こいつ……動くぞ

「ほう」


 背もたれに身体を預けていた昭が南に向かって前のめりになる。

 この時点でかなりやる気なっている。


「ニューヨークか……どこだったっけ? アメリカの首都だよな」


 そして、残念さを見せつけた。


「首都はワシントンD.C.。でもワシントンはやめておきましょう。首都をやっちゃうと向こうも落としどころがわからなくなるから」


 ニューヨークをイワした段階で完全に手遅れなので、ワシントンでもシカゴでも、ロサンジェルスでもノースダコタ州でも大差はない。

 ただ、南がなぜこんなことを言い出したのかは、これまた自明の理であるところが厄介だった。


「……狙いはわかるが、それをやる前にアメリカに通達しておかないと、恨まれるぞ」


 そんなもの通達していても同じことなのだが、しげるはそれで何とかなると考えているのかは不気味なところである。

 もちろん南の狙いはアメリカ政府にプレッシャーを与えて、向こうの裏社会を牽制してもらおう、なんなら潰してもらおう、という意図である。


 凄い科学の異星人に侵略されかかっている、という絶望一歩手間の状況を鑑みれば、ロビー活動の如何によってはアメリカ政府も「これは好機」とばかりに一斉に綱紀粛正に乗り出す可能性もゼロとは言えない。


 正義感に満ち溢れた若手議員のバックにセントーAがいる、みたいな工作はある一定の効果はあるかもしれない。


 が、いきなりテロと見分けがつかないような行為を選んでしまうのが矢立組の限界でもあるのだろう。発想が地上げと大して変わらない。


 そして、発想力に関してはしげるも似たようなものだ。

 ガツンと一発かませば、大人しくなる――という理屈を当てはまる可能性を見出してしまっている。


 いや、しげるの場合は――


「……ただし空輸なんかは出来ないぞ。つまり太平洋を渡る必要がある。セントーAは歩いてゆくのか、それとも泳げるのか。試す価値はあるな」


 と、その辺りを確かめてみたいという欲求に素直になった結果のようだ。

 とにかく、この休憩室においては反対意見が出てこなかったわけで、


 ――「太平洋横断! アメリカに殴り込み!!」


 が、まるで決定事項のような扱いになってしまった事が災いだった。

 最初から乗り気だった昭が立ち上がり、


「よぅし! 今から行ってみる――」


 と、気勢を上げた瞬間、


「おわっ!!」

「なんだぁ!?」


 と、七津角親子が同時に声を上げた。


「な、何ですか!?」


 いきなり声を上げた親子に驚いて、思わず立ち上がる南。

 それによって休憩室の窓から見下ろせる格納庫のあちこちで、白衣姿の者たちがうずくまっている様子を見ることが出来た。


 白衣の者たちと、七津角親子の共通点を考えれば――


「セントーAの……“声”?」


 と、南は連想した。

 そして、そんな南の連想に応えるかのように、誰も乗っていないはずのセントーAが身じろぎしている。


 いや身じろぎレベルではない。

 左腕が上がり、中二階の休憩室に向けて何かを訴えているように見えた。指の間が広がり、それはまるで何事かを留めようとしているような……。


「わ、わかった……うむ……それはダメなんだな。恐らくは海はダメという事なんだな」


 まず、しげるがそんなことを口にした。

 続いて昭が、こう告げた。


「わぁったよ! 行かねぇよ! 壊しに行くのはダメなんだな!?」


 そんな親子の様子を見てしまった南は、すぐにその違いに気付く。


「……ちょ、ちょっと待って。ええと、七津角さん。セントーAは海はダメだと言ってるんですか?」

「……いや、伝わってきたのは――であるな。ただ前後の言葉の関係性と考えると『海』はダメなのだろうと」


 南は続いて昭を見遣る。


「俺も似たようなもんだ。……なるほどこんな風に聞こえるのか……ああ、それはともかく俺は『やめろ。マズいことになる』だな」

「海がダメって事なの?」

「いや、殴り込みはダメだと。……あれ? そんなこと言われてないけど、俺はそう感じたな」


 それを確認した南は口元を抑えた。

 あまりの情報量の多さに、パニック寸前である。


 『セントーAとの会話』については、それがどんな形式で行われているのかは、なんとか判明したことになる。

 だが、それには随分あやふやなところがあることも同時に判明した。


 解釈違い――そういった言葉が以前の会合で出てきていることが、この場合は幸いしたと捉えるべきなのだろう。


 つまり「セントーAと会話は出来る。だがそれは受け取るものの解釈が反映される」という事だ。

 そうなると、何かが根本から違ってくる可能性が出てくる。


 今回の場合だけで考えてみると――


「……とにかく、アメリカ行きは無しだな。私は聞き取り調査に向かう」


 しげるはそう言うと、慌てて休憩室から飛び出した。

 南と同じ考えに至ったのか、あるいは……。


「お、おい、クソ親父」


 と、しげるを追いかけるような昭の声も尻すぼみになってゆく。

 昭の場合は、何かを推測したのではなく、


「……諦めましょう。セントーAが嫌がっているんでしょ? 無理強いは出来ないわ」

「だよなぁ……」


 と、どうやら殴り込みは出来ないらしいと悟ったとことが原因だろう。

 そんな昭の様子に、南は苦笑を浮かべる。


「私も、これを材料にして交渉してみるわ。ここもWi-Fi大丈夫?」

「ああ、スマホは使えるよ」


 と、昭が意気消沈のまま応じた。

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