帰り道の異変
さて、七津角家はまだ路傍文化にいるのです。
不便であることは間違いなのだが、しげるはそれにこだわっているらしい。
昭もまだ、新幹線だ、タクシーだ、ヘリコプターだ、ということなればテンションが上がるタイプから抜け出せないままであるので、今のところ文句は出ていない。
新幹線で――それもグリーン車で――眠ったまま到着するのが、どうも気に入っているらしい。
実は路傍文化のある場所は矢立組のシマ内なので、裏組織への備えとしては、かなりやり易かったりするのだが、それをしげるが画策しているのかは不明である。
セントーAに制止された日も、昭は各種交通機関を使って、路傍文化への帰路についていた。もちろん原色戦闘服は脱いでおり、柄物のシャツ、ハーフパンツにサンダルと思い切った格好である。
夏であるのでまだ陽は高いが、そろそろ空に朱が差し始めてくる頃合い。昭はおやつ代わりに駅前の蕎麦屋でざるを啜りながら、夕飯は何かなぁ、と相変わらず棟尾家の施しへの期待に胸を膨らませていた。
言うまでもない事だが、しっかり棟尾家には報酬が支払われており、用意されている夕食は理屈の上では施しではないなずなのだが、どうしてもそういう雰囲気を纏ってしまう。
そして昭の経済事情も好転している。
無尽蔵に小遣いがあるような状態になっており、スマホ決済に関しては留まるところを知らず、この店のような決済サービスを導入していない店用に現金も持ち歩いていた。
基本的に父親をカツアゲすることで。
で、その使い道がほぼ蕎麦である辺り、何とも微妙な心持になってしまう。
昭には贅沢する才能は無いらしい。
そして、蕎麦屋の天井から吊られたテレビから流れる異星人襲来についてのコメントを聞きながら、昭が会計を済ませ店の外に出たところで――
「よう。早い……早いのか?」
昭は黒塗りの車から出てきた南と遭遇した。
いや、これは遭遇ではなく――
「またここか……何? 美味しいわけ?」
と、南が険のある眼差しで、昭の背後にある祖座屋の看板を睨む。最初の決闘の後にも寄った店でもあるのだが、今まで店名を意識していなかったようだ。
ちなみに店名は「瀬ふ喜」である。
「いや、取り立てて旨いわけでは……ただ蕎麦だからなぁ」
と、昭がわかったようなわからない答えを返すが、この時にはすでに南が何かしら用があるという事は察していた。
だが、なぜこんな手間を? という疑問につながる。昭としては南が改めて自分に用事があるようには思えなかったのである。
それは間違いで、南としては昭に質問したいことが山ほどあることは間違いない。
しかし今は、その優先度は高くない。今南が欲しているのは――
「七津角さんと連絡が取れないのよ。何か知らない?」
という事である。
それを聞いて昭は首を傾げた。そのままスマホを取り出す。
「そんなもの、俺だって変わらないと思うぞ。……あ、留守録になっちまう。クソ親父め、生意気なことを」
「そっちもそうなのね……」
「何か緊急か?」
「緊急ではない……かもしれないけど、早めに報せておいた方が良いことが判明して」
困ったような南の様子を見て、昭は「ふむ」と考え込む。
だがそれも一瞬で、次善の策らしくものを提案してきた。
「とりあえず、家来るか。クソ親父は俺たちはともかく棟尾のおばさんからの連絡は何とかしてると思うんだよな」
「……そう……ね。なんにしてもアパートに行った方が良い気がしてきたわ。昭君に伝言頼むにしても道端で話すことでもないし」
それを聞いて、昭は内心で「ややこしくなりそうだな」と思いながらも、南に誘われるままに黒塗りの車に乗り込んだ。
~・~
こうして筋モノの車をタクシー代わりにする昭。
そして乗っている車が豪勢になっても路傍文化前の道の狭さは変わらないので「途中で降りよう」「そうね」などと南と話している最中に、知った顔をウィンドウ越しに見つけた。
「
田んぼのあぜ道のようなところで、ぶらぶら歩いている篁とすれ違いそうになる。
南が指示を出して、スピードを緩めるように指示を出したのは――それだけ篁と気安くなったためか。
それとも、何かしらの勘が働いたのか。
昭がウィンドウを開けて篁に呼びかけると、篁はすぐさま、
「ちょうどいいところに。コンビニ――じゃなくて、これだけ大きい車使えるなら、この先のスーパー行こう。お金は昭が出せるし。これはラッキー」
と、あっけらかんとこれからの計画を立ち上げてしまった。
その計画自体に文句はない二人であったが、引っかかるのは「金なら昭が出す」という点である。
経済環境が好転した昭であるから、金を出すこと自体も問題はない。所詮スマホ決済であるし、負担するのは日本政府だ。
ただ篁は、だからと言って昭にたかるようなことは無かったし、そういう性格でもない。
となると、篁が何かしらを買おうとしているのは七津角家絡みであるという事になる。
その辺りをスーパーに向かいながら確認してみると、篁は乗り込んだ黒塗り車のシートの上で、
「よくできました!」
と言って、ただでさえ大きな胸をさらに大きくして胸を張った。
今日も薄手のジャージ姿であるので、ジッパーが色々とうるさい。
「――で、なんだよ? クソ親父絡みはわかったけどよ」
「ふっふっふ。それはね……」
続けて放たれた篁の言葉。
それによって、黒塗りの高級車は田んぼに突っ込んでしまった。矢立組の受難は続く。
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