に禍々しい。ある意味では、それだけで昭に対抗できるような凶相の持ち主でもある。
彼女の名は産土南。
今回の事態に対して、現場に出張ることとなった矢立組・若頭の娘であるわけだが、昭たちがそれを知るはずもない。
ただ女性というだけで、昭の暴虐は一応沈静化したのは確かだ。
そこまで考えて、南が身を晒したとすればなかなかの胆力の持ち主。
逃げ出そうとしていた男たちも何とか体勢を立て直してゆく。
南には確かにそういったカリスマがあるのだろう。年は昭たちと変わらないか、せいぜいで二十代前半といったぐらいに見えるのだが。
だがここでまず、前提としておかしな部分がある。
昭が自由業の方々から恐れられているという前提が成立してこそ、この状況が出来上がるのだ。
自由業が、一介の高校生に対してこれはあまりにも異常すぎる。
だがそれを言うなら、組織の幹部クラスが現場まで出てきていること自体が異常と言えば異常なのだ。
異常――。
それは昨晩から昭に付きまとっている言葉だ。
改造。そしてバカ力。
その中でも、この状況を生み出した異常とは――。
「――会いたかったわ、七津角昭」
南が口火を切った。
「会いたかった? 俺は逃げも隠れも……あ!」
南の言葉に応えながら、昭は自分の身に起こった異常を思い出した。
そう。昭は十日ほど行方知れずだったのである。
それに思い至った昭は、慌てたように手をバタバタと動かした。何事かを誤魔化すように。
「い、いや、別に逃げてたわけじゃないぞ! 俺も知らないうちに時間が進んでいたんだよ。クソ親父は改造だ何だと――」
「ああ、それはそうでしょうね。あんたの異常ははっきりしてるんだし」
昭の言葉に、何やら「異常」について知っていることがあるのか南が、そんな風に返してきた。
それを敏感に察した昭が再び臨戦態勢になる。
今度は自由業の男たちも逃げない。
お互いに覚悟を決めた、という事なのだろう。
それを南が手を振って諫める。
「別に喧嘩しに来たわけじゃないのよ。そもそもうちの組はあなたの父親に――」
どうやら南は、本当に何事か理由を知っているらしい。
いや、この場合は理由を作り出す立場になっているという事なのかもしれない。
これは南の話を聞いてみるのも悪くはないのかも……という雰囲気になったその時。
頭上から、けたたましい音が近付いてきた。
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