トラブルを歓迎する
物事を真剣にとらえることない二人にとっては、快食はともかく快眠は間違いないところだ。あろうことか、そのまま朝までぐっすりである。
だが、「マーマレードの瓶破壊事件」はやはり簡単には処理出来なかったようだ。当然忘れることも出来ない。
よって一晩明けたところで「あれは何だったのだろう?」という疑問が消えることは無く、特に当事者の昭が深刻な事態である事に気付いた。
「俺、十日も蕎麦を食ってないってことになる。もしかすると、蕎麦が食えない体にされたんじゃ……」
「おお。それは大変」
と、昭の横を歩きながら、篁が軽く応じる。
昭の蕎麦好きは、はっきり言って病的なのである。
「どん兵衛とたぬきは?」
「十日食べてないことは間違いないからな。ここは『杉な』の盛で行きたい」
「それで私と一緒に出てきたのね」
と、応じる篁はしっかりとトレーニングウェア姿だ。
夏場であるので薄着の範疇ではあるが、これから体育館で練習となれば、持っているスポーツバッグには着替えも入っているのだろう。
バスケ部は夏休み中でも関係なく部活があるようだ。だからこそ、いつもと変わらず、朝から通っている浜高に向かっているというわけだ。
一方で昭は帰宅部である。素直に帰ることはまずないが、とにかく無所属であることは間違いない。
そんな昭が朝早くから、篁と一緒に学校に向かっているのは、学校近くにある「杉な」という店名の蕎麦屋に行こうと目論んでいるからである。
「杉な」という店はいかなる営業方針があるのか、既に開店済みだ。
つまり「杉な」の存在が、昭を朝早くから動かしている動機であり、その動機を裏付けるために「改造した」というしげるの言葉を良い様に利用しているだけ。
つまり「マーマレード瓶破壊事件」について昭は、深刻に考えていないという事になる。
それでも学校へ向かう道すがら、二人の話題の中心は「マーマレード瓶破壊事件」になってしまう。
この能天気な二人であっても、やはりあれはとびきりの異常事態。
しかも、それに理由がくっつきそうなのである。
それが「改造された」という、異常な理由であっても。
いや、異常同士だからこそなのだろう。
すでに熱波を帯び始めている、夏の朝の陽光を浴びながら田んぼ沿いの道を歩いてゆくうちに、二人にしては深刻な話し合いが行われることになっても仕方のないところだ。
それは当然「改造されて違和感はないのか?」という部分からのアプローチになるわけだが、これには昭としても首を捻るしかない。
何しろまず、きちんと眠れることは証明済み。
というか、睡眠が必要なことは間違いない。そういう欲求は確かにあるのである。
食欲については今更確認するまでもない事で、昨晩の夕食は綺麗に平らげているのだ。
さらには味覚の好みについてもそのままであるらしい。
「というか、蕎麦の味とか覚えてるんだね」
「忘れてたまるか」
と、昭は応じるが改造の際そこまで気を遣って手を入れてくれるかどうかは微妙なところだろう。
何となくではあるが、二人は「
とにかくこれで、睡眠欲、食欲については確認できた。
では三大欲求の残り一つについては――。
篁が昭の前に回り込んで、そのまま振り返ると、それに任せて波打つ胸はそのままという放置プレイに及んだ。
その狙いはあからさまだ。
「今更お前にムラムラするか。邪魔だからどけ」
そして昭が、その狙いを察しながらも、あえなくそれを無視する。
「やっぱりかー。でも一応ね。これも確認だし」
「……ああ、そっか。この辺りも変わらないのか」
小さな頃から距離感ゼロで接し続けた結果、二人はほとんど家族も同然なのである。家族にムラムラするほどお互いに不健全ではない。
そしてその距離感は改造されても同じであるようだ。
「となると……全然変わんないね」
もう一度振り返って、先に立って歩きだす篁。
その背中を見つめて、一瞬考えこむ昭であったが、そのままこちらも歩き出した。
「こうなると……最初から瓶にひびが入っていたとかの方がありえるか?」
「ないとは言わないけどね。あれから試してみた? 何か殴ったりとか――」
実に乱暴なやり方を提案する篁だが、それが手っ取り早いことは間違いなだろう。
丁度、というべきか浜高を囲う塀が視界に入ってきた。古い学校であるので、コンクリートむき出しの武骨なものだ。
その分、頑丈さについては信頼しても良いような気がする。
だが、これから昭が思いっきり殴りつけていいものかどうかは、当たり前に不鮮明だ。
瓶にひびが入っていたとするなら、しげるが嘘つきといういつもの結論になるので問題はない。
昭のバカ力が本物だったとしても、この塀には通用しない可能性はある。
一番の問題は、昭のバカ力で塀が壊れた場合だ。
ひびが入っただけでも、問題がややこしくなる。
改造されているかどうかという問題が深刻になる前に、弁償問題が発生するからだ。
となれば、たまたま目に入ったからと言って、この塀にパンチを叩き込むのは我慢した方が良い、という事になるのだが……。
「あ、ちょうどいい連中がいやがる」
塀の行きつく先、つまりは校門の前に横付けされている車があった。
黒のベンツ。そして、その周囲にはその車種から容易に想像できる自由業の男たち。
果たして、そういった状況を「ちょうどいい」と呼んでも良いのか。
議論の分かれるところだろう。
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