改造の痕跡

 篁は昭と同じ高校、同学年の高校二年生。所属するのはバスケ部で、ボールが弾んでいるのか胸が弾んでいるのか見分けがつかないことで名を馳せていた。

 ――曰く、弾むセクハラ誘引剤。


 本人の意図としては「バスケはさぞカロリー消費が激しいに違いない」という理屈でバスケ部に所属しているので、一般に言うような向上心というものはない。だが、真面目に練習をこなしている。


 その分、食べるので、痩せるという意図は確実に裏切っているのだけれど。


 運動部らしく、髪は昭よりも短くしており、それがあちこちでピンと跳ねまくっている。顔立ちは瞳が大きいことも手伝って“可愛らしい”の範疇ではあるのだが、如何せん体つきが凶悪に過ぎた。


 さらに今は薄手のキャミにショートパンツという、あまりにも油断しまくりの格好である。このアパート内で動き回っている分には、家の中で動き回っているのと変わらないという認識なのであろう。


 実際この「路傍文化」は外から見える部分は果てしなく少ないわけだが。


「……と、クソ親父は言っていたが、多分でたらめだ」


 篁の驚きに応えて、昭は白米をかき込みながらそう返した。

 改造した、と言われても昭に動揺が少なかったのは、父親を全く信用してないという要素が大きい。


 そもそも「改造した」という言葉自体が実に胡散臭く、この単語だけでしげるの信用などは風前の灯火であることも間違いない。

 そして、しげるは妄言とも思える発言を繰り返すような男でもあるのだ。


「あ、やっぱり。どうにもその前の嘘からおかしかったしね」


 食パンの入っているビニールを破ろうとして、身体のあちこち揺らしながら篁が昭の返答に同意する。それに昭が反応した。


「嘘?」

「夏休みに入ったから、昭を連れて南の島にバカンスに行ってくるってね」

「それは嘘だ」

「そう言ってる」


 しげるは信用できない、という事でコンセンサスが確立している分、この辺りはスムーズに話が進む。

 しかし、昭はまた引っ掛かりを覚えてしまう。


「待てよ。バカンス? もしかして……今日は何日なんだ?」

「三十日だね。明日で七月終わり」


 あっけらかんと篁は返事をよこすが、今度ばっかりは昭もスルーできなかった。


「三十? 夏休み入ったばかりだろ?」

「違うね。あんたスマホも持ってないの?」


 と、言いながらようやくの事で篁がパン袋のビニールを破る。

 そうやって篁の注意がそれた隙に、というわけでは無いだろうが、昭はポケットに突っ込んでいたスマホを取り出した。


 そこで今更ながら自分が着ている服を確認。

 柄物のTシャツにジーンズ。確かに夏休み、いや終業式後に着替えた格好のままだ。


 だからこんなにも時間が経っていることに気付かなかった――というのは、実は言い訳にさえなっていない。

 そもそも、衣服に変化が見られない、という現象はしげるの言う事にさらに大きな矛盾を生じさせるのだが、昭は気づかぬままだ。


 そして矛盾の象徴である綺麗なままのスマホを取り出して日付を確認し、続いてテレビをつけて、今の曜日を確認した。


「何? バカンスの間に見たかった番組でもあった?」


 今度はマーマレードの瓶を開けようとして、再び戦いに突入した篁が視線もよこさずに昭に声を掛ける。


「違ぇよ。今が何曜日か知りたかっただけだ。それにバカンスでもねぇ」

「じゃあ、あんたは何してたの? ね!」


 と、マーマレードの瓶と語尾に力を入れながら、篁が昭に問いただす。

 考えてみれば、それは当然の疑問だった。


 何しろ篁にとっては、実際に昭の姿を十日近く見ていないのである。

 しげるの言う事がでたらめであっても、昭がアパートに帰ってきていないことは確かな事実ということになるわけだ。


「いやそれが……俺は本当に、今日は夏休みに入ったばかりだと思ってたんだよ。だからいきなり日付が飛んだような感覚なんだ」

「じゃあ、本当に改造されてたのかもね」


 実のところ、篁にしても「改造」云々も含めて真剣にとらえているわけでは無い。

 ただ、おかしなこと言ってるなぁ、あの父親の血を引いてるわけだし仕方ないなぁ、ぐらいの感想しか抱けない。


 だから昭が「そういえば事故がどうこう……」と、しげるの言葉を思い出し始める事にも構わずに、


「ダメだね。開かない。開けて」


 と、マーマレードの瓶を昭に投げてよこす。

 昭は反射的にそれを受け取ると、そのまま自然な動作で蓋を開けようとした――


 ――が、開かない。


「何だこれ。硬いぞ」

「そう言ってるってね」


 篁にすげなくあしらわれてしまう昭。

 それで半ば自棄になって、昭が本気で力を入れた瞬間――。


 バガシャン!!


 と、マーマレードの瓶が割れてしまった。

 いや、粉砕されてしまった、と言った方がその現象を正確に表現している。


 昭が右手で握りしめていた金属製の蓋はひしゃげ、固定のために瓶をがっちりと握りしめていた左手に残るのは細かいガラスの欠片と、ドロッとしたマーマレード。

 瓶の大半は粉々になって、畳の上に散乱していた。


 そしてその光景を無言で見つめる昭と篁。

 二人の脳裏には、同じ言葉が浮かんでいた。


 即ち、


 ――「改造?」


 と。


 しかしそう思い付いたところで、確かめようがない。

 それよりも散乱したガラスとマーマレードの処理の方が、よほど優先順位は高い。


 という事で、二人はそのまま深く考えずにそのまま眠ってしまった。


 実に大雑把である。

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