最後の異常は桁外れ
けたたましい音の正体は何か?
それはヘリコプターのローター音であった。
小型のヘリコプターであっても、そのローター音は爆音と呼ぶにふさわしい音量を誇る。それなのにローター音は三重奏を奏でていた。
つまり上空にあるのは三基もローター音が設置されている巨大なヘリコプターであり、施された武骨な塗装はそのままそれを「軍事用」という連想を引っ張り出す。
そんな巨大ヘリコプターが落下するような勢いで、浜高の校門付近に下降してくるのだ。こうなると人間同士の諍いなど、全くの些事。
話し合いが行われようとしていても、いったん延期になること疑い無しである。
昭はヘリコプターを見上げ、ぼーっと口を開けたままの篁を抱えて通学路を逆に辿るようにして回避する。それはもう全力で。
その速度、そして瞬発力。明らかに人間のそれでは無かったのだが、それも一時保留だ。
自由業――矢立組の構成員たちも、一目散に逃げ始めている。
忠誠心の高い者たちが南を何とか先に逃がそうと試みているが、そんな整然とした動きが許されるような状況では無かった。
猛烈なダウンウオッシュによって、走ることはもちろん歩くことさえできない。ワンピース姿の南はあられもない姿になってもいるのだが、それを気にする余裕などどこにも無かった。
結局はダウンウオッシュによって宙に舞い上がり、ただ「運が良かっただけ」という結果論だけで南と構成員は何とか逃げ出すことに成功。
そして不躾に下降してくるヘリコプターのボディによって、取り残された黒のベンツ、校門、そして塀はひたすらに蹂躙されていく。
ベンツなど爆発まで抑え込まれ、まるで子供がじゃれついただけのような扱いである。
そんな状態であるので、浜高由来の建造物など既に形を留めちなかった。
瓦礫であるならまだましで、一部では砂に姿を変えている。中に仕込まれていた鉄筋は溶けだした飴細工のようなありさまだ。
この場合、何に驚けばいいのか?
ローター音が鎮まるにつれて、被害者の面々に少しずつ思考力が回復していったわけだが、さすがにすぐさま建設的な行動に移ることは出来なかった。
そして、そういった反応を見透かしたように――
「息子よ! 行くぞ!!」
と、ローターが静けさを取り戻す前に、ボディ横にある扉がスライドした。
そしてその向こう側に現れたのは白衣を着たハゲ親父――七津角しげるの姿である。
「てめぇ! クソ親父!!」
状況は混乱を極めまくっているが、しげるの登場でとにかく昭の混乱は収まった。
――何がどうでも、とりあえず父親を殴る。
そんな具体的な目標が昭の精神に喝を入れたのである。
「おっちゃん!?」
昭の横でウェアの上着を、上半身ごと抱え込んでいた篁も、知った顔を見つけてとりあえずは呆然とした状態からは回復したようだ。
「おお! タカちゃんではないか! ああ、バカ息子と一緒にいたんだな! これは想・定・外!!」
だんだんとしげるの声がローター音を上回るようになってきている。
しかし、それによって混乱が収まる様子はない。いや、とりあえず怒りのぶつけどころだけははっきりしているのだが。
「我が息子は改造済みなのでな! 多少の事では問題なかったわけだが……無事なようで何よりだ」
何だか常識人のように振る舞うしげる。
それもまた昭の神経を逆なでするわけだが、今回は振る舞いでは無く、その発言自体に爆弾が仕込まれていた。
「か、改造ですって!?」
その単語を聞き咎めた南が、ワンピースを翻らせながら、ヘリコプターに乗ったままのしげるの正面に回り込む。
「どういうこと!? あなた何をしてたの!?」
「おや、君もいたのか。ちょうどいい。これから先、嗅ぎ回られるのも面倒だ。一緒に来たまえ」
どうやら、しげるは南の事を知っているらしい。
それに南の立場についても、ある程度は知っているようだ。
だが、それを確認する前に、しげるはさらに突っ込まざるを得ない言葉を口にした。
「先? 先ってどういうこと? こんなにあちこち壊して! うちの車も弁償してもらいますからね! 先を心配するのはあなたよ!」
「何を小さいことを!」
南のもっともな言い分を、しげるは実におざなりに弾き返した。
いや弾き返すだけではなく、さらに踏み込んでくる。
「地球は今、侵略されようとしている! 木っ端組織のベンツや学校の被害ぐらい、被害に数えるのも馬鹿馬鹿しい!!」
今度こそ、その場の全員が固まった。
とりあえずヘリコプターのダウンウオッシュが落ち着いたらしいと、近付いてきていた物見高いやじ馬たちも含めて、完全に頭が漂白されてしまったのである。
――「地球は狙われている」
物語の世界ではよく聞く台詞だ。
特に、一時期の日本のアニメ作品の中では頻出する台詞でもある。あるいは特撮作品においても。
だから、しげるの言う事はでたらめ。
全てはフィクションであるはずなのに、現実として軍事用の巨大なヘリコプターは目の前にあり、そのヘリコプターがもたらした被害も目の前にある。
これでは、どうにも判断できない。
そして、ヘリコプターのローター音が完全に沈黙した時、しげるは再び口を開き、こう告げた。
「――施行されるんだ。『汎宇宙公明正大共存法』がな」
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